28 お見舞い
「やぁ龍次君、調子はどうだい」
「おお光太郎か、暇で暇でしかたねぇよ。先生達の話はどうだった?」
「しばらく休養を申しつかったよ、だからゆっくり休んでね」
「げ、まじかよ、俺ぁもう退屈してるってのによ、痛っ!」
「まだ起きちゃだめだよ、安静にしてないと。でも思ったより元気そうで安心したよ」
光太郎は聞き取りが終わった後、その足で龍次が入院している病室へと向かった。そこには疲れた顔の悠人とえまが一緒に座っていた。
「二人はどう、怪我してない?」
「私は大丈夫です」
「俺も大したことはないよ」
「勇君は」
「あいつなら無事だよ、ただ初めての戦闘で心の整理ができてないんだろう。しばらくそっとしておいてやってくれよ」
「うん……そうだね」
光太郎はしばらく雑談した後で龍次にまた様子を見に来ると言い、パイプ椅子を立った。
すると龍次が真剣な眼で訴えてきた。
「光太郎」
「うん」
「俺は強くなるぞ、今よりもずっとな。傷が治ったら必ず追いついてやるからな、待ってろよ」
「うん、わかった。じゃあまたね」
最後にやわらかい笑顔を見せて光太郎達三人は部屋を出た。
廊下に出るとえまが光太郎に頭を下げた。
「光太郎さん、改めてお礼を言わせて下さい。ありがとうございました」
「こちらこそありがとう、とても助かったよ」
「私、今までずっと後方で祈ってばかりいて、このままでいいのかなって思ってたんです
。鬼人に捕まった時はもうだめだと思ったけど、龍次さんやみなさんのおかげで切り抜けることができました。でも、本当の危機はこれからなんですよね」
「……詳しい話はできないけれど、うん、そうみたいだ」
「だったら私は戦おうと思います。なにができるかわからないけど、できることが必ずあると思うから」
「えまちゃん、あんなことがあったんだ。無理はしなくていいんだよ」
「私なら大丈夫です。では家の者が迎えに来ているはずなので、今日はこれで失礼しますね」
「あ、うん。またね」
軽く会釈をすると、えまは去っていった。光太郎は彼女が平静を装っているように見えてならなかったが、他にかけるべき言葉が見つからなかった。ふと悠人を見ると彼はため息を付いて言った。
「光太郎、この後なんもないだろ? 途中でなんか買って中央公園でも行こうぜ」
「うん、いいよ」
光太郎は悠人と連れ立って昼下がりの新宿中央公園へと足を向けた。
そして二人は新宿ナイアガラの滝を望む水の広場脇のベンチに腰掛けると、コンビニで買ってきたホットスナックを食べた。
「ほら、アメリカンドックのマスタード」
「うんありがと。フランクフルトもおいしそうだね」
「だろ? いつも家に帰る前に買い食いしてんだ。帰ってからだとガキどもがうるさいからな。俺ん家は児童養護施設だし」
「ああそうだったんだ」
「奴らいつも腹すかせてっからさぁ、一人でこんなの食ってるとマジで襲われるから、うん」
「あはは、大変だね。でも楽しそう」
「まーな……」
もぐもぐとジャンクフードで腹ごしらえをしながらやくたいもないことを話していると、悠人が思いつめたような顔で切り出した。
「なぁ、花牟礼のことどう思う?」
「なにか思いつめているようだったね。あの鬼人に捕まったことがショックなのかも知れないけれど、それだけでもないような」
「そうだな。龍次さんは体が良くなればすぐ復帰できるだろうけど、勇はもう、だめだろうな」
「そうなのかな」
「灯青校生の内、そのまま卒業できるのは八割、七割だと言われてる。酷い年には半数を割った時もあったらしい。理由はわかるよな?」
「妖魔との戦いだよね」
「ああ、話に聞くのと実際にやりあうのでは大違いってこった。こんな時代だから誰だって子供のころは灯士にあこがれるけどな、でもそれが本番になった途端、ガラガラと理想が崩壊して大多数がわかるんだ、上には上がいるし鬼は怖い、自分には立派な家柄もなければ先祖も後ろ盾もない、ヒーローにはなれないんだ、ってな」
「……」
「学生の内に殉職するのもいるけれど、大多数が怖気づいていなくなり、学年が上がる度に少なくなっていくのさ、だから班の再編なんかもしょっちゅうだしな。なんとなく俺の言いたいことがわかるだろ?」
「班を抜けたいってことだよね」
「ああそうだ。光太郎お前はさ、本当に凄い奴だよ。まだ会ったばかりだけど俺達とはまるで違う……そう、言わば向こう側の人間なんだわ。俺はさ、たまたま灯士の適正があったってだけで、卒業しててめぇの食い扶持くらいは稼げればいいかなってな感じで生きてるんだ。でもお前は違うんだろ? 鬼人を見てもひるむどころか真っ先に飛び込んでいきやがる。正直な、俺のような凡人にはついていけないんだよ。悪いな」
「……うん」
「勇も恐らく限界だと思う、あいつのビビリようはハンパなかったからな。でも責めないでやってくれ、まだ東京に残るのか、それとも地元に帰るのかーーまぁそれはあいつが決めることだけど、近いうちに学校を辞めることになるかもな。でもそれもしょうがねぇよ」
「うん」
「まぁこんなこと言ってる俺もまだかなり動揺してるんだけどな、せっかく休みもらったんだからしばらくゆっくり考えてみるわ、いろいろとさ」
「うん」
「俺が言えたようなもんじゃないけどあんま思いつめるなよ、じゃあな、光太郎」
「うん、またね」
光太郎には悠人の言うことがよくわかっていた。しかし己の道を突き進む以外の選択肢がないこともよくわかっていた。
視線を広場にめぐらすと、無邪気な子供たちが遊ぶ姿が目に入る。楽しそうに笑う子供達も一度ここが妖魔蔓延る地となれば、さながら地獄のようになるだろう。
救国革命軍と名乗った連中がこの次なにをしでかすのかはわからない、しかし必ずその野望を打ち砕く必要があるのだ。そのために自分はなにをすべきか、なにをなすべきなのか。
すぐに答えはでない。
光太郎は瞳を閉じて祈ろうとした。だが軽い足取りでこちらに近づいて来る足音に気が付き目を開ける。
するとそこには似合わないスーツを来た中年の優男が立っていた。
「偶然偶然、やぁ光太郎君」
「こんにちは偶然さん」
「隣座ってもいい? ってもう座ってるんだけどねあはは! はいこれたい焼き」
「さっきジャンボフランク食べちゃったんですけど」
「若いから入るでしょ、平気平気! それにしても光太郎君は凄いねぇ、常に騒動の中心にいるよね、よっ! このど真ん中暮らし!」
「なんですかそれは、というか学校出た時からずっとつけて来てましたよね」
「あっちゃーばれてた? まいったねこりゃ!」
「偶然さんは知ってますよね。話してくれますか、黒紀田廉也という人のことを」
光太郎がそう言った途端、怪しい男の柔和さは消えて眼光が鋭くなる。
「……もうこのまま隠してはおけないんだろうね」
一斉に沢山の鳩が飛び上がる。驚いた子供達の愛くるしい声が響き渡る中、影が差し込む光太郎の周辺だけがしんと静まり返る。
少年は渡されたたい焼きを手に携えたまま、じっと男の返答を待った。
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