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幽導灯火伝  作者: 惟霊
27/82

27 事後調査




 鬼人襲撃事件をまたいだ正午、光太郎の姿は新宿灯青校特別談話室の中にあった。


 横に座るのはお富と依子。正面には学園長の野田信厳を始め教頭の藤原(ふじわら)、学生主任の金剛地(こんごうち)等学園の要職にある面々がずらりと並んで座している。


 主にお富と依子が率先して話し、光太郎は聞かれたことに補足して応える形で事情聴取は続いたのだが最後で噛みついて来たのが藤原であった。


 彼は灯青校においてのお目付け役であり厳しい指導内容から生徒達からは蛇蝎がごとく嫌われている人物だ。


「それで暁、お前はなぜ一人で教職にも敵わん鬼人に立ち向かったんだ? 特待生として転校してきたようだがうぬぼれが過ぎるだろう、何様のつもりだ!」


「教頭先生、しかし光太郎君は……」


「依子先生は黙っていなさい、どうなんだね」


「はい、あの場はそうした方がよいと判断しました」


「根拠はなにか」


「神仏のお導きです」


「なんだと? 貴様ら学生は返答に困ればすぐそれだ、そんなごまかしが我らに通用すると思っているのか!」


 机上で手を組んだ藤原が険しい目つきで光太郎を睨むと、激高し強く天板を叩いた。しかし光太郎は眉一つ動かさずに涼しい顔でこれを見据える。


「嘘ではございません。観音様のご加護なしでは今日この日をこの場に座ってはおれないでしょう、それほどの相手でした」


「だから自分の行為は正当だと言いたいのかね、確かに天祐神助(てんゆうしんじょ)はあったのだろう。しかし教員の退避命令を無視してまで戦うなど学生の本分からは大いに逸脱していると言えるだろう、今回はたまたま人死にが出なかったわけだが次はそうもいかんぞ!」


憚り(はばかり)ながら申し上げますと、あの時僕がそのまま現場を離れていればより甚大な被害が出たのは明確です、そしておそらく駆けつけて下さった皆様が総がかりとなられても事態の収拾は困難を極めたでしょう」


「貴様、それは我々教職員を役立たずだと愚弄(ぐろう)しているのか!」


 藤原が怒声を挙げて立ち上がると、隣の野田が収めた。


「教頭先生、君の気持もよくわかるが座りなさい。これは事情聴取であって詰問会(きつもんかい)ではないのだ。場合によっては外れてもらわなきゃならんよ」


「……はい、失礼いたしました」


「はっはっは! うん、これは剛毅(ごうき)なことだな! ぜひにも一灯手合わせ願いたいものだ!」


 藤原は筋肉質な腕を組んで大声で笑う横の金剛地学生主任をギロリと睨むと、ため息とともに席に着いた。


「学園長、しかし暁の独断専行を認めたのでは他の生徒に示しがつきません、学園としてはきつく処分してしかるべきです」


「ふむ、そうさのう。今回の件は非常にまれなことじゃし結論は急ぐべきでもないと思う。例の男が話したという内容も気にかかるーーしかしそれよりもじゃな、光太郎君、まず君に言っておかねばならんことがある」


「はい、承ります」


 少年が背筋を伸ばして威儀を正すと、やおら学園長は起立して直角に腰を曲げた。


「ありがとう。よくぞ生徒達や職員、町内会の皆々を守ってくれた。この野田信厳、学園を代表して心から感謝いたす!」


 部屋中、いや学園中に響き渡るような大声で学園長が謝意を述べると、横に並んでいる他の教職員も共に立ち上がり光太郎に頭を下げた。不承不承の藤原も立ち上がりそれに倣う。


 光太郎も同様に立ち、最敬礼をする。


「恐れ入ります。若輩者といえど幽導灯を持ち灯士の末席に連なる者として、より一層の精進に励むものなればこれからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」


 音吐朗々と返礼する光太郎の清々しさに、若干のわだかまりを抱えていた教職員達も好印象を持ったようだ。


 藤原教頭はまだ言い足りないことがありそうだが、光太郎達の体調を考慮して早々に聞き取りは終了した。正式な辞令はまだであるが、しばらく十三班は休養に努めることと申し伝えられた。


 退室した光太郎が一人長い廊下をしばらく歩いていると、後ろから声をかけられた。お富と依子の二人だ。


「お二人ともお体の具合はいいんですか?」


「はは! 一発でのされちまうなんて情けない話だが、あたしはもうなんともないよ」


「私も平気よ。頭と首をやられたけど、骨にまで異常はないみたい。念のためこの後病院で診てもらうことになってるけどね」


「そうですか……力が及ばずすみませんでした」


「やだ、謝らないでよ光太郎君、助けに行った私達の方が反対に助けられたんだから、お礼を言うのはこっちだよ」


「そうだな、でも発端となった原因は私にある。お前さんと十三班にあの依頼を進めたんだからな、すまなかったね。灯士は(げん)を担ぐもんだ、しばらくお前さん達の前には顔を出さないように努めるよ、だから今は休養に努めてーー」


「心配は無用です」


「え?」


「むしろ逆です。お富さんがあの依頼を他の班に頼んでいたら、きっと皆殺しになっていたでしょう。だから、僕達で良かったんです」


「……な、なんだって? あんたそれ、本気で言ってるのかい?」


「ええ。これが運命というならば、僕は甘んじて受け入れる所存です。お富さん、依子先生、ぜひこれからもよろしくお願いします。ではお先に失礼します」


 光太郎は十五度の礼をして踵を返し歩き始めた。お富と依子は悄然としながらその背中を見送った。


 するといつの間にか隣に現れた学園長が、神妙な面持ちで誰にとも知れず呟いた。


「人の器は必ずしも生まれ来た年月に比例するものではない、ではなにをもって成長すると思うかね?」


「学園長先生……そうですね、情熱や経験でしょうか」


「ふむ、それもある。だがあそこまでに肝を練るにはそれだけじゃ足らんのう。兵卒が大将へと位上がりするには避けては通れん道がある」


 野田学園長は豊かな白髭を蓄えた顎をしごきながら嘆息する。


「それこそが修羅場をくぐった数よ。何度も地獄を切り抜けた経験が昨日紅顔の少年を今日大蛇を退治する素戔嗚(すさのお)に変えるのだ。あのあどけない面影の向こうでどれだけの苦悩を背負って生きてきたのかーー頼もしくもあるが、境遇を察するに余りあるというものだ」


「……先生、私は、私達にはなにができるんでしょうか」


「依ちゃんや、その気持ちがあれば今はよいわさ。共に祈ろう、光太郎君や生徒達の幸せをな」


「はい」



 依子達は今後の不安を覚えながらも、それを口には出さなかった。灯青校の教職員一同がおびえては生徒達はもちろん街の人々も心穏やかではいられないからだ。


 だが学園長の指示により、この日から首都を守るための作戦が秘密裏に行われることになる。


 それは梅雨の晴れ間のうだるように蒸し暑い日のことであった。



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