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幽導灯火伝  作者: 惟霊
26/82

26 救国革命軍 黒紀田廉也 挿絵有り




「ーーなんのためにこんなことをするのですか」


 大佐と呼ばれる男は何本目かのタバコに火を付けた。そしてさも当然かのように言ってのける。


「決まっている、人類救済のためだ」


「人を鬼にするのが救済なのか!」


 怒りを滲ませる光太郎の態度に大佐は興が乗ったようで、薄く瞼を閉じて饒舌に語り始めた。


「いいだろう、珍しいものを見せてもらった礼に話してやる。先の大戦は知っているな? そう、第二次世界大戦だ。近代兵器を駆使した戦火は瞬く間に広がって妖魔どもを呼び起こした。人類は滅ぶかに見えて突如として現れた灯士達が世界を救った、ここまでは知っているだろう」


 海王丸を構えたまま油断なく光太郎は頷く。


「この国の軍隊も海を越えて戦争のまっただ中だったわけだが、未曾有の混乱に孤立し、軍は妖魔の餌食になっていったのさ。酸鼻たる戦場を知っている者にしてみてもあれはひどい光景だった、弾を撃っても奴等は死なん、一人また一人と仲間は生きながら食われてゆき、絶望と発狂の中もはや戻りようのない故郷を夢見て多くの同胞達が死んでいった」


 大佐は上を向いて煙を吐いた。風に乗って燻した草の臭いが運ばれてくる。


「逃げても逃げても奴等は生者を追いかけてくる、異国で土地勘もなく生存は絶望的だ、さぁそこで俺はどうしたと思う?」


 少し砕けた口調でからかうように彼は問いかけた。光太郎は黙ったままだ。


「はは、わからんか。いや、こんな街中で棒きれを振り回し、救世主ごっこをして遊んでるお前達には想像もつかんだろう。答えを教えてやる、食ってやったのさ、逆に妖魔をな」


 ざわりと悪寒が光太郎の首筋を撫で、全身が泡立った。目前の男から底知れぬ狂気を感じて細胞が最大限の警戒を告げる。かつて人であった男は笑いながら話を続けた。


「塞がるとは言え傷つけることはできる、腹も減っておかしくなっていた俺は銃剣を手にはぐれた邪鬼の胸をかっさばいて奴の心臓をえぐり出し喰らった。むさぼり食った。あの味は忘れられん、人類の悪徳と憎悪と絶望を煮詰めてこしたようなうま味だった。俺はすぐさま自分の身体が変化していくのを感じ、鬼人と化した後は更に妖魔を喰らい続け、仲間や上官達にも喰わせて難局を脱するに至ったのさ。だが帰国に際して妖魔の力を取り入れることによって生命として新しい進化を果たした我々をこの国は拒んだ。ひどいとは思わんか? 命を捨てて人民の為にと戦った終いがそれなのだからな。救国の英雄と送り出し、帰ったらとたんに非国民の化け物扱いだ、これでは死んでいった奴等も浮かばれん。日本政府は我々の逆鱗に触れた結果、北海道は我ら救国革命軍によって占拠されるに至ったわけだ。これらを称して北海事変と呼んでいるらしいが、学生身分では知らされてもおらんのだろうな、くくくく」


(北海道は妖魔に支配されているとは聞いていたけど、そんなことがあっただなんて……)


 光太郎の胸に動揺が広がっていくが、まだ大きな疑問がある。


「それで北の地を奪ったあなた方がなぜ今になって東京で騒動を起こすのですか、復讐のおつもりか」


「復讐だぁ? はっはっは! そ、そんなこと……か、考えたこともないーーくくっ! はっはっはっはっは! ひぃーっひっひ! ははははははは!」


 首を傾げ、端正な顔を歪ませて狂人は笑う。横の副官は微動だにしていないが、男はおかしくてたまらないと腹を抱えて哄笑する。


「馬鹿なことを言うな、我々はそんな俗物的近視観念によって行動しているのではない

。これは長期既定戦略の一環だ。来るべき時が訪れた、ただそれだけの話だ。人類はいよいよ神仏などという馬鹿げた妄想から解き放たれ、真に自由になるべき時が来たのだ。これは改革だ、革命だ! 今こそ鬼人の鬼人による鬼人のための理想郷を作り上げるべきなのだ!」


「魂を魔道に落とすのが人の進化なものですか! そのような外法を神仏は決してお認めにはならない!」


「はっはっは、大いに結構、肝心な時に糞の役にも立たん神や仏になど認めてもらおうなどとは微塵も思わん! 同士が大勢死んでいった戦場で奴等はなにをしてくれた? なにもだ! ただ指をくわえて人間が生きたままむさぼり食われていくのを彼方から面白可笑しく眺めていただけではないか!」


「それは違います! この現実界には天地の法あるがゆえに容易に手出しができないだけです! 神仏と人は親子も同然、どこに子を見殺しにして喜ぶ親がありますか! 現状を歯がゆく思い、涙しておられる方々ばかりなのに!」


「はっ! 無能のくせに親を気取るな! 造物主を名乗るんじゃない! 宗教なんぞ阿片(あへん)と同じよ、共に人を堕落させ腐敗させる。新しい時代、新しい国には不要だ!」


「勝手な理想を押しつけないで頂きたい! 平和に暮らす人々の幸せを邪魔する権利なんてあろうはずもない!」


「ふふふふ、ふはははははは! あるな、大いにある! 世界の異変は収まってなどいない、むしろこれからが本番だ。そう遠くない未来に再び妖魔は地に満ち溢れ人類はまた滅亡の危機に瀕するだろう。その時に神仏がまた助けてくれるとでも思うのか? 愚かな、それこそが奴等の手だ。自分達の力を増すために人間の絶望を利用しようとしているのだ。下らん、実に下らん。我らは難局に対する力を与えることで種としての自立を促しているのだ、後で愚民共は感謝するだろう。救国革命軍こそが真の希望であるとな!」


「仮にその通りだとしても、全ての人が鬼人になれるわけでもないでしょう」


「その通り。だがその他大勢の命など取るに足らぬものだ。力なき者達には新時代の家畜としての生と誉れを与えてやろうではないか。優勝劣敗は自然界の常、下らぬセンチメンタリズムなどなんの役に立つ。むしろ優秀な我らの食料となれるのだから感謝して欲しいくらいだ、くくくく! ……ぬぅ!」


「大佐!」


「うろたえるな! 大事ない!」


 気が触れたように笑う大佐の元に、弓なりの青光が鋭利な衝撃波となって秘灯技青海波が襲い来る。とっさに彼は右手で払いのけたが、聖気に触れたことにより焼けただれたような傷を負ってしまう。


「事情があるのはわかりました。しかしあなた方がこれ以上罪の無い人々を傷つけると言うのなら、僕は許さない!」


 静かに幽導灯を正眼に構える光太郎の身体からゆらりと神気が立ち上る。怒りを込めた眼が鬼となり果てた亡者を睨み付ける。


「ははは面白い、この場は見逃してやろうかとも思ったが……よほど死にたいようだな小僧!」


 どんと邪気を張り広げた大佐は、先程とは別人のように禍々しい妖気を纏って臨戦態勢を取った。血走る眼は獲物を殺すまで止まらぬ肉食獣を思わせる。しかしすぐさま袖を引っ張って彼を止めたのは副官の女だった。


「大佐、いけません!」


「なんだ織瀬(おりせ)、勝負の邪魔をするな!」


「もうすぐ朝が来ます、それになにか……得体の知れないものが近づいてきます! とても恐ろしいなにかがーー」


 織瀬と呼ばれた副官が腕を抱えてガタガタと震えだした。大佐は舌打ちして忌々しげに光太郎を見る。


「ちっ、どうやら邪魔が入ったようだ、この場は退いてやる。おい小僧、貴様名はなんと言う」


「……暁光太郎です」


「そうか、俺は救国革命軍大佐きゅうこくかくめいぐんたいさ黒紀田 廉也(くろきだ れんや)だ。今より三月もたたん内に東京は地獄と化すだろう、それまで束の間平穏を楽しむといい。ではな、さらばだ光太郎。また会おう」


 バサリと大佐がコートを翻すと、白々と明け始める夜に紛れて副官の女と共に姿を消した。


 すると禍々しい気配がかき消えて、どこからか小鳥のさえずりが聞こえてきた。朝日が昇る中、光太郎は遠くビルの屋上を見上げた。そこには二人の美女がこちらを静かに見下ろしていた。


 高姫はふぅとため息を漏らす。


「ふん、なによ。妾の知らないところで楽しげにしているかと思えば、もう終わっているじゃない。急いで来たのに損しちゃったわ、帰るわよ黒姫」


「はいお姉様」


 光太郎を一瞥するとすぐさま二人の鬼女は踵を返して虚空へと姿を隠した。少年はこれを見届けると幽導灯を慣れた手つきで三回回転させ納灯し、両手を合わせて低頭、太陽を拝む。


「ーー願わくば大慈大悲(だいじだいひ)の神々よ、この地の人々を悪しき企みより守り(たま)え、救い給え」


 程なくして周囲が騒がしくなった。ようやく学園の救援隊が到着したのだ。駆けつけた三人の職員が依子を治療して助け起こす。


「先生、お加減はいかがですか」


「だいぶ楽になりました、ありがとう」


「それで彼は……」


「光太郎君なら大丈夫、きっと祈りが終わったら学校へ帰ってきてくれます、だからもう少しそっとしておいてあげて下さい」




 依子は白み明け行く朝焼けの中で祈り込む生徒の後ろ姿に、国難の影と希望の未来を思った。


挿絵(By みてみん)

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