22 救援
「なぁにーぃ!? ひ、ひ、ヒィーロー気取りか? この、こらぁ! ぽぽぽ、ぽきはお前みたいな不良がいっちばん嫌いなんだ!」
「は、そうかよ。俺もお前みたいな奴は大嫌いだ、そこだけ気が合うな」
「いっ、言ったなー! ししし、死ねー!」
唸りを上げて襲い来る鬼骨でできた鎖鎌は腹を引きずるような巨体に似合わず俊敏にあやまたず龍次の頭を狙って襲い来る。これが初の鬼人戦となる龍次であったが、既に他の邪鬼達を掃討して消耗しているものの、後ろのえまを守るためにも引くわけにはいかなかった。
歯を食いしばって攻撃を注視し、手にした山吹色の幽導灯で攻撃をいなしていく。火花を散らし快音を立てながら斬撃をそらす。
唸る鎖鎌相手に果敢に勝機を伺う龍次であったが、その糸口を掴むどころか徐々に追い詰められ、蓄積した疲労から対処が甘くなってくる。
するとそこにつけ込んだ敵の鋭い一撃が、袈裟斬りに襲って来たのだった。
「ぐぅおっ!」
「はっはー! ぽきの攻撃をよく受けれたなぁ! でもこれで終わりだぁ! このまま押し斬ってやぁる!」
やっとのことで幽導灯を押し当てて直撃を防いだものの、興奮して唾を飛ばしながら力を込めてくる負荷に耐え切れず、片膝を突いてしまう。両手で幽導灯を持ちあらがうが、じりじりと刃が首に近づく。
「なんだぁ? 威勢良く出て来たわりには全然たいしたことないじゃんか! ぶぶ、ぶぁーかめぇ!」
「くっ、そったれぇ……」
「龍次さん!」
えまが悲鳴に似た叫びを上げた時、暗闇を切り裂いて二条の光が飛来した。
「「金翅鳥!」」
「ぐぎゃぁおわぁぁぁぁ!」
朱い二匹の鳥が羽ばたいて鬼人の背中に炸裂する。その炸裂音の後に登場する二つの影。
「あんた達全員生きてるかい!」
「みんなっ、大丈夫!?」
職員用の戦闘服に着替えた十三班担任の依子と依頼を斡旋した案内所のお富が駆けつけて来てくれたのだ。巨漢の鬼人がこれに激高する。
「なにぃぃ!? 卑怯だぞおまいら! 正々堂々とたたくゎええ!」
「しゃらくせぇな」
ぐらついて頭を抑えて立ち上がる鬼人の出っ腹に龍次は幽導灯を押しつけると、心中で神仏の加護を頼み、全身全霊で渾身の秘灯技を放つ。
「唸れ吠丸! 龍光牙ぁっ!」
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
龍次の愛灯である吠丸が天高くいななくような轟音を立て、輝く黄金の奔流が爆発的に増大して巨大な奔流となり敵を打つ。深夜に目が覚めるような山吹色が夜闇を切り裂くように炸裂した。
後に残ったのはシュウシュウと白い煙を上げて気を失って倒れる男の姿だった。頭部には鬼人の証たる角が消えている。鬼人の力を失ったことで人へと戻ったのだ。
「はぁ、はぁ……不意打ちで女を縛り上げるクズに卑怯だなんて言われたかねぇってんだ、ぐっ」
「龍次さん!」
「龍次、怪我してんのかい?」
「大した傷じゃねぇ、俺より、あいつをーー光太郎を助けてやってくれ」
「ああ、もちろんそのつもりさ! 道を空けろ貴様らぁ!」
「はぁぁぁぁ!」
お富と依子らが幽導灯を振るい瞬く間に邪鬼共らを屠っていき、ついに光太郎と並んだ。少年に斬り掛かろうとする二つの刃を教職の二人が怒りを込めてはじき返す。
「よく耐えたね、後は下がってな光太郎!」
「うちの生徒をよくも! 許さない!」
赤銅色に燃える幽導灯を掲げ依子は果敢に躍りかかる。依子とお富が使う灯術流派は多くの灯士が修めている赤心不動流であり、主なる守護を頼む不動明王は邪気邪霊に強い御仏だ。
五大明王の中心にして慈悲極まりて憤怒相をもって衆生を救済する姿は人々には頼もしく、悪鬼羅刹には震え上がるほど恐ろしい。
不動明王は灯士の正しい怒りを力に変える権能に優れており、絶体絶命のピンチを救われた灯士も多い。そのために流派選択に困ったらまず不動を冠する灯派を薦められるほどだ。
依子とお富は年代は違えど灯青校でも灯派でも同門であり、教員となってから共に魔窟に挑んだ回数も少なくない。
付け焼き刃な鬼人達とは違い洗練された連携でじりじりと鬼人達を追い詰めていく。これに焦ったのが鬼人達だ。
「チィィィ! デブがやられた! 助けくんのが早すぎるだろうがよぉ!」
「さすがに分が悪いか。丑沢、ここは引くぞ」
比較的冷静な方の鬼人がそう言うと、丑沢と呼ばれた男も鬼骨刀を振り回しながらしぶしぶ従った。
「け、情けねぇ! たかだが灯士見習いのガキ一匹も始末できないなんてよ!」
これを聞き捨てできなかったのはお富だった。ただでさえ不動の闘気を纏って立ち上る赤いオーラが、より一層赤く激しく燃え上がる。
「……なんだって? あんた達灯青校生に恨みでもあんのかい」
「無い、だが俺達が強くなるには必要なことだ」
「ふざけるな! 勝手に人間やめておいてどの口がほざきやがる! 世のため人のためと命を犠牲にして戦う子ども達をなぁ、貴様らのような外道にやられてたまるかぁぁぁ!」
お富のそれは真の怒りだった。学校で見せる叱責などではない、魂の奥底から漲る不条理への憤り。
ぶわりと拡大した闘気が熱を持ち辺りを灼熱に変える。鬼人の手にした鬼骨刀を溶かさんばかりの熱量だ。一気呵成に攻め立てられた鬼人に焦りの色が浮かぶ。
「つ、強え、先生もお富さんもこんな凄かったんだ」
邪鬼を掃討しながら悠人は舌を巻いた。そして不謹慎ながらも今後二人を怒らせるような真似は慎もうと心に誓うのだった。
「く、くそが、付き合ってられっかよ!」
「甘い!」
「がああぁぁ!」
一瞬の間隙を突いて依子の幽導灯が丑沢の胸を貫いた。清い炎が汚れを洗い尽くすように赤黒い瘴気を焼いて象徴たる額の角は砕け落ち、バタリと地面に仰向けになって倒れ込む。
お富は対峙している鬼人に幽導灯を突き付け、言い放った。
「さぁこれでもうあんただけだ、大人しく投降しな!」
ふと周囲を見やれば雲霞の如く押し寄せていた雑魚どもも姿を消し、最後に一人残った鬼人もさすがに顔色が悪くなる。そして後退しながら苦し紛れに口角泡を飛ばして叫びだした。
「くそ、くそくそくそっ! こんなことになるなんて聞いてないぞ! おい、いるんだろ! 見ていないで俺を助けろ! は、早く出て来い! 聞いているのか! どこにいるんだ!」
「ここにいるさ、最初からな」
男が何事かを苦し紛れに喚いているかと思えば、闇が応えたかのように暗がりからぬうっと二人組の影が出て来た。灯士一行の間に緊張が走る。
二人組は身長の高い男とその補佐らしき女であった。初夏だというのにロングコートを羽織り、暗褐色の軍帽に詰め襟の軍服といった出で立ちをしており、頭部に角こそないものの発する邪気は比較にならないほど強い。
男は両手をコートのポケットに突っ込んだまま興味なさげに呟いた。
「最終実験に入る」
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