21 新手
「あ、あああ、アイツらは!」
「そんなまさか! き、鬼人!? それも二人?」
「嘘だろおい!」
「みんな狼狽えるな! 僕が対応するから目前の敵に集中するんだ!」
突如として登場した鬼人達に動揺する班員を叱咤する光太郎はさすがと言えたが、他の面々は勿論、龍次をもってしても動揺を隠しきれなかった。屋根の上に立った男が不敵に笑う。
「よぉ、貴様らはガキだとはいえども灯士だよな? 灯士を食えば強くなれるって聞いたんだが……ちょっと試させてくれよ!」
耳元まで裂けているように見えるほど大きく口を開けた鬼人は瞬時に移動して目の前に飛び出して来た。それを間髪入れず前に出た光太郎が迎え撃つが、海王丸を振り抜くことができない。ガチンと固い手応えがして途中で受け止められてしまった。
「ひゅう、あぶねぇあぶねぇ。お前らの幽導灯にちょっとでも触れると怪我しちまうんだろ? だからよ、こっちも考えてんだわ、色々とよ」
男は手にした無骨な長物を力押しで振り抜いた。光太郎は飛び退いてそれを躱す。
街路灯に照らされた姿をよく見ると、それは白い刀のような代物であった。所々赤黒いまだら模様が浮かび上がっており不気味さに拍車をかけている。
「見ろこの武器を! これが俺の鬼骨刀だ! これがあればそのちゃちな棒っきれなんぞ怖くはねぇ! なます斬りにしてやる! うらぁ!」
「お前に恨みはないが、死んでもらう。いくぞ!」
「くっ!」
「光太郎!」
「こっちは大丈夫! それよりも敵の増員が止まらない! 龍次はみんなを守って!」
「くっ、おお、任せろや!」
「他の心配してていいのか? お前の相手は俺達だぜ!」
「はぁっ!」
二人の鬼人と光太郎による高速で交わされる剣戟の轟音とすさまじさを見て龍次は介入の難しさを悟り、やむなく彼の指示に従った。
突然現れた鬼人らの攻撃は凄まじいものだった。力に任せての連撃でありお世辞にもコンビネーションができているとは言いがたいが、がむしゃらで必死な攻めが光太郎を苦しめる。
だが奇妙なことに、なぜか襲っている側から悲壮感と焦りが感じられるのだ。素性も事情も分からぬ死にものぐるいの暗殺者達を前にして仲間の安否を思う光太郎の心中も焦りだす。
そしてどういうわけか、邪鬼達は依然として斬っても斬っても湧いて出てくる。十三班一行は今の所は善戦しているものの、直に支えきれなくなるだろう。その前に救援が来てくれるか、眼前の敵と決着を付けなくては。闇夜に鮮やかな幽導灯をくるくると回しながら思案していると、後方で悲鳴が聞こえた。えまの声だ。
「きゃあ!」
「えまちゃん!」
振り返るとそこには禍々しい骨の鎖にぐるぐる巻にされたえまの姿があるではないか。そしてどこからか姿を現した男の手に握られているのは鎖鎌であり、歓喜に歪む顔の頭頂部にあるのは鬼の角。
そう、ここに来て新手の鬼人が登場したのだった。
「キイッヒッヒ! ブフーッ! 女……女だぁ、捕まえたぞぅ、ぽきの女だぁ!」
ニタリと笑い舌なめずりをしながら近づく腹の出た醜い鬼人に捉えられると、えまは怖気を感じて叫んでしまったのだ。
自然と結界は破れて弥生町青年団の面々が脅威にさらされてしまう。すぐ近くで彼等を守っていた悠人はこれを機に押し寄せる邪鬼の掃討に追われてえままでは到底手が回らない。悪態を付くのが精一杯だ。
「チクショウ! 三人目の鬼人だと、どうなってやがんだよおい!」
長い舌をチロチロと動かしながらも醜い鬼はえまを物色する、すでにこの世のものとも思えない見た目の醜悪さに加え、陰湿な性格がなおさらえまを恐れさせる。こうなっては最早手にした幽導灯も輝きを失ったただの棒に過ぎない。
「おっおおおっおっ♪ なれ~、なれ~、ぽきのお嫁さんになれ~♪」
「ひっ! い、いや、来ないで! ば、化け物!」
重たい身体ながら軽やかな足取りで徐々に近づいて来る鬼人であったが、えまの明らかな拒絶にあってピタリと歩みを止めた。
「……なんだと? なんだとぉぉぉ! 誰が! 誰が化け物なんだ! ぽっぽっ! ぽきのどこが化け物なんだ! せっかくぽきが可愛がってあげようかと思ったのに! うおおおおもう許さん! もう許さんぞお!」
支離滅裂な発言をして巨体をくねらせて号泣しながら突進してくる異形の鬼にえまの恐怖は頂点に達した。えまは恐怖に苛まれて立っていることすらできず、絶望しながら地面にへたり込んだ。
「あ……あっ……やだ、来ないで、来ないでぇぇぇ!」
近づいてくる巨漢鬼に対して彼女はもう逃げることもできない、この時えまに一番近かったのは勇だった。しかし少年は鬼の余りの異様さと醜悪さから自然と足を遠のかせていた。
(行かなきゃ! 僕が花牟礼さんを助けなきゃ……でも、怖い、身体が前に進まない)
ブルブルと降魔灯を震わせて涙目になっている勇は恐慌状態に陥っており、自分の身体すら思い通りにならない。蛇に睨まれた蛙に同じだ。
光太郎と相対している鬼が笑う。
「あっはっは! あいつは元々強姦殺人の死刑囚だったんだが鬼になった時によけいおかしくなっちまいやがったなぁ!」
「くっ!」
「おっと距離を取って秘灯技を出そうったってそうはいかんぜ、お前のやり口は全部頭に入ってんだからな!」
こちらの対応を見透かしたように二人の鬼は動き、歪な刀を振り回す。場当たり的に見えて実に周到な襲撃に、光太郎も攻めあぐねていた。えまを助けねばと思う程に心は焦り、灯閃が鈍る。ここにきて光太郎の心中に苛立ちがつのっていた。
だがこの窮状を打ち破る者が現れた。彼は裂帛の気合いを入れてえまを拘束する鎖を叩き斬ったのだ。
「はあっ!」
バキン! と快音を立てて鎖が崩れて瘴気と化し、消えて行く。だがなおも動き出せない彼女の為に彼は雄々しく立ちはだかった。
邪鬼との激しい戦闘から、既に満身創痍で息も荒々しい。しかし眼光だけは鋭く鎖鎌の鬼を睨み付ける。
「雑魚の相手に飽きてた頃だ、俺が相手になんぞこの豚野郎」
龍次の幽導灯は煌々と金色を湛え、気力は天を突く。
こうして龍次と鬼人の戦いが始まったのだ。
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