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幽導灯火伝  作者: 惟霊
20/82

20 邪鬼襲撃




「なんれってぇ? ひゃははは! ここ最近東京は平和そのものら、妖魔なんてでたらめ……」


 バカにしたようにヘラヘラ笑う酔っぱらい。だがそんな彼を目がけて暗闇から高速で迫り来る存在があった。


「ギャギャギャギャー!」


 成犬ほどの大きさの黒ずんだ身体を低くかがめ、それこそ犬のように四足歩行で器用に駆けながら牙と爪を剥きだして奇声を発し、男の首元に躍りかかろうとしていた。


 慌てた男が情けない声を上げる。


「うわぁぁぁぁぁー!」


 刹那として前に踏み込みながら幽導灯を抜きはなった光太郎は躊躇いなく横なぎに一閃する。大きく口を開けた小邪鬼が易々と二つに切り裂かれて、断末魔の悲鳴とともに黒い瘴気の塊とも言える身体を雲散霧消させていく。


「後続が来る! 青年団のみなさんは集合して下さい! えまは結界を展開! 勇と悠人は対象の守護! 僕と龍次は遊撃だ! 警戒せよ!」


「おおお、おう!」


「はい!」


 十三班の面々は呆気に取られていたが、次第にことの緊急性を理解して慌てて佩灯を抜き放つ。


 勇と悠人は突如として始まった戦いにおっかなびっくりしていたが、龍次はさっそく幽導灯手に襲い来る邪鬼を叩き斬っていた。


 えまは言われたとおりに頭上で祈りながら幽導灯を軽く振り回して酔っぱらいを含めた青年団全体を守る結界を張る。


 生者の存在を確認した邪鬼どもらが三匹ほど飛びかかってくるが、えまの結界に阻まれて弾かれている。優等生で折り目正しいえまは毎日の祈りを欠かさず励行しているので、いざという時の実力が違うのだ。彼女の結界の前では小邪鬼程度が突破できるものではない。


「おっ、やるじゃねぇかえま、こりゃ俺も負けてらんねぇな!」


 悠人が不敵に笑って降魔灯を振ると、光太郎や龍次ほどではないが鮮やかに邪鬼を屠っていく。しかし十三班最年少の勇は初めての妖魔戦とあって震えていた。降魔灯を持つ手もおぼつかない。


 邪鬼は愚かなようでいて実にしたたかである。肉食獣と一緒で群の中でも特に弱い者の存在をかぎつけてはいっせいに襲いかかるのだ。


 怯えているところを目ざとく見つけられた勇は二匹の邪鬼に襲いかかられた。恐怖に駆られた勇は降魔灯を手から落として絶叫する。


「うわあああく、来るなぁぁぁ!」


青海波(せいがいは)っ!」


「グギャァァァァァ!」


 少年が危うく大怪我をするところを救ったのは突如として飛来したマリンブルーの霊波だった。これは光太郎の秘灯技であり離れた所の敵を攻撃するのに優れている。


 恐怖に萎縮している勇に向けて光太郎は声を張って励ます。


「勇君、恐れることはない! 僕達がフォローするから勇気を持って戦うんだ! 信じる心にこそ神は宿る!」


「は、はい!」


 ようやく落ち着いた勇は意を決して落とした降魔灯を拾い邪鬼に向かって斬り付けた。へっぴり腰ではあったがその一撃は大いに邪鬼を退かせるに至り、少年の心に確かな手応えを与えた。自分も戦えるという確信が少年を戦士に変えていく。


 十三班の面々はよく戦っているが、中でも特筆すべきはやはり光太郎である。どこからかワラワラと湧き出でる妖魔どもを倒し続けるほどに彼の技は冴え、間近に怪異の危機を感じて恐慌状態にあった青年団の胸中を次第に元気づけていく。喚いていた酔っぱらいもすっかりと大人しくなっており、両手を合わせて拝みながらなにやらぶつぶつと呟いている。


「会長さん! 携帯電話で灯青校に襲撃を受けていると連絡を!」


「あ、ああ分かった!」


 中野町会長は胸ポケットからPHSを取り出すと素早く灯青校の緊急連絡先に電話した。PHSとは簡易型携帯電話と定義されており、俗にピッチと呼ばれている。


 通話範囲はそれほど広くなく料金も高額なため市民にとっては高嶺の花なのだが、灯青校の学生やビジネスパーソンにとっては最早必須のツールである。えまの強固な結界もあり、町会長は余裕をもって電話をかけた。


「ああそうなんだ、襲われている! 渋谷区本町四丁目辺りだ! 十三班の子達が必死に戦ってくれているんだ! 助けをよこしてくれ! 頼む!」


 町会長は闘争の音に負けないように大声を張り上げて報告する。警察に連絡しないのはこの場合において正しい。と言うのも、灯青校には非常時において対処できるように常に腕利きの教職員を待機させており、特に怪異に対しての対応力は警察のそれよりも格段に強くて早いのだ。


「ちょっとさっきからうるさいわねぇ、今何時だと……きゃぁぁぁぁ!」


「窓を開けちゃだめです! 誰も家から出ちゃいけない!」


 外の喧騒を感じて窓から様子を見ようとした夫人が絶叫する。恐怖はことさら妖魔を引きつける。光太郎は急ぎ青海波を放って注目を自身に引きつけた。やがて夜の街をサイレンがこだまする。


『緊急怪異警報発令! 緊急怪異警報発令! ただ今新宿周辺で妖魔の発生が確認されています! 外出は避け、危機に備えて下さい! 繰り返します!』


 ヴーと鳴り続けるけたたましいサイレンと放送に、煌々と街の各所に配置されている非常灯が灯り犬猫は鳴き続ける。眠りについた赤子も悲鳴をあげている。


「光太郎君、すぐに職員さんがここに来てくれるそうだ! それまで頼む!」


「はい! 聞いたかみんな! それまで持ちこたえるんだ!」


「「おう!」」


 やる気が無くてろくに任務もこなせない役立たずとさげすまれていた十三班の面々が皆一丸となって必死に戦っていた。次々と邪鬼が湧いてくるが、この分では充分対しえるだろう。しかし光太郎にはまだ不安があった。邪鬼どもがどこから発生したのかがわからないからだ。


 都市部より外はより強い結界が展開されており、易々とは侵入できない。ともすれば、内部に妖魔を手引きした者、あるいは召喚した者がいるはずだ。


 その者らの思惑と存在が今だ明らかにならない内は安心などしていられない、光太郎がそう考えていると、闇の中から地をはうような陰湿な男達の声が響いてきた。


「はっ、灯青校の学生がどれほどのもんかと思ってみれば、そこそこやるじゃねぇかよ」


「油断するなよ丑沢(うしざわ)、俺達には後が無いんだからよ」


 ニヤニヤと軽口を叩くそれは、額に大きな角を頂いたかつての人のなれの果て。


 二人の鬼人であった。

更新の糧となりますのでブックマークと評価の程、宜しくお願い致します。

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