19 夜回り同伴任務
時は過ぎて時刻は十九時。校門の前に集まった十三班一同は揃って目的地に向けて歩き出した。
新宿灯青校の近くには国営の魔窟がある。
本来の住所は中野区弥生町三丁目であるのだが、皆はもっぱら新宿ダンジョンとか三丁目ダンジョンと呼んでいる。政府が決めた正式名称があるのだが職員すらろくに誰も覚えてはいない始末だ。
このダンジョンは都市の中枢にあるのを考慮され、最高レベルの呪術結界が施されており防壁でぐるりと取り囲まれている。二十四時間体勢で公務員が配置されており、万全の状態で監視運用されている状態だ。
なぜ都庁もある新宿に魑魅魍魎が跋扈する魔窟があるのかというと、土地柄人が集まるところには瘴気、つまりマイナスのエネルギーが発生し蓄積しやすい点が上げられる。そこで強制的に負のエネルギーをダンジョンに集中させることで逆説的に本来起こりえる怪異の発生を完全ではないが防いでいるのだ。
そしてさらにはダンジョンが生み出す資産が魅力的なことも重要だ。
魔窟の中は異空間となっており、瘴気を吸収して自然に湧き出てくる妖怪変化どもを討伐すると、まれに貴重な品を落とすのだ。この現象を探索者達はゲームの知識よろしくドロップアイテムと呼んでいるが、なぜ倒された妖魔が物品を落としていくのかは謎とされる。
他にもダンジョン内には未知の鉱物資源であり上級の幽導灯を作るのには欠かせないヒヒイロカネやオリハルコン、ミスリルやアダマン鉱などの地上では手に入らない希少鉱物や霊薬ソーマの原料となる植物や仙丹の材料、旧時代や異世界のものと思わしき遺物など、多種多様な品々が数多く手に入ることで知られており、これを完全に手放すよりは管理した方が得だと国は判断したのだ。
しかし付近の住人にとっては不安の種であることは間違いない、そこで政府は万全な安全保証対策を施した、その一環が今回十三班が任された灯士による夜間巡回である。
妖魔が太陽を嫌うのは周知の事実であり、昼日中では大いに力が減衰するのも有名だ。しかし夜は一転して彼等の世界となる。
なんの対策もなく外出しようものなら、たちまち闇の者どもらはそれを察知して瞬く間に襲いかかるだろう。
であるから一般人にとって夜は不安の象徴であるため、いくら十全な措置を取っているとはいえ居住者感情に配慮した形を取り、都市型ダンジョン周辺ではおよそ日没から夜明けまで灯士による巡回や監視が義務づけられている。
だがこの巡回において問題はほとんど起きないのが通例であり、灯青校の学生が勤めることも多かった。特にここ新宿ダンジョンにおいては校舎が近いこともあり、ほとんどが学生参加により実施されていた。
「火の~よーじん、マッチぃー一本、火事のーもと。火の~よーじん」
カンカン、カンカンと拍子木を打つ音が周囲に響き渡る。光太郎ら十三班一行は弥生町青年団衆の護衛をして周囲を警戒していた。年配の男性が光太郎に話しかける。この男性は中野という名で、長年弥生町の町会長をしている。光太郎が転校生だと言うと、ここでも時期的に珍しいと驚かれた。
「東京はどうだい、もう慣れたかい?」
「まだまだです、ここまで人が多い所だとは思いませんでしたので、今でもびっくりします」
「はは、そうかい。日本の中心ってだけあって焼け野原からでもあっという間に高層ビルなんかが立ってきた。灯士さん方ががんばってきたのをおいら達も黙って見てきたわけじゃないんだよ、みんなが街を今まで以上に良くしようと必死だったさ」
「そうだったんですね」
「ああ、お陰で白髪ジジイとなった今となっちゃああちこちガタがきていけねぇがね、はっはっは! まぁこの年まで生きてこられたのも灯士さん達がいてくればこそだ、ありがたいことさ」
「会長さんは当校に多大な寄付や貢献をしてくださっていると聞いています、こちらこそありがとうございます」
好青年らしい柔らかい微笑みを返す光太郎を見てふと町会長は目を伏せた。
「……灯青校も敷地外れに忠魂碑があるのを知ってるかい?」
「ええ」
「あそこの帳面には全部じゃないが犠牲になった灯青校生の名前が載ってるのさ。おいらは朝の散歩で必ずあそこに立ち寄るんだが、よくこの夜警任務を受けてくれた子がいてね、一昨年卒業して前線に行ったんだが、数ヶ月もしないうちに名前が載ってしまったよ。未来がある若者だってぇのに、こんなジジイよりも早く逝かなきゃならないなんてねぇ」
「火のーよーじん」
青年団が拍子木を打つのを聞きながら、光太郎は黙って鼻を啜る老人の声に耳を傾ける。
高度に近代化された東京にあっても灯士となれば驚くほど死は身近なのだ。灯士たるもの幼い時から死を厭わぬように教育を受けるが、たとえ本人が本望でも残された者の心の傷が癒えるとは限らない。
そして例外を除き灯士してのピークは十代から三十代前半であると言われている。結婚や出産といった幸せな人生を歩むことができぬまま戦場の露と散って行く灯士達のなんと多いことか。
町会長は雨の日も雪の日も毎朝出かけては忠魂碑に手をあわさずにはいられないのだった。
「だからお前さんも命は大事にね、親御さんを悲しませちゃいけないよ」
「……はい、ありがとうございます」
光太郎は遠い昔に両親を亡くして姉も行方知れずなのだが、町会長の言うに言えぬ心中を察するに、そのことを話すつもりにはなれなかった。
やがて夜警の見回りも終わりに近づいてくると、繁華街の外れで電柱にもたれかかり寝ているサラリーマン風男性の姿を見つけた。町会長はしょうがねぇなぁと言うと、腰をかがめて様子を伺う。
「ほら兄さん、こんな所で寝ていると風邪引くよ、起きなきゃ」
「うぃーなんだぁばかやろぉ~」
「こりゃだめだ、完全にできあがってらぁ。おいみんな、手を貸してくれ」
「はい!」
弥生町青年団の手を借りてようやく立ち上がった男は、まだ酔いが覚めていないらしくて暴れていた。
「なんだこら! やめろ! 俺をどうするつもりらぁ! ひっく」
「どうもしやせんよ、こんな所に寝てちゃ鬼の餌にでもされちまうからね、お巡りさんのとこに連れて行くだけさ」
「なんらとぅ? あっはっは! こんな都会れ鬼がでるもんかぁ! あははははは!」
酔っぱらいが高笑いするのを十三班一行は呆れた目で見ていた。悠人が呟く。
「はぁ、こんなのんきなおっさんを守って戦うのが俺等の使命かと思うと泣けてくるね、まったく」
「あはは……」
悠人のぼやきに勇が愛想笑いをしていると、光太郎が瞬時に身構えた。それを見た龍次が声を上げる。
「どうした光太郎」
「敵襲だ! 総員抜灯!」
夜も深まった二十一時半、大通りに少年の鋭い檄がこだました。
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