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幽導灯火伝  作者: 惟霊
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18 南結子の憂鬱




「どうしてですか編集長! 記事が書けないだなんて!」


「だから何度も言ってるだろ、彼のことには触れるなと上からのお達しだ。いくら粘っても無駄だぞ。それよりもお前には他にやることがあるだろ、死んだはずの死刑囚が再び現れたって例の件はどうなったんだ、あれは怪異のなせる技だと言ってただろ……っておいどこに行く!」


「取材済み原稿の執筆です! 今日は戻りませんから! ふん!」


 バタンと編集部の扉を荒く閉めて社外へと飛び出した彼女は南 結子(みなみ ゆうこ)。月刊灯青校の名物編集者である。


 男ばかりの編集部内にあってあくまで彼女の視点での記事作りに拘り、時に強引な仕事ぶりから煙たがる者も多いが、若手ながら内外で評価する者も少なくない。


 結子は怒りを隠そうともせずに大股で街中を闊歩し、馴染みの潰れそうな喫茶店に入った。


 店内の奥まったところにある座席がいつもの定位置だ。初老のマスターがなにも言わずブレンドコーヒーを煎れて持って来ると、一口啜ってからため息をつく。


「……あーうまくいかないな、なんで記事にしちゃいけないんだろ。あの子にどんな秘密があるって言うのよ」


 薄暗い店内で天井のシーリングファンがゆっくりと回る。ようやく落ち着いて来た頭でコーヒーをかき混ぜながらこれまでのことを考えてみた。


 彼女は良くも悪くも直感で動く人間である。最初彼のことを噂で聞いた時からなにかピンとくるものがあった。


 上野駅にて白昼堂々現れた鬼人を倒せし謎の少年灯士あらわる。


 年の頃は高校生くらいで白い猫を連れていたという彼。一灯の元に鬼人を成敗したというのが本当なら、その実力は驚嘆に値する。


 しかし後に体調を崩して救急車で運ばれて行ったことで、誰も彼の正体が分からなかった。だが先日、野外灯技場であった決灯を偶然目撃した者からタレコミがあったのだ、上野に現れた灯士に似ていると。


妙な時期に転校してきたこともあって、新宿灯青校での聞き込みはすんなり成功した。決灯を見た学生達に話を聞くと、皆興奮した様子でことのあらましを話してくれた。


 それによると少年の名は暁光太郎。信じられないことに登校初日であの天堂副会長の弟である天堂龍次を下して、十三班の班長になったと言うではないか。その場には学園長である野田大先生もおられたというから、誇張はあっても結果の信憑性は疑いようがない。


 あの場で彼は、雨晴という秘灯技を放ったそうだ。


 曰くそれは夜空に輝く彗星のようだった、曰くあれは大海に煌めく光波のようだった。見た者が口々に思い思いの感想を述べ、恍惚とした表情を浮かべるのだ。


 灯士が放つ秘灯技は人々を魅了する。月刊灯青校での掲載写真は、いかに灯士と秘灯技を美しく捉えるかで大きく購買数が変わってくるほどだ。


 前線で戦う灯士の秘灯技は当然見ることはできないが、学生のうちならチャンスがある。しかし編集長が言うように彼が政府の要人ならば、今後灯士園などへ参加しない可能性もある。それはあまりにもつまらない。


「はぁ……私も見てみたいなぁ、雨晴」


「妾は見たわよ? 秘灯、雨晴をね」


「えっ?」


 俯いた結子の顔が跳ね上がる。自然と思考が口に出ていた恥ずかしさも気にせず、目の前で背を向けて座っている妙鈴の女性に視線が釘付けとなる。


「あ、あなたも見たんですか! あの試合を!」


「ええ、しっかりとね。とても面白かったわ、うふふふ」


「少しお話しをお聞かせ願えませんか?」


「ふふ、まぁいいわ、こっちへおいでなさいな」


「では失礼します!」


 喫茶店内には結子とマスターの他に、姉妹らしき謎の美女が二人だけだった。その内の姉らしき人物だけが、先程から結子の質問に滔々と応えてくれている。最初は結子もただの灯士好きの一人として話を聞いていたのだが、言葉の端々から察せられる雰囲気から、相手は並みの好事家ではないと感じていた。


「それではズバリお聞きしますが、あなたは彼の秘灯技を見てどう思われましたか?」


「そうねぇ、とても強くて激しいけれど、同時にはかなさのようなものを感じたわ。太刀は鋭く磨かれ美しく反り返るほどに横からの衝撃には弱くて折れやすいでしょ? いくら法外な力を身に付けていたとて十五才は十五才なのよ、この世の残酷な現実を知る内に灯火が曇らないことを願っているわ」


「なるほどーー深い、ですね」


「ふふん、も、もしあれであればね、妾の話を記事にしてもいいのよ?」


「あ~そうしたいのはやまやまですが、実は……」


 結子は苦い顔をして美女に事情を打ち明けた。


「なにぃ! 上からの指示で記事にはできんじゃとぅ! そんな馬鹿なことがあるか!」


「お姉様、落ち着いて下さいませ」


「黙れ黒姫! お前は悔しくないの? せっかく臥龍鳳雛(がりょうほうすう)を見つけたというに、月刊灯青校に載せられんのでは意味がないではないか!」


「はぁ」


「いやぁまったく仰る通り! そうなんですよ! マスター、コーヒーのおかわりとチーズケーキを三つお願いします!」


「学生時代は短いというに、そんなことでいいのか? 愛でられてこその花であり灯士であろうが!」


「ええ、ええ、本当にそうなんですよぉ! あっここのお代は私が持つので遠慮無く食べて下さいね!」


「あらそう? 悪いわね」


「いいんですよぉ、これも取材ってやつなんで! いやー話が分かりますねぇお姉さん」


 やいのやいのと騒ぐ間に店主がおかわりとケーキを持ってきた。老店主がテーブルにカップを置こうとすると、興奮した姉の方が演説よろしく突然手を振るのに驚いて、ソーサーごとコーヒーをこぼしてしまいそうになる。


「ああっ! 申し訳ありませんお客……様」


 しかしどういうわけか、コーヒーカップは妹の手にいつの間にかすっぽり収まっており、一滴もテーブル上にこぼれてはいない。


 店主が呆気に取られていると、妹がじっとりと姉をたしなめた。


「お姉様、少し落ち着いて下さいませ」


「ふぅ、ええそうね、そうしましょう」


 姉はパタパタと手で顔を扇いで優雅にコーヒーを啜った。その隙に正気へと戻った店主が給仕を済ませて速やかに退くと、結子はぐっと顔を突き出して声を潜めた。


「実はここだけの話なんですけどね、暁光太郎君はなにかしらの国家機密に関与していると思われるんです。そういった場合、テレビはおろか新聞や雑誌に登場することはありません。全国的な学校行事も参加は難しいでしょう」


「むぅ、やはりそうなるか。つまらないわねぇ」


「でもね、私は隙をみて仕事の合間に光太郎君を追いかけようと思ってるんです」


「あらなぜかしら、記事にできるわけでもないのに」


「んー単純に気になるから、ですかね。それに例え発表できなくても書いてみたいんです、彼の記事を」


「まだ会ったこともないのに随分と入れ込むのね」


「えへへ、それ編集長にも言われました。やっぱり変ですかね?」


「……別にいいんじゃないかしら、もし書けたら見せてもらいたいものだわーー南結子さん」


「へ? そういえば私のこと、ご存じなんですか?」


「邪の道は蛇って、ね? ふふふふふ♪ 楽しかったわ、ごちそうさま、またね」


 いつの間にかすっかりとコーヒーとチーズケーキを平らげた姉妹は風のように店を去った。結子は幻を見るように二人の後ろ姿を見送ったのだった。


 しばらく結子が呆けていると、マスターが恐る恐る近づいてきて重い口を開く。


「結子ちゃん、あの人等は知り合いかい?」


「いえ全然? さっき会ったばかりだけど」


「私はこれでも色んな人を見てきたつもりだ。大物政治家や財界のトップ達、有名な灯士から乞食に至るまで、ありとあらゆる人達を見てきたんだ」


「マスターの人生経験が豊富なのは知ってるけど、どうしたの? そんなに震えて」


「悪いことは言わないよ、今後あの人等に関わっちゃだめだ。私はそもそも人かどうかも疑わしく思うよ」


「またまたそんな大袈裟な、結界がある大都会の真っ昼間に化生の類いなんて……」


 そこまで言って、結子の脳裏に強烈に思い出される台詞があった。


 あの姉と思しき女性は妹の美女に向かって確かに黒姫と言っていたのだ。


 先程まで熱情に浮かされていた結子の頭が一気に芯まで冷える。黒姫という名がもし確かならばあの姉こそは災厄の象徴たる四凶が一柱の高姫に違いない。


 大鬼女である高姫黒姫の悪名は日本全国に轟いており、よほどの天邪鬼でもない限り不吉すぎてここ数十年来娘の命名に使える名ではないのだ。


 しかしだとすると、今会って話していた相手はーー


「は、ははは、まさか、ねぇ」


 結子は引きつった笑みを浮かべながら疑いを飲み込むように、ぬるくなったコーヒーを一気に呷るのであった。

更新の糧となりますのでブックマークと評価の程、宜しくお願い致します。

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