17 光太郎 対 生徒会長 天堂兄妹
「お願いします」
お互いに礼を返して構えると、舞台上を滑るように進み出た綾乃の灯身を光太郎はとっさに受け流して見せた。
互いの灯身同士がふれあう瞬間にバチッと大きな炸裂音がしたが、二人とも体幹を崩していない。
「うふふ、意外かしら? これでも私は生徒会長の重責を担う者としてそうそう無様を晒すわけにはいきませんの」
「その気迫のほど、身に染みて感じております」
「ぜひそちらからも打ち込んで来て下さいな、そうでないと楽しくないでしょうに」
「どうぞお気遣いなく」
「あら、私の立場を気にしてらっしゃるの? それでしたら心配ご無用ですわ」
「……お気遣いなく」
「ふふ、意固地ですのね。でしたら攻めざるをえなくして差し上げましょうか?」
「ご随意に」
「あら嬉しい、では調子を上げて参りますわよ」
綾乃の手にした朱き灯閃が煌いたかと思えば、次の瞬間にカーンと高い音を響かせて闘技場内を色づかせる。常人には見とれぬ早さで光太郎が袈裟打ちを捌いたのだ。続いて綾乃が繰り出すなぎ払いも光太郎は難なく受ける。
そうしたやり取りを何度もするうちに徐々に速度は上がっていき、やがて余人には推し量れない域にまで達した。
嵐のような乱打が上段中段下段と襲い来るが、それらを光太郎は全て丁寧にいなしていく。お互いの霊気が渦巻く暴風を呼び、決灯場の窓ガラスがガタガタと悲鳴を上げる。
鳴り続ける打撃音は祭り囃子のように激しく、光を纏って二人が戦う姿は群舞する蝶のようにあでやかだ。この様子を見ていた女学生の口から思わずため息が漏れ出す。
「綺麗……」
「ああ、昨日来た転校生が会長相手になにをか言わんやと思ったが、これはなんだ、鳥肌が止まらない!」
「静かにしろ、もう誰もなにも言うな。今はただこの戦いを見届けよう、きっとそれだけでいいんだ」
今この場にいる面々は言いようのない満足感と多幸感に満たされていた。そして新宿灯青校の生徒であり偶然この場に居合わせたことを神に感謝した。
だが綾乃の心は複雑だった。
当初は軽く数合交わしたら終わる予定だった。言わば自己紹介のようなものだ。
しかしそれがどうだ、今ではなんとか静かにほほ笑む彼を見返したいと躍起になり、がむしゃらに幽導灯を振るっているではないか。
思う存分力の限り腕を振るい、額から滴る汗を拭いもせず一心不乱に打ち込む。綾乃は思い出す、こんなにものびのびと幽導灯を振るうのはいつ以来だろうかと。
この楽しい時間が永遠に続けばいいのにとも思うが、同時に相反する衝動に駆られてしまう。彼ならば我が秘技を見てどう対応するのかを知りたくなったのだ。
見てみたい、そう思ったら自然と身体が距離を取っていた。これから彼女がなにをするのか、対面している光太郎にはしかと伝わっていた。目と目で通じ合う武士の心。打って変わって水を打ったかのような静寂の中、綾乃は一度納灯して腰をかがめ、抜灯術の体勢を整える。
だらりと垂れ下がった長い髪の奥からか細く奇妙な声が聞こえ出すと、そのあまりの不気味さに周囲の面々は緊迫した。
「……ふふふふ、あはははははははははははは!」
綾乃の心の内から湧き出でる歓喜、言うに言えず言葉にできない感情が彼女の中で渦巻く。抑えきれぬ闘気を無視やり小さな身体に押し込めたらば、一時の静寂の後にぽつりと呟いた。
「行きますわよ日出君ーー鹿島武神流秘灯奥義、一之た……」
「そこまで! そこまで!」
朗々たる声を上げ、遠く灯技場の入り口からつかつかと身長の高い美男子が進み出ると先程と同様に人波が割れて行き、とうとう二人が立つ舞台にまで上って来た。
「教職の立会いがない学生灯士同士の稽古では秘灯技の使用は禁止されています、まさかお忘れになったわけではありませんよね、会長」
「……ふぅ、見つかっちゃった」
「見つかったじゃないでしょう、会長であるあなたが規則違反をしてどうします、生徒の皆に示しがつきませんよ」
「あらあらごめんなさいね、うふふ♪」
「ごめんで済めば警察はいらんのです、しかもまず謝る相手は彼でしょうに」
「そうね」
綾乃は納灯し一歩進み出て光太郎の左手を両手で優しく掴み蠱惑的に微笑んだ。
「つい熱くなってしまったわ、ごめんなさいね暁君」
「いえ、僕も楽しかったです」
「あら本当に? 嬉しいわ私もよ、ところで暁君にはもう決まった方がいらっしゃるのかしら?」
「はい?」
ふわりと長い髪を美しい指でかき上げながら問いかける綾乃だったが、光太郎にはその言葉の真意がわからない。
「もしどなたもいらっしゃらないのなら、この私とーーいたたたた!」
不穏なことを口走る生徒会長の耳を遠慮無く引っ張る男性は、どこか手慣れた様子であった。そして彼が交替して光太郎に話しかける。
「すまないな、会長はたまに妄言を吐くんだ、気にしないでくれ」
「は、はぁ」
「俺は生徒副会長の天堂龍一だ」
「僕は十三班班長の暁光太郎です、天堂さんと言うと龍次君の……」
「ああ、弟が世話になっているようだな」
ちらりと龍一が龍次を見ると、彼は舌打ちして目をそらした。龍一はふっと笑うと視線を光太郎に戻す。
「あいつを宜しく頼むよ、なにかあれば言ってくれ、力になる。ではな、行きますよ会長」
「はぁい、また会う時を楽しみにしているわ暁君。任務がんばってね」
「はい、ありがとうございます」
舞台を降りて生徒会長達が去り行くのを見送っていると、その一団最後尾の少女が振り返るのに気が付いた。どうやらこちらを睨んでいるらしい。
光太郎には見覚えがないので横を見ると、悠人が苦虫をつぶしたような顔をしていた。それでどうしたのかと聞いてみる。
「あいつは天堂副会長の妹で天堂 凛だ。頭も顔も良くて腕が立つけれど、まー気が強くてな、一年の時同じ班だったんだがひどい目にあったぜ。そんで副会長ラブのブラコンだから絶対あいつの前で龍一さんの悪口を言うなよ。鬼を相手にした方がまだマシだって目にあうぞ」
「そうなんだ、でもそれってことは龍次君の妹でもあるってこと?」
「んーまぁ一応な、でもそこんとこは微妙だから詳しくつっこまないほうが……」
「別に隠すようなことでもねぇよ、母親が違うってだけの話だ。あいつらは俺のことを家族だなんて思ってもないだろうし、俺もそうだ。馴れ合うつもりはねぇ」
「うん、そっか。わかったよ」
「それよりなんだよ光太郎、お前会長さんに手を握られてよ! なんの話してたんだよ!」
「いやーそれは、ははは」
「てゆーかマジで気を付けろよ、会長には学内外にファンクラブがあるからな、月の出ない夜に後ろから刺されても知らねーぞ?」
「ええ、そんな嘘でしょ!?」
悠人のちゃちゃのお陰で気まずい空気は流れていった。十三班はこれで訓練を切り上げて、あとは任務まで各々待機することとなった。
一方、校舎の廊下を歩く綾乃は、先程まで幽導灯を握っていた右手を見ていた。戦いの余韻は今だ冷めやらず、ビリビリと痺れるような電流が肌に残っている。
僅かに震える右手にそっと左手を添えて思い出す。祖父の言葉を。
『お前は強い、幼いながらにして我が一門では最強じゃ、悪鬼羅刹に臆することもない、しかしまだ皆伝はやれんなぁ』
『理由をお聞きしても宜しいでしょうか、おじいさま』
『ーー武の武たる所以がお主に備わってないからよ、たとえお前が易々と山を砕き海を割ろうとも、それが分からん内はまだまだじゃのう』
初夏の午後、陽炎のように思い出される在りし日の祖父の面影に浸っていると、心配そうに龍一が声をかけてきた。
「会長、どうされましたか」
「ん? いえ、なんでもないのよ。ただ少し、ずっと探し求めていたものの答えがわかりかけたような気がしてね」
「初めて聞くお話ですが、探しものとはなんなのですか?」
「うふふ、それはーーひ、み、つ! だめよ龍一君、簡単に乙女の謎を暴こうったってそうはいかないのだから」
「はぁ、乙女……ですか」
「あらぁ? なにか言いたいことがあるのかしら?」
「いえ、別に」
「うふふふ、ならばいいのよ♪」
綾乃は笑う、幼い少女のように軽やかに弾みながら。
天女のように可憐な微笑みは異性はもちろん同性をも虜にするのだが、その笑顔の真の意味を知る者は誰もいない。
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