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幽導灯火伝  作者: 惟霊
13/82

13 吉祥寺夜話




「ニャ」


「だからごめんって」


「ニャ~~~~~ン!」


「わぁーもう髪の毛食べないでよ! ちょっと!」


 波乱の登校初日をなんとか終えた光太郎は今後のカリキュラムや班活動のガイダンスを受けて帰宅した。しかしそこに待っていたのは姉妹にモフモフされながらもすっかりご機嫌斜めになってしまった白猫福ちゃんだったのだ。


 一人誰もいない家に置き去りにされた寂しさと一緒にいられなかった悔しさからだろうか、光太郎が帰ってきてからというものずっと怒りっぱなしの甘えっぱなしで常に身体の一部をすりつけており、あまつさえ肩に上って髪をはむはむと食べ始めた。妖怪髪舐め猫の誕生である。


「ただいま~、あら光太郎君も帰ってたの。ふふ、福ちゃん嬉しそうねぇ」


「ニ゛ャアア」


「あーもう許してよー」


 叔母の松子が帰って来てからもしばらくすねていたが、一緒にお風呂に入るとやっと落ち着いたようで、みんなで居間のテレビを見ながら光太郎はやっとくつろげる時間を過ごしていた。


 あぐらの上で福ちゃんを抱えながら、左右にしっかりと望と華がぴったりくっついている。姉妹はすっかり光太郎が気に入ったようだ。


「そう言えば光太郎君、学校はどうだったの?」


「はい、ちょっと色々あったんですけど所属する班が決まりました。今後は夜警の任務とかが入ると家を空けることもありそうです」


「ニャ!?」


「えーお兄ちゃんお家帰ってこないの?」


「うーんたまにそういう日があるかも知れないってだけで、普段はちゃんと帰ってくるよ」


「やっぱり学生とはいえ灯士さんは大変ねぇ」


「人手が足りないので仕方ないです、でもちゃんとお休みは取れるしお給金が貰えるみたいなので僅かですが家にも入れさせてもらいますね」


「やだ、そんなこと気にしなくていいのよ、国からも補助があるんだし不自由はしてないんだから。光太郎君は自分のことだけ考えていればいいの」


「ありがとうございます」


「ねーねーお兄ちゃん」


「どしたの華ちゃん」


「じゃー今度ナベシマでお菓子買ってぇ♡」


「こら華、お兄ちゃんにおねだりしないの! お菓子なら家にあるでしょ」


「え~だって~いいでしょお兄ちゃん」


 くねくねと身体をくねらせて抱きついて来る末っ子は、どこでそんなことを覚えてくるのか分からないけれど、しっかり光太郎の気持ちをキャッチしていた。


「うん、じゃあ今度ね、でもナベシマってお店の名前かな」


「そうだよ、近所の駄菓子屋さんでいつも子ども達でいっぱいなの!」


「へーそうなんだ、楽しそうだね」


「もうこの子達ったら、光太郎君、無理に付き合わなくていいのよ?」


「いえ、僕もこの辺りに詳しくなりたいんでちょうどいいんです」


「でもお姉ちゃんはだめだよ」


「なんでよー」


「だって華がお兄ちゃんと行こうって言ったんだからね!」


「なに言ってるの! お兄ちゃんが来た時は散々ひとみしりしてたくせに!」


「ほらほら喧嘩しないで、みんなで一緒に行こうよ」


「ニャアニャア」


「うん、福ちゃんもね」


「ふふふ」


 穏やかな時間は続いて夜も更け姉妹を寝かせた後、光太郎は学校の資料に目を通していた。それを横から覗く松子が話しかける。福ちゃんは依然として膝の上だ。


「あら、なに見てるの?」


「授業の進め方なんですけど、かなり特殊なんですよね」


「ふーんどれどれ、あら、座学のほとんどが自習かビデオ学習って凄いわねこれ、後は大学のように単位制で期間ごとに学科と実技の試験があるのね。登校日やカリキュラムを自分で決められて、サークル活動なんかも充実してるのね」


「先生にも実のところ座学はほとんどできなくても進級できると言われています、でも最低限の任務は受けていないと退学になるみたいです」


「完全に戦力として見込まれているのね……任務ってどんなのがあるの?」


「班や個人としての実力や実績から受けられる任務の種類が違うみたいですけど、最初は町の夜警や巡回、上の方に行くと魔窟(ダンジョン)の警備や低層の妖魔討伐になるみたいです」


「ダンジョンねぇ、あんなものが近くにあるなんて未だに慣れないわ、大丈夫なのかしら」


「ええ、魔窟自体はきちんと管理されているので平気だそうです。新宿にもありますが、有名なのはお台場奇岩城(きがんじょう)だそうですね。ダンジョン内では魑魅魍魎が自然発生していますけど、その分周囲の悪気や瘴気を集めて吸い込んでくれるので、逆に周辺自治体の治安が守られる働きがあるんです。仮に奇岩城が無くなると、周辺に五つは新たな魔窟が発生すると言われてますし、言わば必要悪なんです。地上では手に入らない物資もありますし毒が薬にもなる感じですか」


「それはそうなんだけど……他の親御さん達は心配じゃないのかしら、自分の子供をこんな危険な目にあわせるなんて」


 はぁと松子はため息を付く、どうやら彼女は光太郎が灯士として積極的に活動するのに乗り気ではないらしい。


「灯士として適性があり活躍できるのは全体の三分の一以下と言われています、全国の灯青校に入れるのはさらに狭き門です。今はこういう時代なので戦えない人のために戦える人が戦わなくちゃいけないんだと思います」


「光太郎君は、本当にそれでいいの?」


「はい、班の友達もできましたし。それにーー」


 光太郎は姉のことを口に出そうとして止めた。恐らく姉の(はるか)はまだ生きているが、今それを伝えるべきではないと判断したからだ。


 会話の途中で静止した光太郎をじっと見つめる松子、言葉を継げずにいると、助け船は思わぬ所から来た。


「ニャアン」


「そうだね、福ちゃんもいるからね」


「ニャ! ニャニャーン!」


「いやそんな張り切らなくて良いから、お行儀悪いから机から降りなさい」


「ニャオ~ン!」


「おわーなんだー!?」


 興奮して突然飛びかかってきた福ちゃんをよしよししてあやすと、雰囲気はいつの間にか和やかになっていた。夜も更けてきたので部屋に戻り就寝しようとした時、思い出したかのように松子が念押しをしてきた。


「光太郎君、もしよ、もしも灯青校が嫌になったらーー遠慮無く相談してちょうだいね。私はいつだってあなたの味方よ、それだけは覚えておいてね」


「……はい、ありがとうございます、お休みなさい」


「お休みなさい、福ちゃんも」


「ニャアン」


 就寝の挨拶をして最後に一人居間の照明を消した松子は、不意に星明かりの暗がりで亡くなった夫の写真を手に取った。


「宗大さん、子ども達を……光太郎君を守ってあげて下さいね」


 涙一筋、松子の目からはらりと流れ落ちる。


 世のため人のための使命を帯びて蝶よ花よともてはやされる灯士達ではあったが、その親や恋人は人知れず不安な日々を送っているのが実状である。


 夫を失って灯士という存在自体を呪わしく思っている松子にとって、奇跡的に生き残っていた甥が灯士なのは皮肉な運命の巡り合わせであった。




 この世から妖魔が姿を消さぬ限り、無事を願う人々の眠れぬ夜は続くのだった。

更新の糧となりますのでブックマークと評価の程、宜しくお願い致します。

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