12 因縁
「……お懐かしゅうございます高姫様、黒姫様。さきほど秘灯技を鬼術でもって防ぐのをお見かけしなければ、ついぞ気付きもしませんでした。東京へはいつからお越しになっておられたのでありましょうや」
「あら、もう結構前からあちこち行ったり来たりブラブラしてたわよ? ねえ黒姫」
「はいお姉様」
「ははぁさすが天下に四凶の一角と謳われる鬼女様方にございます、いかに名うての灯士だとしても、その見事な隠形を見抜ける者はおらぬでしょう。それにしても相変わらずお美しくあらせられる、いやはやうらやましい限りでございます」
「ふぅん? しばらく会わない内にそんな見え透いたお世辞を言えるようになったのね、あの時一人生き残った人生の結果がそれなわけ?」
長い髪を指で弄びながらにこりと微笑んで膨らむ殺気に信厳は息を飲んだ。そしてこれ以上の穿鑿は無用と察し、意を決して真意を問うてみる。
「……では率直にお聞き致します。高姫様はなんのご用で当校にお出ましか」
豊かな白眉毛から覗かせる眼光は老いたりと言えども鋭く眼前の鬼女を射抜く。しかし高姫は意に介することもなく平然と受け止めた。
「ふふふふふ、ここの生徒を皆殺しに来たーーとでも言えば、どうするのかしら?」
「むろん、この命に代えても皆を守る所存でございます」
信厳はゆっくり腰の愛灯に手をかけた。前線をとうに退いた身でありながら今もって抜山蓋世の気概をもって泰然と腰を落とす。だがその様子に高姫は大いに噴き出した。
「ぷっ! っふふ、くははははははははは! あはははははは! いや悪い悪い、そう頑なにならないでちょうだいよ、ほんの少しね、妾の遊び心が出たのだわ、くふふふ♪」
信厳はそれでも佩灯に手をかけたまま少しも動かない。
「ならばなに用でまかり越されたのでありますか」
「暁光太郎を見に来た、それだけよ。あの子は面白いわ」
「それは、どういう意味でありますかな」
「文字通りの意味よ坊や。妾はね、全国学生灯士協会に出資もしてる協賛者なのよ、知らなかったでしょ? 総長さん」
「な! それは、はい……しかし何故。あなた様と我々は敵と味方に別れておりまする。呉越同舟、水と油、氷炭相いれぬ間柄にございましょう」
「まぁ確かにそうね、悪鬼羅刹や邪気邪霊は人の霊魂血肉を喰らい寿命を延ばして強くなるわ、でもね、妾くらいにもなると愚かで野卑な邪鬼どもらと違って自制が効くようにもなるの。そして悠久の時を生きてきた者にとってこの世は退屈そのものよ、絶えず面白そうなものを探しては飽きてきたけれど、最近は若手灯士の行く末に興味があるの♪」
「……は? い、今なんと?」
「あら、年を取って耳が遠くなったのかしら? 若い灯士の活躍を見るのが趣味だって言ったのよ。昔に比べて個の実力が落ちてきているなんて論調があるけれど全然そうは思わないわ、むしろ国も協会も灯士を大事な財産と捉えて集団で運用しているからこそ個人の活躍が目立たなくなっているだけで、実力が劣ってるわけじゃない。むしろここ最近の灯士園を見るに近年は過去最高に実力ある灯士が育って来ているわね、それは間違いない。そしてそこに突然現れた無名の灯士、暁光太郎。どこで手に入れたのか分からないけど大業物相当の幽導灯を持ち、ほのかに神気を漂わせる白猫を従える謎の少年……最っ高に面白いじゃない! そう思わない? 思うでしょ?」
「はぁ、そ、そうでございりますな」
「まぁそんなわけだから安心しなさいな、妾はお前や学生達はおろか下々の人間達にも害をなさないわ、むしろ助けてあげようじゃない、お前たちが四凶の一角たる妾を倒せるようになるくらいまでね? ーーふふふふ、あはははははははははははははははは!」
「……お姉様、ご冗談が過ぎましてよ。元小僧がドン引きしていますわ」
「あらごめんあそばせ、でも勘違いしないでね、あくまで妾は気まぐれそのものなのだから、いつどこでなにがどうなるかは妾自身でもまるで分からないのよ? うふふ♪」
「ならば最後にお聞き致します。ここ最近起きております鬼人化事件に失踪事件、これらには少しも関与しておられないということで宜しいでしょうか」
「へぇ、疑っているの?」
「生徒にも被害が及んでおります、なにか僅かでも知り得えておられましたらば是非教えて頂きたく存じます」
「妾はまったく無関係よ。でもそうねぇ、せっかくだから少しだけヒントをあげるわ」
蠱惑的に笑った高姫がすっと近づき信厳の耳元で囁く。
「詳しい経緯は知らないけれど、北の亡者どもが暗躍しているわ。密約は破綻も同然ね」
「なっ!? そ、それは真にございますか!」
「嘘だと思ったら調べてみればいいじゃない、どうせまともには教えてくれないでしょうけど、伝手はあるんでしょ? あなたも苦労が絶えないだろうけど頑張りなさいな、それが生き延びた者の定めなのだから」
「……その通りでございます。ご忠告、痛み入ります」
「じゃあまたね信厳坊、せっかく妾があの時見逃してあげたんだからうんと長生きするのよ。さ、行くわよ黒姫」
「はいお姉様」
蜃気楼のように鬼女二人が立ち去るのを見届けてから、信厳は足下をふらつかせて力なく地面に崩れ落ちた。右手で心臓を掴み蒼白となった顔面からは滝のような汗が滴り落ちている。
その時ようやく朝から姿の見えない学園長を探しに来た秘書達が野外決灯場の片隅で苦しそうに膝を付いている姿を見つけ、急いで駆け寄って来た。
「学園長先生、大丈夫ですか!」
「あ、ああ君達か、心配ない、少し目眩がしただけだ……それよりも車を出してくれんか、行かねばならぬ所があるのだ」
「しかしお休みになられた方が」
「急ぐのだ、頼む」
「……はい、かしこまりました。君、すぐに車の手配を!」
光太郎が勝利した影で運命の歯車が静かに回り始めていた。
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