11 秘灯技
秘灯技、それは灯士にとって欠かすことのできない妙技であり、起死回生の必殺技である。
魂から力を振り絞り、あらん限りの霊力で怨敵を調伏するその技は十人十色で多種多様なものなれど、こと決灯においては花形であり、派手な演出と見た目から歌舞音曲を好む神仏を大いに楽しませ言祝ぐ意味でも非常に尊ばれている。
巧者同士の試合ではしばしば秘灯技の撃ち合いに発展しては極上の舞楽となり、聴衆とその背後の霊団までをも魅了するのだ。有名灯士にはそれぞれ得意な秘灯技が存在し、技の特徴で使い手を覚えるファンもいるほどだ。
灯士は命をかけて妖魔と戦う危険な職業だと言えるが、先の理由から子ども達が最も憧れる存在でもある。
「然り。ならばこの暁光太郎、謹んでお相手しましょう」
光太郎は幽導灯を逆手に持って構えた。右腕を後ろに引いて代わりに左手を前に出して片手拝をし、厳かに延命十句観音経を唱える。
刹那として目映く輝く青気が凜々とほとばしり、渦巻いて地上にもう一つの太陽を形作る。
内心肝を冷やしながらもそれでも気丈に天津祝詞を唱えて構える龍次もやはり並みの学生灯士ではないと言える。
(凄まじい霊圧だ、こいつほんとに学生か? しかも年下と来るから嫌になるぜまったく。俺は不良だなんだと言われ続け実家にも背を向けてなお精進を欠かさず自己練磨してきたが、なにをどうしたらここまでになれるんだよ)
龍次の心に僅かに迷いが生じる。だがすぐさまそれを振り払うように頭を振った。
「……おもしれえじゃねえか、はっ、なにをビビってんだ俺はよ。むしろこんな決灯を待ってたんだよ、ワクワクしてくるぜ」
祝詞と共に緩やかに回していた龍次の幽導灯が徐々に勢いを増していき、空気が唸りをあげる。金色の旋風が巻き起こり、光太郎ばかりに向いていた目が龍次を認めだす。
「凄い霊圧だ、やはり天堂副会長の弟だけはある」
「朝からこんな戦いが見られるなんて校内戦でもそうそうないぞ!」
「ええ、でもそろそろ決着が付きそうね……」
ひりつく空気にいつの間にか膨れあがった観衆達が固唾を飲んで見守る中、先に仕掛けたのは龍次だった。
「おらよ転校生、これが俺なりの挨拶だ! 喰らえっ! 金龍閃!」
龍次が上段いっぱいに振りかぶった幽導灯を渾身の力で振り下ろすと、山吹色を煮詰めたような金色の巨大な龍神の頭部が現れては光太郎に向かってレーザービームめいた光線を射出した。
広い舞台上の端から放たれた閃光は瞬く間に光太郎の元に迫る。しかし彼は冷静に呟いた。
「南無観自在菩薩」
観世音菩薩の聖号をたおやかに唱えると同時に疾風の如くに右手を前に押し出しながら銘灯海王丸を振りかざす。
「秘灯技、雨晴!」
全てを飲み込もうとする龍の光線から一歩も退かず逆に青色の眩き閃光でもって光太郎は迎え撃つ。
金色と青き閃光がぶつかり合う時、天地をつんざくような轟音が周囲に轟いた。そして青き光は龍に飲み込まれるかと思いきや、威力を減衰させることなく貫きそのまま向こう側へと光輝を放出させる。
一瞬にして金色の龍は消滅し、煌めきは幅広の直線を描き、龍次ごと空間を埋めつくす。
「うおおおおおおおおおっ!」
これに慌てたのがちょうど龍次の裏側に陣取っていた高姫ら二人組だ。灯士の放つ秘灯技は常人にはただの衝撃波であったとしても、魔道に堕ちた身の上には最大の弱点である。
「ぬ!? いかん!」
高姫は瞬時に右手をかざし黒姫ごと覆い包む鬼術結界を張ったのだが、とっさに展開したためか津波のような神気の奔流に耐えきれず、ビリビリと手の平を焼き焦がしていく。やがて会場を突き抜けた光輝が収まると、高姫は俯き苦しそうに顔を歪めながらシュウシュウと音を立て爛れる右手を隠すようにうずくまった。
「お、お姉様!」
「ええい、声が大きい! この程度のこと大事ないわ、それよりもことの行く末を見届けるのよ、不良の坊やはどうなってるの?」
「は、はい、吹っ飛ばされてカエルのようにひっくり返っていますわ」
全てが終わった時、水を打ったかのような静けさが会場を支配していた。しかしやがて学園長が一つ咳払いをすると審判の依子は思い出したかのように舞台上に上がって宣言をした。
「しょ、勝負あり! 勝者暁光太郎!」
「お、おおおおおおおおお! すげーっ! マジで勝ちやがった!」
「凄いです暁さん!」
「あの怖い龍次さんに正面から勝っちゃうなんて……」
班友の悠人、勇、えまはもちろんのこと、この場にいる全ての聴衆が興奮していた。そんな中で光太郎は幽導灯を納灯し、龍次に近づいて腰をかがめ手を差し出した。
「立てますか、天堂さん」
「……当たり前だ」
差し出された手を一瞥してそんなものはいらないとばかりに龍次はゆっくり一人で立ち上がる。
「これから俺のことは龍次でいいぞ、あと変な敬語も止めろ。お前が俺達のリーダーになるんだからな」
「え? リーダーってなんですか? いつからそんな話に?」
「班の中で一番強い奴が班長になるのが当たり前だろうが、他の奴等もお前なら文句言わねーよ」
「そういうものですかね」
光太郎がこぼすと、悠人達も笑って首肯した。
「そうそう! これからよろしく頼むぜリーダー! 新宿灯青校一の落ちこぼれ班の名を返上できるかどうかは、お前にかかってるんだからな! あっはっは!」
「え、そうなの?」
馴れ馴れしく肩を組んでくる悠人に若干の不安を覚えながらも、光太郎は登校初日の波乱を終えるのであった。
だが光太郎達が和気藹々としている中で、誰にも知られぬ間に会場の隅では異様な緊張が漲っていた。
観覧を終え興奮する観客達に紛れて立ち去ろうとする鬼女二人の前に立ちはだかる影があったのだ。
それこそ誰あろう、新宿灯青校の学園長にして全国学生灯士協会の頂点に立つ野田信厳、その人であった。
一瞬びっくりした顔をするがすぐに妖艶な笑みを浮かべた高姫は、しゃあしゃあと言ってのける。
「あらぁ? 懐かしい顔だわね、こうして会うのは随分と久しぶりじゃない? 野田の坊や」
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