10 光太郎 対 龍次
「お望みなら俺から行くぜ! そうらよぉ!」
カァン! と甲高い音が鳴り、金色の灯身が光太郎の持つ海王丸に叩き付けられる。
上段から凄まじい勢いを伴って放たれる一撃を、光太郎は落ち着いて受け流す。並みの使い手では受けることすら難しいだろう攻撃においても光太郎の体幹は揺らぐことなく泰然としている。
休む間もなく光る幽導灯を操り中段から下段へと巧みに打ち分けて攻め立てる龍次はどんどん調子づいていく。傍目に見ると防戦一方に見える光太郎の姿に班友達はおののいた。
「大丈夫かよ光太郎! もうその辺で充分なんじゃないのか? お前はよく頑張ったよ! ギブアップしろって!」
「まだまだ平気だよ東方君、先生も止めないで下さいね」
「え? あ、はい!」
「よそ見してんじゃねぇぞ!」
依子の方を向いた隙を突きたかったのだろう龍次が渾身の横払いを仕掛けたが、くるりと手首を返しただけの海王丸に触れただけであり得ない速度で幽導灯を弾き飛ばされた。
「ぐぬっ!」
龍次はなんとか手にした愛灯を手放さなかったものの、無理に踏ん張ったために右腕の筋を痛めてしまったようだ。
荒い息をついて距離を取った龍次は、先程までの凶相を潜めて信じられないものを見るような目で光太郎を見た。
久しぶりに訪れた静寂に周囲がどよめく。
最早光太郎と龍次の決灯は完全に周囲の注目の的だった。鬼気迫る両者の様子に気が付いた者が学友を呼び、その学友がまた別の知り合いを呼んでいつの間にか野外灯技場には入りきれないほどの人だかりができていた。
一度は物怖じした龍次だったが、己の不安を掻き消すように雄たけびをあげて再び前に出る。そして再び始まる猛攻に観衆は色めきだち、徐々に声援が大きくなってくる。
そしてこの喧騒に引き寄せられてきた人物がもう一人。彼は白髪に見事な白髭を蓄えた和装の老人であったが、背は曲がっておらずかくしゃくたる様である。
「おんや? なにか野外灯技場が騒がしいと思ったらどの子らが決灯しとるんじゃ? 誰かワシに教えてくれんかのう」
「いいですよ……って学園長先生!? お、お早うございます」
「「お早うございます!」」
「はい、みんなお早うさん。それでこれはどうしたことなんじゃろか」
「ええ、あそこに見える長身の生徒が本科三年の天堂龍次さんなんですが、彼が今、見たこともない学生と決灯していまして、しかも押されているんですよ!」
「天堂というと……副生徒会長の弟君かね」
「はい、天堂龍一さんの実弟だそうです」
「ふむ、やはりそうか。最近あんまり学校行事では見かけんかったが」
「こう言ってはなんですか、彼は実家の天堂家とは上手くいっていないともっぱらの噂でして、班活動も非協力的でいつもはほとんど一人で独自行動をとっているようです」
「ほう、それはいかんのう。学生である頃は短いんじゃ、共に夢と希望を語らう友がいないのはなんとも寂しいことだ。しかしそれならばもう一方の少年は誰なのかのう」
「それが、ここにいる誰もが知らないようでして……もしかすると転校生ではないのかと」
「転校生? ふむ、となるとそうか、なるほどな、今日が登校日だったのか。ああすっかり忘れておったわい。よく見ればあそこにいるのは担任の依ちゃんじゃし間違いはなかろう」
「先生は彼をご存じなのですか?」
「ふむ、まあそうじゃな。しかし今はワシが語るよりも皆で彼等の決灯を見届けようではないか。実に気迫溢れる良い立ち会いじゃよ」
「はい!」
激しい打ち合いが続く中、依子がふと騒がしい一角を見ると、なんとそこには新宿灯青校の学園長である野田信厳の姿があるではないか。
仰天して駆けつけようともしたのだが、信厳がそれには及ばないとにっこり笑ってハンドジェスチャーをするものだから、目礼して審判としての監視に戻ったのだった。それを目ざとく察知したのが東方悠人。
「や、やべぇ、学園長先生まで見に来てる。すげぇ大事になってんぞこれ」
「どど、どうしましょう先輩!」
「慌てんな勇、べべ、別に俺達が戦ってるんじゃないんだからよ、な、花牟礼」
「う、うん、でもなんだかこっちまで緊張しちゃう……」
老若男女、この場に集えるあらゆる者の注目を一身に受けてなお春風駘蕩たる様で佇立する光太郎の勇姿は、最早ただの少年であるとは言い難い。
神人合一という言葉がある。
人が神か、神か人か分からぬほどに不即不離の妙境にある時、灯士はそう呼ばれるのだ。
神人合一には段階があり、その多くが近しい守護霊団から始まり守護神や産土神、諸天善神などの高級神霊と感応しては一体となり奇跡を起こすのだ。
その神跡こそが神人合一の証であり、人類を今際の際から救ってきた足跡なのである。光太郎は今静かに神仏一体の境地に至っているのだった。
神人合一は二人羽織にも例えられる。光太郎という人間に神霊が力を与え覆い被さっている状態だ。
そうなるとオーラは二倍三倍と膨れあがり、邪気は駆逐され神気がみるみる漲っていく。龍次の攻撃をしのぐ中で徐々に光太郎の境地は澄みきり、遂には静かに圧倒するまでに至っている。
それは対峙している龍次自身が一番よく分かっていることだった。しかし彼の中にあるプライドが囁いてた、今日来たばかりの素性も知れぬ転校生にこのままおめおめ負けを認めるわけにはいかないと。
(なんなんだよこいつは、新宿灯青校の上位陣は学生でも化け物揃いだがこの感覚、今まで戦ってきた誰とも違うぞチクショウめ! ……だがよう、たとえ敵わないまでも最後に一矢報いなきゃ収まりがつかねぇよな!)
攻めあぐねた龍次は後ろに下がり覚悟を決めて息を吐ききると、堂々と宣言した。
「よう転校生。これから俺のとっておきを見せてやる。だからお前も見せてみろーー出せるんだろう? 秘灯技をよ!」
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