アッシュ・テイラー、敵を知る
よろしくお願いします!
異世界婚活パーティーから数日は特に代わり映えのない生活を送っていた。
毎日毎日剣術や騎乗訓練を重ねている。
グラドシア連合兵団は3月交代で城壁警護期、自国への帰還期、アーニメルタのグラドシア連合兵団本部での訓練期を順番に繰り返す。
俺やマーク、アルトといった同僚たちが所属している第2部隊は現在、本部での訓練期で比較的時間に余裕のある時期だ。
皆、訓練期や帰還期をうまく使って婚活したり、家族に尽くしたり、羽を休める。
なので、訓練期の俺たちが婚活することについては兵団からも認められた権利だったりする。
休暇を取れば、その分、課題は出るが、上司公認と言うやつだ。俺は国王陛下公認だが……。
パーティーから戻った翌日には、コンドル団長にパーティーでの様子を聞かれたので、出会った子とまた会う予定が出来たと言うと、団長はグエッ! と言って顔をしかめてどこかへ消えていった。
何かデカい木の実でも詰まったんじゃないかと思うような声だった。ちょっといい気味だと思ったのは内緒だ。
空き時間には『あえ~る』でサクラのプロフィールを検索してみたりしていた。
ニホンという国についての情報も検索済みだ。
【日本
地球という惑星の島国。衛生面で極めて清潔。異世界についての認識はまだまだ薄いが、徐々に広まりつつある。
魔法などは基本的にはないと考えられており、非科学的なことは信じない人が多かったが、世界政府と『あえ~る』の普及により、近年は魔法等に対する認知が広まっている。】
魔法はない国らしい。アーニメルタとは違うところも多そうだ。
登録者名簿に載っているサクラのプロフィールは、俺にとって、とても興味深いものだった。
名前 樋本桜
種族 人間
年齢 20歳
性別 女性
身長 158㎝
出身地 地球 日本
文化社会生活水準 A+
言語 日本語
性格 優しい、大人しい
職業 大学生
趣味 茶道
交際経験の有無 無
好みのタイプ キラキラしてない人、一緒に居て癒される人
『サドウ』とは一体なんだ? キラキラしてない人とは?
地球の人間はキラキラ光っているのだろうか?
だが、一緒に居て癒される人は当てはまっているはずだ。
狼姿の俺を撫でていたサクラの至福の顔をぼんやりと思い浮かべる。
そんな毎日を過ごして7日ほどたった頃、寮に手紙が届いた。
差出人はこの国の仲人カナタ・ワタラセ。
【アッシュ・テイラー殿
先日は日本での婚活パーティーへのご参加ありがとうございました。
『あえ~る』での連絡先交換の手筈が整いましたのでご連絡させていただきます。
これより、サクラ・ヒノモト様との連絡が可能です。なお本国は、文通での連絡となりますので30分程度の時差が生じますがご了承ください。
さらに、日本の仲人からのダブルデートに関する招待状も同封しております。
アッシュ・テイラー様の運命の出会いをお祈りしております。
カナタ・ワタラセ】
封筒をひっくり返してみれば、もう一枚封筒が落ちてきた。
『ニホン』の仲人から、『オハナミカイ』の招待状だ。
【アッシュ・テイラー様
お花見会の日程が決まりました。
2日後、11時にアルト・リッテ様と一緒に日本に転移してください。
お待ちしております。
渡瀬紬】
2日後。それまでサクラと連絡を取るべきだろうか?
苦手意識を持たれている今、返事が返ってこなかったらと思うと、連絡するのは得策ではないような気もする。
今回実際に会って距離を詰める作戦で行きたい。
そういえば、アルトはヴァーミラと連絡を取っているのだろうか?
夕食時にでもアルトと話してみることにしよう。そう思い、午後からの訓練に向かった。
訓練の内容は日によるが、走り込みや筋肉強化のための基礎訓練の後で、騎乗状態での剣術、弓、魔法など自分の特性に合った訓練に分かれて行う。
俺はロングソードでの騎乗戦が主な戦闘スタイルだ。
アルトもマークもそれぞれ別の特性を持っているので訓練自体は別になる。
今日もぐったりするまで訓練をして、風呂に入って夕食に向かう。
風呂から上がって夕食に向かうと、寮の食堂へ向かう。
食堂は異種族が多いこともあって、好きなものを好きなだけ取れるような形になっている。
すでにマークが先に居て、今日の夕食を食べていた。
俺も皿に山盛りの骨付き肉の甘辛焼きと果物、申し訳程度の野菜をとった。
アルトは暫くして野菜中心に皿に盛りつけたものを持ってきた。俺には絶対足りない。
俺の前に腰を下ろしたアルトに声をかけた。
「アルト、『ハナミ』についての手紙は来たか?」
「ああ、来てたね。2日後だってね。ふふふ、またヴァーミラに会えるなんて嬉しいなぁ」
アルトがニコニコしながら乙女の様に両手を組む。
「お前はヴァーミラに連絡取ってるのか?」
「うん。連絡してるよ! アッシュは? サクラに連絡取ってないの?」
「……してない。『ハナミ』で少し押せそうな雰囲気作ってからにする」
俺がそう言うと、黙って聞いていたマークが呆れた顔をした。
「おま、雰囲気とか気にするのかよ。ちょっと前にバーで口説いてた時も、訓練後だから熱い。一緒に汗流さないか? ってアホみたいな誘い方してたじゃねーか」
「サクラには警戒されてるんだよ。サクラみたいなタイプは雰囲気とか大事にしそうだろ? 作戦だよ、さ・く・せ・ん」
「いや、連絡ぐらい別に…………まあいいか」
マークはそう呟いて、目の前の肉にかじり付いた。
何だか途中で言葉を切られて気になる。
「なんだよ?」
マークは別に? ただ、と言ってニヤリと右の口角を上げる。
「『フラグ』ってこういうヤツだと思ってな」
「『フラグ』? 前にも言ってたよね? 確か第一部隊長が言ってたって」
第一部隊長。
異世界人、それも平凡な人間でありながら、努力と根性、少しの幸運に恵まれて最短期間で最強の竜騎士となった、グラドシア連合兵団の伝説の人だ。
その人の言葉なら何か意味があるのだろう。
俺にはよく分からないが、マークに言われると何となく、嫌味を言われているような気がするのは何故だろう。
俺はそんな疑問に蓋をしたまま食事を続けたのだった。
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