アッシュ・テイラー、真相を知る
よろしくお願いします!
早くサクラを助けたい、そんな焦燥のまま、小屋の外で同僚たちの応援を待つこと30分。
やっと応援部隊が到達して、合図を待って扉を蹴破る。
突入した瞬間、逆光で目がくらんだ。
だがすぐに目が慣れ、薄暗い小屋の中の状況を把握する。
立っている人影と床に転がる二つの塊。
座りこんだ人影、驚いた顔の彼女。
転がっている二人は小太りの男と背の高い男だ。
そして、サクラの前に立っているのがマーチだとわかった。
何故か天井に大きな穴。
とりあえず身近に危険はなさそうだった。
「アッシュさん!?」
すぐにサクラに駆け寄る。
手足を拘束されているが、思った以上に元気そうなサクラの声に安堵した。
拘束をといて、そのままぎゅっと抱きしめる。
「サクラっ! 無事でよかった!!」
いつものサクラの匂いが鼻腔いっぱいに広がる。
「アッシュさん。心配かけてごめんなさい……」
そう言ったサクラは泣きそうな顔をして、俺の肩に顔をうずめる。
そのまま頭を撫でると、押し殺したような小さな声が聞こえた。
誘拐されたのだから怖かっただろう。
二度とこんな目には合わせない。そう決心し、きつく彼女を抱きしめた。
「ん……く、苦しい」
「あ、すまない」
腕を緩めてサクラを見れば、プハッと言ってから息を吸ってから、見つめあう。
お互いに通じ合っているような気がして、自然と顔が綻んだ。
謝ろう。サクラと視線を合わせて俺は口を開いた。
「サクラ、さっきはすま」
「おい。二人の世界に入ってるところ悪いけどな、兵団戻るぞ」
「あ、はい……」
危ない。すっかり二人きりな気分だった。
周りを見ればすでに犯人は連れ出され、同僚たちが呆れた顔でこちらを見ていた。
ずっと近くにいたらしいマーチに至っては真顔で見たうえ、ため息を吐いて小屋を出ていく。
状況に照れたサクラに抜け出され、俺はせっかく謝れると思ったチャンスを逃してしまったのだった。
一足先にサクラが小屋の外へ出て、俺も後を追う様にドアへ向かう。
途中で「マーチさん!!」と彼女の声が聞こえた。
外に出ると、彼女はマーチと護衛役らしいマークを追いかけていた。
マークは立ち止まりサクラを見たが、肝心のマーチは止まらず先へ進む。
サクラは構わず話しかける。
「あのっ! 助けてくれて、ありがとうございました!」
「……そんなこと言いに来たの?」
「いや、そのっ…………私、ちゃんとわかりました」
サクラがすうっと息を整える音が聞こえた。
「私、ちゃんとアッシュさんのことが好きです! だから、過去も、全く気にならないと言ったら嘘になりますが……大丈夫です!!」
え。
俺の口から零れた音は、誰にも聞かれることなく消えた。
今なんて?
放心しそうになるが、彼女たちの話は続いてく。
「そう」
マーチが立ち止まる。
「はい! 私の言いたいことはそれだけです」
「ねぇ」
「はい。何ですか? マーチさん」
「……マーチって呼ぶの止めなさい。テイラーを選ぶなら、この国の事に詳しい知り合いを作るべきでしょ」
「えっ」
「教えてあげるって言ってるの」
「!」
「私のことはプラムと呼びなさいよ。サクラ!」
そう言って、くるりと振り向いたマーチの顔は、笑っていた。
「はい! プラムちゃん!!」
サクラはマーチに「ちゃんはやめなさい!」と言われながら、楽しそうに話している。
一体今のは何だったのだろう?
何というか男にはわからない女同士の会話だった気がする。
まぁ、笑顔のサクラとマーチを見て、良かったなと漠然と思った。
その後、俺たちは兵団の本部へと戻った。
今回の事件について、犯人たちの取り調べと、異世界人であるサクラからの事情聴取が行われた。
それらの調査の結果は、とんでもなく呆れたものだった。
まず、凶悪犯。
罪状はなんと、彼らの国の王が愛用しているカツラの種類を公表したこと。
彼らは国を追われ、逃亡するための資金集めのために旅をする中、異世界間指名手配の噂だけが独り歩きした。
その結果、汚れ仕事をさせるのに都合がいいと思ったらしい富豪たちが目を付ける。
それがさらに噂を呼び、俺の遊び相手の父が雇った。
そして、娘が高いプライドゆえに、俺を許せず父親にねだって犯人たちを借りたのだ。
「……はぁ」
まとめられた調書を見ながら、ため息を吐く。
娘の依頼は【泥棒猫に身の程を分からせろ】だったらしいが、作戦は犯人たちが考えただけで彼女は知らなかったらしい。
犯人たちは泥棒猫を獣人の種類だと思い、マタタビでサクラを酔わせようとした。当然人間には何の効果もない。
マーチは手口から小物と分かったらしく、他の仲間がいないかを確認するために張り込んだ。
結果、一人で十分だと考え、サクラ救出のために屋根から突入した。
そこに俺たちが突入したということだ。
「……何だったんだ、この事件」
「ははは。竜騎士アキトと同じ世界の生まれだから狙われたという可能性は、我々の取り越し苦労だったようだね。彼女には怖い思いをさせてしまい、申し訳ない」
トラサン副団長が資料を見ながら、苦笑交じりに言う。
今、俺は団長と副団長に呼ばれて執務室にいる。サクラは医務室で休んでおり、マーク、アルト、マーチが付いてくれている。
「クエーッ! 後程、彼女に謝罪と説明をする予定だが構わないか?」
「はい。彼女も落ち着いていますし、大丈夫だと思います。彼女は明日、予定通り自分の世界に戻るので」
「そうか。この後向かおう。それと、テイラー……」
「はい」
「他の奴らから聞いたんだが」
そう言ったコンドル団長の鳥目がキラリと光った。
嫌な予感しかしない。
「……なんでしょう?」
「彼女と両想いになったらしいな?」
「そうだったね。おめでとう、アッシュ」
「へ?」
上司二人に祝福されて、素っ頓狂な声をあげる。
え、なんで? 俺サクラに告白されてない……と思ったところでマーチとサクラの会話を思い出した。
途端に顔が炎を灯したように熱くなる。
サクラが! ついに俺のサクラに!!
沸き上がる高揚感に、気を抜くと顔が緩んでしまって口角がニヨニヨする。
必死に表情筋を大人しくさせる。
「でもあれは、サクラとマーチの話の中で出てきただけで……直接は何も聞いてません」
「あれ? そうなんだ。じゃあ、帰って告白だね」
トラサン副団長が満面の笑みでそう言った。
コンドル団長が、嘴を一撫でしてから、いつもより低い声で俺を呼ぶ。
「ここまで来たなら、しっかり決めろ。……お前は仲間からも愛される性格は、兵団でも重要な素質だ。これからも、期待しているぞ」
「コンドル団長、トラサン副団長……ありがとうございます」
上司二人に礼をする。
これで俺たちの話は終わり、サクラの元へ向かう。
上司二人はサクラに今回の件の謝罪をし、俺はマーチたちから引継ぎを受ける。
サクラは診察で異常なしを言い渡されたようだが、念のためしっかり休むことを言い含められたそうだ。
やっと俺達は帰路についたのだった。
道中もサクラの体調を気にして、確信をついた話はしなかった。
何となく気まずい空気が辺りを包む。
「サクラ」
「はい」
「どうせ、家ではろくに話もできないだろうから、今言っておく。明日、寄りたいところがあるんだ。そこで、話をしよう」
俯いていたサクラが顔を上げる。
彼女の顔に一瞬驚きが滲んだ後、不安や緊張が入り混じったような複雑な表情をしている。
「……はい」
この日は、それ以上言葉を交わすことなくゆっくり過ごした。
次回最終話です!!




