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アッシュ・テイラー、緊急事態発生!

よろしくお願いします!

 サクラとつないでいた手を離す。

 声の方を振り返ると、そこにはいつぞやの猫人族、犬人族、兎人族の獣人たちがいた。

 彼女たちは、過去に俺が遊んだ相手だ。

 そして、サクラに会ってから女性関係清算のために謝り回った中で、一番説得に時間がかかった女性たちだ。

 しかし、精一杯謝り納得してくれた、とその時は思ったのだがどうやら違うらしい。


「久しぶり~!! 元気だったぁ?」


「アッシュ~! 最近全然会いに来てくれないよね~」


「もぉ、私、寂しかったんだよ~?」


 きゃいきゃいとはしゃいだ様子の彼女たちは、体のラインがよくわかる服装で誘う様に俺を見る。


「あの、アッシュさん?」


 サクラを後ろに庇う様に立つ。彼女は不安げな声で俺を呼んだ。

 それが聞こえたらしい犬人族の女が、派手な唇を歪めてから、取り繕ったように口角を上げて言った。


「ねえ、その娘が前に言ってた好きな人なの?」


「……そうだ」


 それを聞いた兎人族の女が「ええっ!?」と声をあげる。


「え~! 全然可愛くないじゃない。胸もないし~。アッシュは胸のおっきい娘が好きじゃん!」


「私たちの方が魅力的なのに、そんな女のどこがいいの? ねえねえ!」


 だからこの街に来るのは嫌だったんだ!

 予想していた最悪の展開に内心頭を抱える。

 しかし、もとはと言えば俺の素行が悪かったのが原因だ。彼女たちだけが悪いわけではない。

 出来るだけ穏便にサクラを彼女たちから引き離したい。

 俺は思考を巡らせた。


「あの、どちら様ですか?」


 俺がもたもたと考えているうちに、サクラが前に出てきて女たちに話しかけていた。


「は? 何アンタ」


 猫人族の女が吊り上がった猫目をさらに吊り上げる。


「まぁいいわ。ねぇアナタ、いいこと教えてあげる。私たちの事、知りたいんだものね?」


「なっ! お前らっ!」

「アッシュさんは黙って!」

「……はい」


 割り込もうとしたらサクラに怒られた。

 サクラに怒られたショックで、すごすごと後ろへ下がる。耳も尻尾も垂れ下がった。


「静かになりましたよ。どうぞ、続けてください」


 サクラは凛とした声で女たちに促した。


「んふふ~! 私たちは~アッシュの恋人で~す!」


「ちがっ!」


「あんなに熱い夜を過ごしたのに、恋人じゃないなんて変よねぇ! ふふっ」


「くっ」


「アッシュと関係のあった女は私たちだけじゃないのよ?」


「アッシュはね~みんなのものなの。それを……」


 女たちが表情を歪める。


「アンタみたいな女が! この、泥棒猫!!」


 女の怒鳴り声が響く。

 サクラは彼女らには何も言わず、俺をまっすぐに見た。


「アッシュさん、彼女たちの言っていることは事実ですか?」


 いつか、言わねばならないと思っていた。

 俺は、口を開く。


「……彼女たちと、関係があったのは事実だ」


 そう言って目を伏せる。サクラの顔が見られなかった。

 彼女の方から、一度深く息を吸って吐く音が聞こえた。そして——。


「そうですか。これだから、イケメンは……」


 荒げるわけでもなく、ただただ静かな声だった。

 ダメだ!

 何かが壊れるような嫌な予感がして、慌てて顔をあげる。

 サクラの表情は、今まで見たどんな顔とも違っていた。

 泣きそうな表情。

 告白の時とは全然違う。

 これは悲しみの顔だ。

 俺が、サクラを傷つけた。

 慌てて関係解消の件を話そうと、名前を呼ぼうとした。


「サクっ」


「アッシュさん」


 彼女は笑った。


「私、やっぱりイケメンは嫌いです」


 嫌い?

 鈍器で頭を殴られたような気がした。


「まってくれ……いやだ、サクラ」


「さよなら」


「サクラっ!」


 サクラは走って俺から逃げようとする。

 俺は手を伸ばして、サクラの腕を掴んだが、振り払われた。


「サクラっ!!」


 彼女は一度も振り返ることなく去ってしまった。

 俺はただ、彼女の後ろ姿を見ながら、呆然とその場に立ち尽くしていた。

 拒絶された。

 痛い。

 振り払われた手が痛い。

 胸が張り裂けそうになる程痛い。

 でも、サクラが、俺の傷つけた彼女が、一番痛い思いをしている。

 どうすればいいのか、何も考えられずに立ち尽くしていると、聞きたくもない猫なで声がまとわりついてくる。


「何あの子? せっかくアッシュが相手してあげてたのに!」


「まぁいいじゃない」


「そうそう! 邪魔者はいなくなったんだし、ね? アッシュ、久々に遊ぼ?」


 腕にギュッと胸を押し当ててくる女たち。

 彼女以外のぬくもりなんて、もはや気持ち悪いだけだ。

 獣人特有のフェロモンの香りに嫌悪感といら立ちを感じる。

 サクラはこんなに臭くない。ほのかに甘い、花みたいな大好きな匂いなんだ。


「お前たちには、誠意をもって謝ったはずだ。了承しただろう! それにもともと体だけの関係だったのに、なぜ恋人だなんて!!」


「だって納得できないわよ! あんな人間に負けるなんて許せないわ!!」


「あんな、人間だと?」


「どうして、あれがいいの? アッシュおかしいんじゃない? 私たちの方が何倍も女として魅力があるのに」


 もう我慢できなくなった。

 邪魔されたこと、サクラを侮辱されたこと、彼女を傷つけたこと。

 何より、自分のやってきたことに腹が立って——気付けば、手を振り上げていた。

 腕に巻き付いた女の顔が驚きと恐怖で染まる。

 全てが遅く、時がゆっくりになったように感じて——


「アッシュ!!!」


 複数の野太い怒声が聞こえ、ハッと我に返る。

 とっさに振り下ろしていた拳は止められなくて。

 間に合わない!


「何やってんだよ! このバカ!!」


 振り下ろそうとした拳を止めたのは、見慣れた顔。黒いトサカの生えた頭の同僚ドートルだった。


「アッシュ! ドートル!」


 走ってきたのはアルトとマークを始めとした同僚たちだった。


読んでいただき、ありがとうございました!

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