アッシュ・テイラー、忍び寄る影
よろしくお願いいたします!
その後も俺たちはのんびりと見学を続けた。時折、俺の勤務の事やこの国の歴史とグラドシア連合兵団の成り立ちなどを軽く説明していく。
この獣人の国アーニメルタは、両隣の国ヒュノスとリチュラプッセの異類婚姻の結果、分裂した国の一つであることを話すと、サクラがえっ、と声を上げた。
「つまり、この国があるのはワタラセの一族のお陰ってことですか?」
「まあ、そんな感じだ。異類婚の子孫たちは、アーニメルタともう一つの国に分かれたと言われている」
「もう一つの国ですか?」
「そう。このグラドシア連合兵団がある理由だな。三国の北に位置する敵対国家だ」
「敵対国家……」
サクラの顔は浮かない。
「サクラ? どうした?」
「あっ、いえ! その……」
口ごもり視線を逸らすサクラの手を握る。
驚いた拍子に視線が合った彼女に微笑みかけて、「ん?」と続きを促す。
あ、と声を漏らした彼女は、考える様に視線を逸らそうとしていたが、やがて真剣な顔で俺をまっすぐに見つめ、口を開いた。
「あ、あの!」
「アッシュ!!」
背後から鋭い声で名前を呼ばれ、俺たちは揃って声の方に向く。
やばい。サクラを真剣に見つめすぎて、近づいてきたことにも気付かなかった。
そこにいたのは、黒髪を一つに束ね、訓練着に身を包んだわが部隊唯一の女性隊員、プラム・マーチ。
ピンと立ち上がった猫耳。髪と同色の尻尾が左右にばしん、ばしんっと動いている。
犬ならば揺れる尻尾は、嬉しい時に見られるが、猫にとっては割と機嫌の悪い時であることが多い。
吊り上がった猫目で俺たちを睨むように立っている。
マーチは、サクラを一瞥するとすぐに俺を見る。するとニコリと笑って近づいてきた。
珍しい。
「アッシュ。団長が呼んでいるわ。貴方の出番よ。彼女の傍には私がいるから、行って」
「ああ、もうそんな時間か」
「貴方の相手をしたい人が大勢いるみたいよ? 人気者ね?」
そう言ってくすりと笑うマーチに俺は驚いた。
昔はそれなりに割と気安く話す同期だったが、いつの頃からかマーチは俺への対応が辛辣になったのだが、俺の素行のせいかと思っていた。
以前のようなマーチの態度に少し嬉しくなる。
俺を羨んだ同僚たちが鼻息荒く待ち受けていることも、面白くなって俺の顔にも笑みが浮かぶ。
「っ!」
「すまないサクラ。少し見ていてくれ……って、どうかしたか?」
「あ、いえ、はい! お気をつけて」
サクラはすぐに笑顔で俺を送り出す。
「? ああ、行ってくる。マーチ、彼女を頼んだ」
「ええ。任せて」
俺は訓練場の中央へ向かう。
先ほどサクラの話を聞きそびれたので、後でゆっくり聞きたい。
訓練試合を行っている連中に合流し、刃を潰した訓練用の剣を取った。
「さぁ、アッシュ出番だぞ! 戦いたいものは、前に出ろ!」
副団長の咆哮を受けて、中央に立ち剣を構える。
「まとめてかかって来いよ」
「けっ!! 舐めやがって!!」
「彼女の前で負け犬にしてやるぜ!」
ぞろぞろと10人前後の同僚が俺の周りを取り囲む。
物語に登場する悪役よろしく、遠吠える姿にニヤリと右の口角が上がる。今の俺はきっと悪い顔なんだろう。
サクラの方を見ると、不安そうな表情でこちらを見ている彼女と目が合った。
「……かっこいいとこ見せないとな!」
思わず顔が緩む。
「にやにやしやがって!! このリア獣が!!!」
「可愛い子捕まえやがって! これだからイケメンは!!」
「尻尾巻いて逃げな、わんちゃん!!」
「それでは、訓練試合。始め!!」
合図とともに、俺は剣を振りかざした。
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「いや~! 参った参った」
「相変わらずつえーな。ホント信じられん」
がやがやと賑わう居酒屋に、負け犬どもの陽気な遠吠えが響き渡る。
訓練の後、俺達はサクラの歓迎会と言いくるめられ、同僚たちと馴染みの居酒屋を貸し切って飲んでいた。
「くそっ! なんでこんなことに……俺はサクラと二人で雰囲気の良い所でディナーをする予定だったのに!」
「王都で見つかった時点で諦めろよ」
マークが仕方ないと言わんばかりに肩をすくめる。
アルトもマークに同意するように首を縦に振った。
「そうだよ。これでも皆祝福してるんだ。仲間が幸せになるのが嬉しいんだよ。あれ? そういえばサクラちゃんどこ行ったの?」
「あそこで女子会してる」
俺と一緒にいたはずのサクラは、トラサン副団長の奥さんや同僚の妻、彼女たちに囲まれて女子会をしている。
さっきトラサン副団長の奥さんが呼びにきて、行ってしまったのだ。もう、楽しそうに話しているようなので良しとしよう。
重たいため息が口から零れ落ちた。
「テイラー、あまり進んでないようだな」
「ここ、いいかい?」
不貞腐れた俺の前に現れたのは、トラサン副団長とコンドル団長だ。
トラサン副団長は俺の右隣、コンドル団長は正面に座り、それぞれとグラスを掲げる挨拶をすると話を切り出した。
「明日、彼女と一緒に観光するんだよね?」
「ええ。二泊三日なので、時間も無駄にできませんし、そのつもりですよ」
「そうだよね。団長、彼に言っても?」
トラサン副団長は、真剣な表情でコンドル団長を見る。団長も真面目な顔でうむ、と頷いた。
俺も悪友2人も状況が呑み込めていない状態で、首を傾げたままだ。
副団長はサクラの方を一瞥すると、声量を落として話始めた。
「単刀直入に言うと、彼女に護衛を付けたいと思っている」
「護衛?」
「ああ。実は、とある世界で指名手配されていた2人組の強盗が、数日前にこの国に入ったと情報があった。詳しいことはまだわからないけれど、相当な凶悪犯だという話だ。それでレオナルド国王陛下より、この国の警備を強化する命がアーニメルタ兵に下ることになった。グラドシア連合兵団としても、警備強化に協力することが決定した」
「それが、サクラとどういった関係が?」
「彼女、まだこの世界でも珍しい異世界の人種でしょう? 希少価値がある」
トラサン副団長は更に声を絞り、顔を近付ける。
「しかも、彼女はグラドシア連合兵団始まって以来の最強と名高い、竜騎士アキトと同じ世界の出身だ。奴らの目的が判明しない以上、念のために彼女の護衛は必要だろうと思ってね」
竜騎士アキトは、俺達とは別部隊に所属しているのだが、俺達と同じ『あえ~る』で異世界婚をし、この世界に渡ってきたらしい。
有名人と同じ世界の出身というだけで、狙われるかは疑問だが、サクラ関しては過保護にしても、し足りないぐらいだ。
「分かりました。ただし、サクラに悟らせない様に、距離を離して護衛してもらえますか?」
「もちろんだ。俺達も大事にする気はない。サクラ嬢が狙われる可能性はほとんどないと思うし、本当に念のためだからな」
コンドル団長がいつもより低く小さな声で話す。
団長はいつも甲高い大声なので、そんな小さな声が出せることに驚いた。
「団長の言う通り。アッシュが嫉妬したらいけないからね。今日と同じくマーチにサクラ嬢の護衛を頼んでいるよ。女性同士だから君も少し安心だろう?」
「……確かに。彼女は実力もあるし安心して任せられると思います」
「うん。マーチは先に帰ったけど、この話は伝えてあるから」
結局俺はこの申し出を受け、サクラの滞在中にマーチを護衛として付けてもらうことにした。
そこからは実家を出る時間など、軽く打ち合わせをして、早いうちにお開きとなった。
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