アッシュ・テイラー、世界政府を語る
よろしくお願いします。
俺たちが向かったのは、あらかじめリサーチしていた女の子に人気のカフェ。
果たしてこの国のスイーツがサクラの口に合うのか。
先ほどの一件で何となく気恥ずかしく、変な空気になってしまったままで行って大丈夫なのか。
そんな心配をしていたのだが、杞憂に終わった。
「ん~! 美味しい!!」
目の前の可愛らしい人が、ベリーとラカーナの花を使った焼き菓子を頬張る。
ラカーナは食用の甘い花で、四角く切られた焼き菓子の上に咲き乱れる様に盛り付けられていた。
見た目が美しく、美味な流行りのスイーツにサクラは破顔し、幸せそうに舌鼓を打っている。
ああ、目福。可愛い。好き。
もうスイーツ万歳。
美味しいお茶とお菓子で緩んだ空気とサクラの顔。
それをもう文字通り飽きもせずに、ずっと眺め続ける俺。
お茶の華やかな香りとお菓子の甘い香りが辺りを満たす。
焼き菓子を半分ほど食べた頃。
お茶を飲んでのどを潤したサクラが、そういえば、と切り出した。
「さっき言いかけたんですが、このモチーフ、どこかで見覚えがあるような気がするんですが」
「ああ」
「もしかして、『あえ~る』で渡されたネックレスのモチーフと一緒ですか?」
「そうだな。世界政府のある所ではよく見られる。ツムギの家の『クラ』にある像も同じだ」
「そうなんですね! 彼女は女神さま、ですか?」
「ああ。女神だな。名前はエル。そのモチーフは、まぁ愛の象徴みたいな扱いをされている」
「さっきの店員さん、エルフですよね? 我が国が誇る女神って言ってましたが、エル様はリチュ……ええと」
「リチュラプッセな」
「えへへ。そうでした。えと、リチュラプッセの神様なんですか?」
サクラは覚えるのが難しい、と言いながら恥ずかしそうに舌を出してから、おずおずと言った様子で続けた。
「そもそもなんで一国の信仰の対象が、世界政府のモチーフになったんですか?」
俺は口を付けていたカップをテーブルに戻してサクラを見る。
「それは——、そもそもサクラはどこまで世界政府のことを知っているんだ?」
「どこまで?」
小首をかしげたサクラに頷く。
「世界政府は、異世界文化の根付き方で各世界に情報規制をしている。『異世界対応型婚活システム』の導入初期は、何処の世界も混乱のないように、各世界に適した説明がされる。サクラの世界は、魔法や神といった非科学的なことをあまり信じないだろう?」
「確かに、魔法がどうと言われても信じない人も多いと思います」
「そういう時、世界政府は『最新技術で~』とか、それらしい説明をする。だから、世界ごと、特に導入初期の世界とは情報に差が生まれる。で、追々利用者にだけ正しい話が伝わり、徐々に世界全体に広がるんだ」
「へ~」
サクラの口から感嘆が漏れる。
「私、ほんとに最新技術だと思ってました」
「そうだろうな。『ニホン』は、まだ異世界人が少ないようだし」
「実際のところは何なんですか?」
「ごく一部の人物だけが使える特殊能力だ。魔法、かな」
「へぇー魔法なんだ……私も使えるんですか?」
「いや、使えない。異世界転移が使えるのは、ワタラセの一族だけだ」
「ワタラセの一族?」
サクラはきょとんと小首をかしげた。
俺は机のカップに手を伸ばし、話過ぎて渇いた口を湿らせる。
「ツムギやワタル、うちの国ではカナタだな。彼らはワタラセの一族と言って、世界政府を運営してる。世界政府はワタラセの一族とその他の人間で構成された、簡単に言えば家族経営企業だな」
「えっ! 家族経営企業? 世界を股にかけすぎじゃないですか!?」
「文字通りな」
「ふぇー、すごい規模の話……」
「さっきのリチュラプッセと女神エルの話に戻るが、リチュラプッセには世界政府の本部がある。それは最初の異世界婚、当時は異類婚姻か——その舞台となったのがリチュラプッセだったからだ」
「えっ!!」
「昔アーニメルタがなかった頃、女神像を愛したエルフがいた。毎日語りかけ、世話をし続け数百年。ある日、女神像は動き出し、ずっと世話をしてくれたエルフとの子どもをもうけた。その子孫は世界を超える力を持ち、異世界中に愛を運んでいる」
「それって……」
「世界政府のある国で伝えられるおとぎ話だ。だが、まあそういうことだ」
「……ワタラセの一族が、そのエルフと女神さまの子孫?」
サクラの目が驚きで見開かれる。俺はゆっくりと首を縦に振る。
「そう言い伝えられている。……まぁ細かいことは置いといても、俺とサクラが出会ったのは奇跡的な巡りあわせだってことだな」
おどけたようにウインクすると、サクラは赤くなってぷくっと頬を膨らませた。
「なんですか、それ!!」
「サクラといられて、こうして話が出来ている。俺の贈ったものを付けて笑っている君が、愛しすぎて今の時間が夢みたいだ」
世界政府が何を考えているのかは知らないが、俺はサクラと出会えたことに感謝している。
そんな本心のまま、自然と甘い言葉が口をついて出た。
さらに真っ赤になったサクラがテーブルに突っ伏す。
「もう! もうっ!」
突っ伏したまま拳を握り締めてバタバタと動くサクラ。
「ふ、可愛い」
「~っもう!!! アッシュさんの意地悪」
サクラはそう言って、そっぽを向いてしまった。
俺を見ない様にしてまたお菓子を頬張り始める。
明らかに出会ったころとは違う、彼女の反応に気を良くしながら、俺も甘い焼き菓子を口にした。
ありがとうございました!!




