アッシュ・テイラー、王都でデートする
よろしくお願いします。
転移装置のある赤レンガの敷き詰められた広場を商店街の方へと歩いていく。
目的地は女の子の好きそうなカフェだが、途中でサクラの好きなものがあれば、それでもいい。
俺はきょろきょろと物珍しそうに商店街を見るサクラに尋ねた。
「サクラ、気になるものはあるか?」
「う~ん。どれも見たことのないもので、気になるものが多すぎて……」
本屋、服屋、異世界料理の店、雑貨屋、武器屋。
サクラの目が、所狭しと並んだ店の間を右往左往する。
「そこの、異界のお嬢さん」
女性の落ち着いた声がして、俺たちは声の方へ視線を移す。
声をかけてきたのは、エルフの女性で、どうやら客引きらしい。
彼女の後ろには、リチュラプッセの雑貨を売る店が見える。
「? 私ですか?」
「そうよ、黒髪のお嬢さん。よかったら見て行って? リチュラプッセの特産品がたくさんあるの。お土産にいかが?」
「う~。アッシュさん」
初めて声を掛けられて、不安そうに俺を見上げる。くっ可愛い。
「大丈夫だ。怪しいものはないから、サクラが気になるなら見に行こう」
「! 気になりますっ」
「そうか。俺もいるから大丈夫だ」
何となく、彼女は初めて異世界の店に入ることに、不安を感じているんじゃないかと思った。
そっとサクラの手を引き、店員の後について雑貨屋に入る。
大丈夫だ、そんな気持ちが体温からも伝わればいい。
「いらっしゃい」
小さな店の中は、この国の店には珍しく、拡張魔法を使われていないそのままの大きさだった。
こぢんまりとした商品棚には、リチュラプッセで作られたであろう沢山の雑貨が飾られている。
店員は棚に置かれたアクセサリーを手に取り、サクラの手のひらへ乗せる。
「これ、貴女におすすめよ。リチュラプッセで採れた石を使った恋守りの首輪。我が国が誇る女神エルのご利益満点!」
それは女性の小指の爪程の大きさをした深紅の石が連なる首輪だった。
色は種類がいくつかあるようだが、どれも中心に据えられたエルのモチーフに向かって色が濃くなっている。
金具の色も、金、銀、黒等いくつかある。
「わ~! 綺麗な石ですね! ルビーみたい」
サクラはじっくりとリチュラプッセの石を観察して、「あ、」と呟いた。
「このモチーフは『あえ~る』の?」
銀でできた女神エルのモチーフが彼女の細い指の間で揺れている。
俺が「それは」と口に出したところを遮って、エルフの店員が興奮気味にサクラの肩を掴んだ。
彼女の胸元で揺れるネックレスを見て、更に興奮したように両手で口を覆った。
「貴女たち『あえ~る』をしているの?! そうなのね! なんて素敵な出逢いなの! エルに感謝しなくては」
「あ、あの?」
「お2人の出逢いは『あえ~る』なのね? なんて『トウトイ』の!!!」
「と、とう!?」
「いいのよ! 何も話さなくて! 獣人なら運命の番! 愛の証の首輪よ!!」
「うええええ!? アッシュさん」
助けてと言わんばかりの視線。
割とこの店員のテンションは、リチュラプッセ人によくみられるものなので俺は冷静でいられる。しかし初めて見たサクラにしてみれば、圧がすごいと感じるだろうな。
首輪や番の件はこの国の文化だが、強要するつもりは毛頭なかった。
サクラが俺の手を取ってくれる日が来たら、いつかは——そうは思っていたものの、急ぐ必要も感じていなかったのだ。
ふと、この状況をチャンスだと思った。
首輪、プレゼントしてみたい。俺のサクラだと、皆にわかるものを……俺は決断した。
「サクラ、好きな色は? 贈らせてくれ」
「あ、アッシュさん……う、」
2人の視線が絡み合う。サクラの頬がほのかに染まり、困ったような顔になる。そんな顔をさせて申し訳ないと思いつつ、どうしようもない愛おしさを感じる。
「サクラ」
もう一度促すように名前を呼んだ。
「……この、深紅ので、お願いします」
「金具とモチーフはどうする?」
「銀色で」
「うふふ。はいどうぞ」
店員がサクラではなく、俺に購入したばかりの首輪を渡す。
エルフらしい含み笑いを浮かべた女性に、礼を言って店を出た。
店のドアを少し避けたところで、俺はサクラに向き直る。
本当ならばもっと人気のないところに行きたいのだが、緊張しすぎて俺が我慢できない。
入口の方からニマニマした視線を感じた。
俺は、心臓が飛び出そうなほどドキドキしながら、サクラの腕を取る。
首輪を二重にして長さを調節し、彼女の細くて艶やかな腕にそっと付けた。
「獣人の国で恋人へ贈るアクセサリーは首輪が多い。支配欲の表れだな。ペアで付けることが多いんだが。サクラ」
「はい」
「サクラが俺の気持ちに応えてもいいと思ってくれたら——そのときは首につけさせてくれ」
真剣な表情で視線を合わせ、そっとサクラの首筋を撫でる。
吸いつくような滑らかな肌が、かすかに色を帯びたような気がした。
俺の体も熱い。もう頭が沸騰しそうだ。
サクラが赤みの差した顔で俯く。が、すぐに顔を上げた。
「……はい」
静かで誠実な声だった。そして彼女は、声のままの表情をしていた。
サクラが俺のことを考えてくれている。
この胸の内をどう言葉にしていいかもわからず、俺たちはただただ見つめ合っていた。
サクラと見つめ合っていると、段々周囲の視線を感じはじめた。我に返った頃には、周囲にちょっとした人だかりができており、恥ずかしくなった俺たちは慌ててその場を後にした。
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