アッシュ・テイラー、実家へ帰る
よろしくお願いします。
アーニメルタの移動手段はいくつかある。
1つは乗り物。獣人がその特性を生かした方法で、移動手段として商売をしているのだ。
陸路、水路、空路それぞれあるが、人力故の気まぐれも度々起こる。
2つ目は自力で走る、飛ぶ。1人で、ある程度の距離ならば、その方が早い種族もいるのだ。俺も王都まで来る際は、およそ20分で駆け抜けた。
3つ目は親しい他国であるエレクタラやヒュノス、リチュラプッセで使われる方法だ。
いわゆる転移だ。観光客や異世界人が主に使用するが、獣人も使用する。
今回はサクラがいるので、実家まで直通転移する。
城下街の国内移動用転移装置に触れ、一呼吸の間の後、眼前の景色が瞬く間に変化した。
「う、うわ……ほんとに一瞬ですね! それに随分大きなお家!!」
サクラはあっけにとられたような声を出した後、両こぶしを握り興奮した様子で俺を見る。
子どもが新しいおもちゃを見つけた時のような、純粋な驚きの表情が可愛くてたまらない。
「ああ、家族が多いからな。狼人族は親戚たちも一緒に住むのが一般的なんだ」
「そうなんですか。大家族っていいなぁ! 私兄弟とかいないから憧れます」
「喜んでもらえてよかった。滞在中に会うやつもいるかもしれないが、楽しみにしててくれ」
「はいっ」
サクラは元気に答えた。可愛すぎる。
「はあ、かわいい。そろそろ行こう。いつまでも家の前に立っているのも変だからな」
「かわっ!? う、はい……」
さりげなくサクラの肩を抱き、実家の門を開ける。
中は最後に来た時と変わらず、懐かしい匂い。
ああ、帰ってきたのだなと、実感がわく。
玄関にはすでに両親が待っていた。
恥ずかしそうに小さくなっていたサクラは、両親に気付き、緊張した様子で少し顔をこわばらせた。
「帰ったか」
父が俺たちに言った。
年齢を感じさせない銀糸の短髪。年の割には若々しく見える顔は頬に十字傷が存在感を放っている。そして髪と同じ色の獣耳と尻尾。
父は威圧感を与える見た目ではあるが、その割に尻尾に感情が現れやすい。普段は母に頭の上がらない人だ。
「ただいま戻りました。父さん、母さん」
「おかえりなさい。元気にしていたのですか?」
父の横に控えていた母が俺を見る。
黒髪を後ろで団子状にまとめた母は、キリっとした見た目通り、しつけに厳しい人だ。
「ああ。母さんたちも元気そうで」
「ところで、そちらの方が?」
父がサクラに目を向ける。
それに気付いたサクラが姿勢を正して、俺の両親を見た。
「初めまして。サクラ・ヒノモトと申します。今回はよろしくお願いいたします。これ、私の国のお菓子です」
「ありがとう。異界のお嬢さん。私はアッシュの父、グラン・テイラー。こちらが妻のジェーン」
母はサクラに軽く会釈をすると、以外にも特に表情を変えることも歓迎するそぶりもみせなかった。
むしろちょっと怒っているような、不機嫌そうな顔だ。
「……ようこそ、サクラさん。さ、2人とも部屋に荷物を置いて、明るいうちに観光していらっしゃい」
「そうさせていただきます」
「アッシュ、夕食は食べてくるのでしょう?」
「ああ、そのつもりだ」
「わかりました。サクラさんゆっくりしていらして。戻られたらお話しましょう」
「はい。ありがとうございます」
サクラが頭を下げると、両親は家の奥に戻って行った。
なんだか、思っていた反応と違う……。もっと騒ぎ始めると思っていたんだが、特に母。
まるで借りてきた狼のように、気高く堅物そうな雰囲気だった。
両親の消えた玄関で、俺は訝しげに首をかしげるのだった。
荷物を置いた俺たちは、母の言う通り、さっさと観光に繰り出すことにした。
サクラがいるのは2泊3日だけ。時間は貴重なのだ。
俺はこの日のために、アーニメルタ観光の情報誌や同僚への聞き込みを行った。
娯楽誌に載っていた【異世界人の彼女と行きたいスポット ベスト10】を熟読し、もはやそらんじることができる域に達している。
それらの情報と今までの経験で事前準備ばっちりな俺は、まずは王都を案内しつつ、この国のことを知ってもらうことにした。
俺たちは行きと同じ転移装置で、王都アーニスの商店街へ戻ったのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




