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アッシュ・テイラー、邪心を抱く

よろしくお願いいたします。

 オムライスを食べ終わると、『パフェ』が運ばれて来た。

 サクラの顔が喜びに輝く。


「わ~、美味しそう! いただきます! んん~!!」


 サクラは美しく盛り付けられた抹茶パフェを頬張る。

 途端にサクラの顔がほころぶ。

 左手を頬に添えて、幸せそうに感動に浸るサクラが、あまりにもツボすぎてうまく息が吸えない。

 ときめきで呼吸困難になるなんて……サクラといると死が身近に感じられる気がする。


「イチゴパフェも好きなだけ食べるといい」


 俺は平静を装いサクラにイチゴパフェを勧める。


「ほんとにいいんですか? お言葉に甘えて、いただきます! ん~! 甘酸っぱくて最高!!」


 俺はサクラが頬をゆるゆるさせながら幸せに浸っているのを、文字通り心が満腹になるまで眺める。

 サクラはイチゴとソフトクリームを一口ずつ食べて、俺の前にイチゴパフェを置きなおす。


「美味しかったです。ありがとうございます!」


 彼女がそう言って抹茶パフェを、頬張り始める。俺もそれに倣いイチゴパフェを口へ運ぶ。

 甘酸っぱい赤い果物のソースと、ひんやりとしたソフトクリームの濃厚な甘さが、口いっぱいに広がる。

 うん、美味い。サクラが喜ぶのもうなずける。

 そこまで考えて、ふと思った。

 あれ? これ、間接キスというものではなかったか?

 その瞬間、瞬く間に血が沸き立つような心地がして、思考停止する。

 ああ~!! 間接キスだと!!!

 何故気付かなかった!?


「? どうしました?」


 急に固まった俺にサクラが声をかける。


「あ、いや、うまいなと思って」


「美味しいですよね!」


 にこにこ笑う彼女は気付いている様子はない。

 話がそれたのをいいことに、俺は混乱したままの思考に沈む。

 俺はキスなど初めてでもないし、大きな声では言えないが散々してきた。

 今更間接キスなどと騒ぐことがあるだろうか? 普通に考えて、ないと思っていた。

 しかし相手がサクラとなると、話は大きく異なる。

 こんな些細なことに、心臓が狂ったように早鐘を打つ。

 どんな経験も彼女の前では意味をなさない。彼女に翻弄されていく、それがまた心地いい。

 サクラの方は俺を全く意識してないのかと考えてみるが、すぐにそれはないと思い至った。

 先ほどの手に触れてしまった時の反応は、意識していないとは到底思えないものであったし、そもそもすでに告白している。

 おそらく気付いていないが故のものだろう。

 そう思うと、告白して自分の気持ちをサクラに伝えたことで、サクラの反応も若干ではあるが変わっているような気もする。

 異性として意識してくれていることに、内心コンドル団長のように奇声を上げたい衝動に駆られる。

 心の中では団長のごとく叫び、表情は努めて平静を装いサクラを見つめる。


「美味しい~」


 サクラのぷるんっとした唇に、銀のスプーンがあたって、ふにゅりとわずかに形が変わる。

 薄く唇を開いて緑のソフトクリームを口内へ受け入れる。この瞬間が大層けしからん。

 あのスプーンになりたい、なんて邪な煩悩と微笑ましい慈しみの葛藤に悩まされながら、本当に美味しそうに食べる姿を飽きることなく眺め続けた。




 そのまま何事もなくパフェを食べ終わった俺たちは、残りの時間をお茶を飲みながら話すことにした。

 この世界の紅茶を飲みながら、ほうっと息を吐き出す。

 甘いものの後に飲む、温かい紅茶は格別だ。

 満足するまで食べたサクラが普段は見せないような緩み切った顔をしているのだから、この状況にいくら感謝してもしきれない。

 俺の前でもこれだけリラックスした表情を見せてくれているのだ。それを単純にうれしく思う。

 しかし、これほどかわいい姿をほかの男にも晒しているのだろうか。例えば、あのクラスメイトの男とか。

 きっと、あの『ダイガク』の食堂で……そんな想像を掻き立てられ、胸にどす黒い霧が燻る。

 あんまり無防備になるな。俺にだけ見せろ。

 そんなことを考えて、醜い嫉妬の思考にずぶずぶと嵌まっていると、サクラが声を上げた。


「あ、そう言えば、アッシュさんにお願いがあるんですけど……」


「ん? どうした?」


 慌てて澱んだ思考の海から、意識を戻し平静を装う。


「実は、2週間後に定期試験があって」


「『テイキシケン』? ああ、進級に関わる試験と言っていたやつか。それがどうしたんだ?」


「定期試験の最終日が、お昼で学校が終わるんです。それで、その……」


 もじもじとためらうようなサクラの様子に首をかしげる。

 何か言いにくいことでもあるのだろうか?


「サクラ、どうした? 言いにくいことなのか? 俺はサクラのためなら何でもするぞ?」


 俺がそう言うと、彼女は意を決したようだ。

 きりりと強い決心を宿した瞳で俺を見る。


「アッシュさん!」


「はい」


 ちょっと圧を感じて思わず敬語になる。尻尾を出していれば恐らく垂れ下がっているだろう。


「定期試験頑張ったら、そっその……ご、ご褒美ください!!」


「!!!」


 ご褒美だと!!!!

 なんという魅惑的なお誘い!! 

 サクラはどこでそんなけしからん誘い文句を覚えてきたんだ?

 ご褒美って何だ!? ハグ!? キス!? それ以上の何か!!?

 サクラがいいならいつでも喜んでいただこうと思っている!!!

 俺はサクラに公開できないような妄想を膨らませる。

 そんなことなどつゆ知らず、サクラは言うのが恥ずかしいのか顔を赤くしている。

 俺はこの空気に決意の一石を投じた。


「そ、それで、ご褒美というのは……何をしてほしいんだ?」


「あの、好きなだけ撫でさせてほしいんです! 私やっぱり、アッシュさんのもふもふした手触りが忘れられなくて」


 そう言ってサクラはうるんだ瞳でうっとりと息を吐く。

 サクラが俺を求めている! そんなことがあっていいのだろうか?

 そして彼女の表情が大変艶めかしく見える。


「そ、そんなことでいいのか?」


「それがいいんです! 私ずっと犬が飼いたかったんですけど、お母さんがアレルギーで飼えなくて……」


「そうか。何なら今日でもかまわないが」


 平静を装い、さりげなく今日のもふもふタイムを提案する。


「ありがとうございます。でも試験が終わるまでは我慢します! もう我慢しないと何時間でも撫でちゃいそうなんです」


「……そうか、分かった。試験が終わる日に大学まで迎えに行くよ」


 若干残念な気持ちになってしまった。


「ありがとございます!!」


 しかし、サクラが浮かべる満面の笑みを見ていると、全てを許せてしまう。

 もちろん嫌ではないのだ。むしろ喜んで! と言いたい。

 だが、けしからん妄想したせいで、期待値が高くなってしまったようだ。

 今回の妄想の実現は、いずれまた、お付き合いしてから頑張るとして。

 今日の仕込みは無駄に終わったようだが、今度の試験が終わる日には今日以上にしっかり仕込まなければ!!

 俺はそう決心したのだった。


ありがとうございました!

面白いと思っていただけましたら、評価等いただけると嬉しいです。

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