アッシュ・テイラー、手を触れる
よろしくお願いします!
店内はブラウンと緑でまとめられた内装で、穏やかな音楽が流れている。
木彫りの人形やティーカップが、おしゃれに飾られている。
席に着こうと店内を見渡すと、テーブルごとに趣が違っていた。
「うわ~かわいい内装! どこに座るか迷っちゃいますね!」
サクラは俺を見て「ね!」と嬉しそうな顔をする。
「今なら客も少ないし好きな席を選べるな。サクラの好きな席でいい」
「ありがとうございます。う~ん。暖炉前も捨てがたいけど、夏だし火は入ってないから……あ、あのテラスにある切り株型のテーブルでもいいですか?」
そう言ってサクラがテラスを指さす。
そこは2人用のテーブル席で、テーブルも椅子も切り株の形をしていた。
「ああ、かまわない」
席に着くと、緑のエプロンを付けた店員が、水と濡れたタオル、メニュー表を持ってくる。
メニュー表は一つしかないので、頭を突き合わせながら2人で眺める。
昼時だというのに甘味のページを先に見ている。
「わぁ! 美味しそうですね!! ああ~食べたい。パフェ~」
「どれが『パフェ』なんだ?」
「この欄が全部パフェですよ! フルーツや味が違うんです。あ~抹茶パフェ……」
ここからここ、という様にメニューを指さす。
メニューの書かれた横には写真が付いていてわかりやすい。
サクラの目は抹茶パフェとイチゴパフェの間を揺れ動いているようだ。
暫く甘味のページを眺めた後、名残惜しそうにランチのページに戻るサクラが可愛すぎた。
もういくらでも食べさせたい! しかし、女性は体型に気を使う人も多いので、いくらでも食べさせたら怒られそうだ。
ランチのメニューを決めてから、俺は開口する。
「サクラ、後で『パフェ』食べよう。俺がこの赤い方を頼むから一緒に食べよう」
「いいんですか!? 私抹茶パフェでっ、あ、でもアッシュさんは抹茶が苦手だから私のを分けられない! 別のにしますっ」
そう言って、サクラはもう一度甘味のページを真剣に見始める。
『パフェ』のためかもしれないが、俺のことを考えてくれる姿に胸が温かくなって、愛しさが募る。
メニューにくぎ付けの彼女はこちらを見ていない。
俺はそんなサクラに微笑んで、メニュー表を持つ彼女の手に、自分のそれを重ねた。
「ひぇ!?」
サクラは裏返った可愛い声を出す。
そしてがばっと音が付きそうなほどの勢いで顔を上げた。
普段からキラキラした大きな瞳は、零れ落ちそうなほど見開かれて俺を映している。
俺は空いている手で自分の口元に人差し指を立てて、サクラを見る。
そして彼女が話さないことを確認してから、店員を呼んだ。
「ランチの後に抹茶パフェとイチゴパフェを1つずつ」
「かしこまりました。失礼いたします」
愛想のよい店員が下がってから、サクラに目を向けると、彼女は俯いていて表情は見えない。
俺は何か不味いことをやってしまったのだろうか。
何かおかしいと思い、サクラに呼び掛けた。
「サクラ、どうした? 俺は何か気に障ることをしただろうか?」
「……」
サクラは黙ったままだ。
しかし、ゆっくりと顔を上げた彼女の頬は、何故か朱に染まっている。
「……て、」
「て?」
つぶやくような小さな声に、同じ言葉を繰り返す。
「……手、はなしてください」
そう言ってサクラの視線はメニュー表の上で重なる2人の手に向かっていた。
手! つないでしまった!!
温かくて柔らかい感触が伝わる。
「! す、すまない!! わざとではっ」
慌てて手を離して謝る。
しかし、内心は伝わった体温や感触が忘れられずに、心臓が早鐘を打っていた。
「いえ……あの」
「どうした?」
サクラは言いかけたまま、伏し目になると、恥ずかしそうにこちらを上目遣いに見る。
目が合って、彼女は、はにかむように笑って言った。
「ありがとうございます。今度は、アッシュさんの好きなものを一緒に食べましょうね」
俺の時が止まった。
この切り株型のテーブルが間になければ、抱きしめたい衝動を抑えきれたかわからない。
ああもう! ほんとにかわいい、すき。
こんなことを言われたら照れてしまう。
俺は熱くなる顔を隠しながら、サクラに笑いかける。
「ああ、その時は俺の国で一緒に食べよう」
少し熱をはらんだ夏の風が俺たちの間を吹き抜けていった。
頼んだランチを待っている間、グラスと一緒に置かれた、濡れたタオルが気になる。
折りたたまれ丸く巻かれたそれの端を持ち、ぴらりと開いてみる。
「これはなんだ?」
「これはおしぼりです。食事の前に手をふくものですよ」
サクラは白いタオルを手に持つと、少し広げて手を拭いて見せる。
それにならって俺も手を拭いた。
「アッシュさんの世界はおしぼりはないんですか?」
「あー手は洗うが、拭くという概念があまりないな。ブルブルと振り払ったりするのが一般的だ」
「あー。わんちゃんとかがよくやってるやつですね! 面白い文化ですね」
そんな会話をしながら、運ばれてきた『オムライス』を食べ始める。
食事中にもいろんな会話をした。
サクラの『ダイガク』の話や『サドウ』の話、俺の世界の話。
「もうすぐ、実習があって。保育園に実際に見学に行くんです」
「それはどうしても必要なのか?」
「はい。保育士になるには必要で……課題もいっぱい出るので忙しいんです。でも、夏休みも多少はあるので、それはそれで楽しみです!」
そうやって楽しそうに話す彼女を見て相槌を打ちながら、一月ぶりのサクラを堪能する。
長い艶のある黒髪、絹のように白い肌、ぷっくりと愛くるしい『サクラ』色の唇。
はぁ。たまらん。
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