アッシュ・テイラー、再会にときめく
よろしくお願いします!
恋する乙女のごとく、今日を指折り数えて迎えた俺。
朝からそわそわと落ち着かない。
何度も服を選びなおしたり、髪を整えたり——。
そして、もしも……もしも、サクラに求められたら大変だ!
そう思った俺は狼姿になると、念入りに毛繕いとブラッシングを行い、巷で噂のシャンプーを使って、完璧な毛触りを作り出した。
肉球も噂の保湿クリームを塗り、形容しがたい柔らかさ。ふにゅふにゅのぷにぷにといったところだろうか。
これでサクラがいつ俺を、もふもふしたくなっても、喜んで身を差し出せる!
万全の準備を整えて俺は、『ニホン』へ向かった。
いつも通り『ワタラセジンジャ』の蔵から出ると、サクラのいるであろう玄関の方へ向かう。
外へ出ると気温が高く、以前来た時よりも随分暑いように感じる。
なるほど、これがこの国の夏か。
玄関付近まで来ると、案の定、サクラが玄関近くの木陰で涼みながら待っているのが見えた。
サクラは肩から袖にかけて広がった形の白ブラウスに空色のレースでできたロングスカートを着ている。
流石俺のサクラは、何を着ても似合うし可愛い。個人的にはレースの間からチラリと覗く白い脚が素敵だ。
しばらくサクラを鑑賞し、満足したところで声をかける。
「サクラ」
「あ、アッシュさん!」
俺に気付いた彼女は「こんにちは」と笑って会釈した。
その可愛さと名前を呼んでもらえた嬉しさで、俺の端正な顔がたちまち緩みそうになる。
慌てて手で口元を覆うと、表情筋が緩むのを堪え、何とか返事をする。
「ああ。久しぶりだな」
それを聞いたサクラは、こらえきれないといった様子で噴出した後、くすくすと笑い始めた。
「ふふ、アッシュさんってば、すごく長いこと会ってないみたいに、真剣な顔で言うから。最後に会ってまだ一ヶ月ですよ? 久しぶりというほどでもないのに」
「なっ」
サクラの指摘に羞恥心で顔が赤くなる。
どうやら表情筋が努力した結果、随分感慨深げに言ってしまったようだ。
俺は赤くなった顔を出来るだけ見せない様に、口元で手を広げ隠し、顔を背ける。
そうして出てきたのは不貞腐れたような声と、気持ちを伝えたからこそ言える本心。
「仕方ないだろう? ずっとサクラに会いたかったんだ」
「えっ!」
今度はサクラが真っ赤になる番だ。
俺の発言が意外だったのか、声が上ずっている。
「……」
「……」
しばらく互いに視線を逸らしたまま頬を染めて向き合う。
ちらりとサクラを見やれば、たまたま彼女も俺を見ていてバチリと視線がぶつかり、慌てて視線を逸らす。
何とも言えない甘酸っぱい気持ちのまま突っ立っていると、何処からともなくカラスの鳴き声が聞こえてきた。
「カァ~、カァ~ッ、アホー!」
声の主はきっとこの場を見ていたに違いない。
「……行くか」
「……はいっ」
俺たちは未だ赤みの差した顔のまま、並んで歩きだした。
今日はサクラのおすすめするカフェで昼食を摂ることになっている。
大きな建物の立ち並ぶ街なかを歩いていると、あちらこちらに恋人同士だろう男女が見える。
ふと、前からきた男女が手を繋いでいたのが目に移る。
隣を歩くサクラとは微妙な距離が空いている。
少しだけ、手を近付けてみた。
互いの手の甲が一瞬触れる。
ちらりとサクラを横目で見ると、全く気にしていないようで、ペットショップの方を向いている。
意識されていないのか、少し悲しい。
俺はただでさえサクラの嫌いなイケメンなのだ。嫌われたくないと思うと強引なことはしたくない。
いや、それは言い訳だな。
俺にはサクラの手を握る勇気がない。
情けない話だが、少しずつ俺の気持ちを知ってもらう様に態度で示していこう。
改めてそう決意するのだった。
今回お目当てのカフェは商店街の一本奥の路地にあった。
森の中の小屋といったイメージらしいそのカフェは、商店街にも関わらず、草木に覆われて建物が見えない。
なかなか大きな敷地に沢山の植物が植えられている。
「わぁ! 噂通り緑がいっぱいで雰囲気ありますね!」
サクラは興奮を隠しきれない様子で、カフェの外観を見つめている。小物や置物、植物に興味を示しながらあちこちを見て回るサクラに、思わず笑みが漏れる。
普段は比較的大人しいサクラの興奮した様子が可愛くて、もういくらでも見ていられる。
楽しそうにきょろきょろしているサクラと目が合った。
その瞬間、サクラがぴたっと固まった。
サクラは時間が止まったように動かなくなって、徐々に真っ赤になった。
どうやら興奮しすぎて、俺を忘れていたらしい。可愛すぎて思わず吹き出してしまった。
「ふっ」
「もう、アッシュさんってば、そんなに笑わないでくださいっ」
「ふっくく……すまない。サクラがあまりに可愛くて」
羞恥心のせいで赤みがさした顔で、怒りにくるサクラが可愛すぎて、本音が口をついて出る。
「かわっ!? あ! アッシュさん、中入りましょ? ね?」
「ふふ、ああ。そうしよう」
慌てて、話題を変えたサクラに背中を押され、俺はカフェの店内に入った。
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