アッシュ・テイラー、異世界ホームステイする⑧
よろしくお願いします!
来る土曜日。
俺は気合を入れて身支度を整えると、ケイや子どもたちに応援されながら家を後にした。
『ワタラセジンジャ』に向かい、サクラを待つ。
昨日の宴で悩みを打ち明けたことで思考はすっきりしている。
早く会いたい。声が聞きたい。
好きな人を待つ心は、どうしてこんなにもはやるのか。
おかげで、大きな木の枝陰からこちらを覗くやたちゃんを見つけても、言及する気も起きない。
まだかまだかと待っていると、今一番聞きたかった軽快な足音が聞こえた。
途端に揺れる俺の尻尾。ぴこぴこと音の方へ動く耳。
階段からサクラの顔が見えた刹那、俺とサクラの視線が合った。
途端に笑顔になるサクラ。
「アッシュ!」
「わん!」
サクラの手が俺の頭に伸びる。
この数日で何度も感じた、温かくて優しい手に撫でられる感触。
俺はうっとりと目を閉じて甘受する。
暫くは昨日ぶりの再会を喜び、戯れてから、『ジンジャ』を出て公園に向かう。
道中の道ものんびりとサクラの横を歩く。
今日は昨日の雨が後を引いているのか、空は青空も見えているものの、雲が多い。
道のあちこちで鳥が集まっていた。どうやら食事中のようだ。
サクラの顔を見上げると、気付いたサクラがにっこり笑ってくれる。
平和を噛みしめながら、とことこ歩く。
公園に着くとサクラがボールを取り出した。
「アッシュ! ボール投げるよ!」
「わん!!」
サクラが高く投げたボールは、綺麗な放物線を描いて地面に落ちる。
俺はすぐさまボールに向かって駆けだす。
ボールを持って帰っては、サクラに褒めてもらい、かわいいわんちゃんになる。
「アッシュ偉いね! 頑張ったね!」
「わんわん!!」
「もう1回だよー!」
ボール遊び、『ブーメラン』と呼ばれる円盤を投げる遊びに全力で駆け回る。
他にも一緒に駆けっこしたりして疲れたら適度に休憩をはさむ。
公園の端にはいくつかベンチが並んでいるので、俺たちは座って休憩する。
「ふふ。いっぱい遊んだねー」
「きゅう~ん」
俺も少し疲れたので、サクラの足元に伏せる。
サクラの手が背を撫でる。
心地よい感触に目を閉じた。
まったりとした時間を過ごしていると、ふと雨の匂いし始めたのを感じ、目を開ける。
サクラは、俺が空を見ていることに気付くと、同じように空を見上げる。
「空、曇ってきたね。雨降るかな」
サクラの言う通り、空は来た時より濃く重い灰色の雲に覆われていた。
サクラは俺を抱きかかえる。
「そろそろ帰る準備しようか」
「くう」
名残惜しいが仕方ない。
サクラは眉をㇵの字に曲げて、可愛い困り顔で俺を見る。
心なしかゆっくりと片づけをして、さぁ帰路に就こうといった時、邪魔者が現れた。
「ん~? ひっく、あんた~可愛いねぇ~。こっち来て酌してくれやぁ!」
とても面倒なことに、酒の入ったコップと瓶を抱えたおっさんに絡まれたのだ。
くたびれたスーツにデカい酒瓶、明らかに面倒な奴だ。
「あ、すみません。急いでますので!」
サクラは目を合わせないように、すぐさま離れようと拒否した。
「ケッ、がめついねー。ひくっ、まあいいよ。いくら必要? おじさんお金は持ってるから!」
「がうがう!! ぐー!」
しかしおっさんはサクラの腕を掴み、その拍子に俺は、サクラの腕から滑り落ちた。
コイツ!
俺は威嚇のポーズをとり、サクラに触れる汚い手の主に吠えまくる。
いつしか雨が降り始めていた。
「うーワンワン!! ワンワンワン!!!!」
余りに吠える俺がうるさかったのか、おっさんの視線が俺に移った。
サクラ! 俺におっさんの意識が向いているうちに走れ!
そんな気持ちで吠えまくる。
「あん? うるせぇんだよ! このクソ犬!!」
「キャンッ!」
苛立ったおっさんは、あろうことか俺の腹を蹴り飛ばしてきた。
小型犬程の大きさの俺は、吹き飛ばされる。日々鍛えているが、痛いものは痛い。
「アッシュ!!!」
サクラの叫ぶ声が聞こえる。
痛みを押し込め、サクラの方を見ると、サクラは俺に駆け寄ろうとしたところを、おっさんに捕まっている。
サクラの肩に回る汚い手と、酒臭い顔を近付けるおっさんに、俺も我慢の限界を超えた。
「あんな犬、ほっといて。君は俺と——」
「——触るな」
「え?」
「な、なんだぁ!?」
俺は獣化した本来の姿に戻ると、完全臨戦態勢で威嚇する。
狼姿の俺は、おっさんの図体より、二回りは大きい。
鋭くおっさんを睨みつけて言い放つ。
「彼女に触るな!! 」
俺が突然巨大化した上に、話し始めたことで驚いたおっさんは、サクラを離して後ずさった。
俺は畳みかけるように、チラリと牙を見せて唸る。
「去れ!!!」
「ひっ! ひぃぃぃ! 化け物だっ!!!」
おっさんは怯えて水たまりに尻餅をついていたが、直ぐに這うように逃げていった。
今この場には、俺と驚愕の表情を浮かべたサクラだけ。
辺りには激しい雨音だけが響いている。
無言のサクラを前に、俺は内心焦っていた。
サクラの危機と思い、つい狼の姿で声を出してしまったが。
サクラが何を考えているのかわからないので、単純に巨大な狼に驚いているのか、正体がバレたのか……。
そんなことを考えて固まっていると、サクラが口を開いた。
「その声、アッシュさん……ですよね?」
降りしきる雨の中。
激しいはずの雨音が、聞こえなくなった気がした。
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