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アッシュ・テイラー、異世界ホームステイする⑥

よろしくお願いします。

 今日は朝から雨が降っていた。

 空には、のしかかるような黒い雲が広がっている。


「外は、絶対無理。うーん。部屋干しは、湿気が……」


 ケイはユキをあやしながら、窓際でぶつぶつとつぶやいている。


「アッシュ、今日はどうするの?」


「……今日も行くつもりだ」


「この雨の中、門の前で待つの? また外から見学? 風邪ひくよ。せめて終了直前に行ったら?」


「ん~」


「アッシュあそぼー!」


「だっこー!」


 飛びついてきたミウとミツルを抱きとめ、背中に乗せる。

 子どもたちが『ホイクエン』に行くまでの間、ケイの代わりに面倒を見る。

 その後は1人で留守番することになった。

 ケイの言うように、雨の中で傘も差さずに木の上からの観察は、流石に体調を崩す可能性が高すぎる。

 だからといって、傘を差した狼をこの世界の人間たちは見たことがないのだ。

 仕方なく、ケイの言う通り、サクラの下校時間ギリギリに行くことにする。

 『テレビ』を見たり、本を読んだりして時間をつぶす。

 長期休みで体力が落ちないように、簡単にだが体を動かしておく。

 そうして数時間が経った頃。

 俺は『ダイガク』の門の前で濡れ鼠もとい、濡れ狼となっていた。

 今日の雨は強く、俺の毛皮は一瞬でたっぷりとした水を含んで体にぺたりと張り付いてしまう。体を震わせて水を払いたい。

 しかし、これだけ降っていれば、払ったところで同じことだと我慢する。

 しばらくすると、校門の方から声がかかる。


「えぇ! 今日もいるし!」


 聞こえる声に振り向くと、ここ数日、顔を合わせているサクラのクラスメイトである。

 そして、後ろから雨の中を走ってくる音がする。

 ばしゃばしゃと水音が近づいてきた。


「アッシュ!! 今日も待ってたの!? こんな雨の中で!?」


「わふっ」


 水音の主はサクラだった。随分息も上がっているし、足元は泥をはね上げて汚れてしまっている。

 そんなに急がなくても、俺はいつまでだって待っているのに。

 内心でそんなことを思う。


「じゃあ、みんなまた明日!」


 挨拶もそこそこに、サクラは濡れた俺を躊躇なく抱えあげた。


「あ、樋本さんっ」


「ん? なぁに?」


 メガネの青年は、自分の言葉で止まったサクラに視線をやって、それから俺を見た。

 ジッと俺を見ているようで、俺もにらみ返した。


「……なんでもない。またね」


 青年が何を言いたかったのか正確にはわからないが、何となくだが分かってしまうような気がする。同じ男として。

 だが、他の男に嫉妬する気持ちより、彼女が俺を優先してくれた事実が嬉しかったのだ。

 今この瞬間のサクラは俺のことを考えている、そう思えた。

 足早に帰路に就くサクラの体温に安心して体を預ける。


 ************************************


 サクラの腕に抱かれたまま、見慣れた閑静な住宅街を進む。

 あと3分も進めば『ワタラセジンジャ』の鳥居が見えるはずだ。

 しかし、サクラは『ジンジャ』の1つ手前の道を曲がる。

 初めて通る道に、俺はあたりを見まわした。

 サクラの差すピンク色の傘は、俺たちの頭上でひっきりなしに雨粒の衝撃を受けている。

 しばらく住宅街を歩いたところに1軒の家が見えた。


「ただいま~。アッシュはちょっと待っててね」


 玄関を開けてサクラが靴を脱ぎ、奥へと入り、階段を上がる音が聞こえた。

 どうやらここがサクラの家らしい。

 まさかこんな形で好きな女性の家に訪れることになるとは……。

 ケイの家やワタラセの家とは違う、サクラの甘い匂いが家全体からするのだ。

 落ち着きなく辺りを見回していると、上から物音が聞こえてくる。

 暫くして、階段を下りる音が聞こえ、音の方を向いて後悔した。

 とても丈の短い部屋着に身を包んだサクラが、バスタオルを広げていたのだ。


「アッシュ、おいで。よっと……さ、こっちだよー」


 抱き上げられた俺は、部屋の内装を見る余裕すらなくなった。

 サクラの今の格好は、かわいらしいキャラクターの絵が描かれた『薄いシャツ』と、下着と見紛う程短い丈のズボンだ。

 短いズボンからは、サクラの白くて綺麗な足が、惜しげもなくさらされている。

 膝に乗ったときに柔らかさを体感した、太ももとふくらはぎも丸見えだ。

 俺の手が肉球のついたもふもふの手でなければ、今すぐ目を覆っていたところだ。

 サクラにバスタオルにくるまれ、抱き上げられた俺は動揺を隠すように、サクラの顔だけを見続ける。


「アッシュ、雨の中でずっと立ってたでしょ? お風呂入って温まろうねー」


 そう言ってサクラは、廊下を奥へと歩き出す。

 あ~お風呂ね、おふろ……お風呂!!?

 全く聞き流せない言葉に衝撃を受けすぎて、一瞬で何も考えられなくなった。

 俺が氷漬けになっている間にも、風呂場はどんどん近づいている。

 自我を取り戻した俺は、頭をフル回転させて思考する。

 ジタバタ足掻くか? 嫌、間違ってサクラに傷でもついたら大変だ。

 だが、まだ付き合ってもいないのに、サクラの一糸まとわぬ姿を見るなんて、正体がバレたときに本当に嫌われる!!

 そうこう考えているうちに、脱衣所を通り過ぎ、風呂場についてしまった。

 無情にも風呂場のドアが閉められる。

 幸か不幸か、サクラは服を脱ぐ様子はない。


「さ、洗うよー!」


「クウ~ン……」


 そこからは…………俺の尊厳のため、記憶から抹消することにする。



 風呂を出ると、タオルで体を包まれ、サクラの手でくまなく拭かれる。


「アッシュ、ぶるぶるしちゃだめだよ。すぐ乾かすからね」


 足先をタオル越しに握られながら、背中や腹も拭かれる。

 俺はもう全てを受け入れ、甘んじてされるがままになっていた。

 好きな人に全身くまなく拭かれることは、恥ずかしい。

 しかし、先ほどのことを思えば、この程度可愛いものだ。

 いや、忘れた。先ほどの記憶は抹殺した。


 その後は温かい温風の出る機械で細部まで乾かし、くしで毛を梳かす。

 膝の上で受けるブラッシングは、まさに至福のひと時。


「キュゥ~」


 あまりの心地よさに、思わず声も漏れるというものだ。

 丁寧に毛を梳かされて数十分。


「はい、できたよ。よく頑張ったね」


 鏡を見ると、いつもよりも艶々でサラサラ、ふわふわな俺がそこにいた。

 光が当たると銀にきらめき、艶やかに輝く。

 見るからに触り心地のよさそうな毛は、もふもふしたい欲を掻き立てる。

 はっきり言おう。俺、可愛い!!


「~っ可愛い!! もふもふ~」


 サクラにギュッと抱きしめられる。

 勢いあまってか、顔を寄せて摺り寄せるサクラ。

 わかるぞ、サクラ!

 今の俺はとても触り心地もよく、可愛いから虜になってしまうのは仕方ないことだ。

 毛触りを確かめるように優しく撫でられ、俺も気持ちがいい。


 こうして俺とサクラは雨が上がるまでお家デートを楽しんだのだった。


読んでいただきありがとうございました!

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