アッシュ・テイラー、異世界ホームステイする⑤
よろしくお願いします。
サクラの膝の上で目覚めるという幸福体験をした。
「よく寝てたね。神社に着いたよ」
優しいサクラの声が甘く脳の奥に響く。
サクラの腹部にぐりぐりと頭を擦り付ける。
「わん」
「ふふ。甘えたいの? いい子だね~」
しばらくの間、サクラとじゃれあっていると、バサバサと羽音が空から聞こえてきた。
「お~。随分仲良くなったな!」
「やたちゃん、ありがとうございます! やたちゃんのおかげで、またわんちゃんと会えました!」
やたちゃんは颯爽と『エンガワ』に降り立つ。
「いやいや。こいつもお嬢ちゃんに会いたがってたからな! サクラの嬢ちゃん、今週は時間あるか?」
「今週ですか? 大丈夫ですよ。試験もまだまだ先だし、余裕あります」
「そうか! 実はこいつが1週間ほど家に遊びに来てんだ。遊んでやってくれないか?」
「えっいいんですか?」
サクラは驚いた顔で俺とやたちゃんを交互に見る。
「おう! お嬢ちゃんさえよければ、毎日迎えに行くし、土日もゆっくり遊べるぞ」
「毎日迎えに来てくれるの!?」
サクラが俺を抱き上げ、視線を合わせる。
「わんっ!」
「やったっ! じゃあ休みの日は公園にお散歩行こうね!」
「わふっ!」
嬉しさで尻尾が揺れる。
サクラとギューッと抱き合う。
さすがやたちゃん! だてに愛の伝道師を自称していないな。
「そう言えば、やたちゃん」
サクラは俺を抱えながらやたちゃんに向き直る。
「ん? なんだ?」
「この子の名前、何て言うんですか」
「え、あ、名前か……なまえ」
やたちゃんは狼狽えながら、左右に視線をさまよわせた後、俺にアイコンタクトを送ってくる。
視線がどうするんだよ!? と問いかけてくる。
おれは……サクラの胸に顔をうずめて気付かないふりをした。犬になりきる。
頼むぞやたちゃん……。
「はぁ~。そいつの名前は、アッシュって言うんだぞ」
「えっ?」
俺は息が止まったかと思った。
やたちゃん何故だ! まさか本名を言うなんて!
もうお終いだ! バレて、顔にキスしたことや、抱き着いたことを怒られる! きっと嫌われる!!
そっとサクラの顔を覗うと、ばっちり目が合った。
「アッシュって言うんだね! 私の知ってる人も同じ名前なんだよ!」
バレて、ない?
サクラに背中を撫でられながら、内心ほっと胸をなでおろした。
「あ、いけない。そろそろ帰らないと! また明日ね、アッシュ。やたちゃんも」
アッシュ……サクラの声でそう呼ばれた。
感激で、思わず自分の世界に入り込んでしまいそうだ。
「おうっ。また明日な」
「わんわわん!」
サクラは俺の頭を一撫でしてから、俺たちに手を振り、自宅へ帰っていった。
「……で? 結局正体も明かさずいちゃいちゃしたのか?」
サクラが見えなくなったところで、やたちゃんが鳥とは思えない低い声を出す。
後ろめたすぎて辛い。
「うっ。いざサクラを見ると言えなくて……体が勝手に」
「お前、欲望に素直すぎるだろ……」
「……」
返す言葉もない。いや返せる言葉が見つからない。
やたちゃんが大きなため息をつく。
「はぁ~。そろそろ覚悟決めろよ? 嬢ちゃんの嫌がることはしたくないんだろ? なら隠さずさっさと正体伝えることだな」
「……ああ」
「好きな女を泣かすことほど、男にとってダサいことはねえぞ」
やたちゃんの言葉は俺の心に深く突き刺さった。
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翌日から俺は朝食を食べ終えると、『ダイガク』へ行くようになった。
サクラの授業風景を見学し、授業が終われば子狼の姿になり門の前でサクラを待つ。
一緒に下校しては、寄り道に川辺を歩いたり、広場でボール遊びをしたりした。
「アッシュー! 取ってきてー!!」
「わんわん!!」
俺はたくさん走り回って、サクラは笑ってボールを投げてくれた。
もう俺は完全に犬だった。
そして日が暮れると、ケイの家へ戻って、子どもたちと遊びまわり就寝する。
数日過ごすと、いろんなことがわかってくるようになった。
例えばサクラはたくさんの授業に出席していて、『ホイクシ』という仕事はとても幅広い勉強が必要であるということ。
その勉強が忙しいからとやたちゃんの言っていた『テニスサークル』というものに入るのを断ったこと。
友人の中でメガネの寡黙な男子はサクラと座席が隣同士なことが多いこと。
そのため、授業内容や課題によっては2人で話し合いながら作業しているものもあった。
昼休憩も2人で課題をしていることも稀にある。
そんな姿を見ていると、胸が痛くなる。
サクラと男の関係も気になるが、サクラ自身の気持ちも気になる。その男の気持ちも。
同級生の男に負けたくないと思うのと同時に、俺らしくもない不安な気持ちがわいてくる。
俺自身がサクラの苦手なイケメンであることも、自信のない要因ではある。
何故イケメンが嫌いなのか、それはまだ聞けていない。
それに加え異世界の人間との恋を、俺自身がめんどくさいと嫌厭していたこともあってか情けないことを考えてしまうのだ。
俺よりこの世界の人間のほうが、サクラの相手にふさわしいのではないかと。
サクラのことを大事にしたい泣かせたくない。
異世界人である俺が、サクラに好きだと気持ちを伝えることが、重荷になりはしないか。
サクラの学業の負担にはなりたくない。
いや、本当はただ怖いだけだろう。
サクラに告白して、振られることが怖いからこうして予防線を張っているんだ。
俺は額を突き合わせるように本を覗き込むサクラとメガネの男を、木の陰からぼんやりと見続けた。
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