アッシュ・テイラー、異世界ホームステイする③
よろしくお願いいたします。
学生食堂で『キツネウドン』というものを食べながらを待つこと数十分。ちなみに『キツネウドン』には肉は入っていなかった。
ぞろぞろと学生が増えてきた思うと、たちまち大勢の学生で溢れかえる。
友人同士で連れ立って席を取り購入列に並ぶもの、荷物番に興じるもの、列が空くのを待つもの様々だ。
そんな学生の中に、サクラを見つけた。
今日のサクラは春らしいブラウスに小花柄の膝丈スカートを着ている。
サクラは、2人の女生徒と一緒に席を取り、他の2人が料理を選びに行く間に弁当を広げるようだ。
久しぶりに見るサクラの姿に、胸が大きく跳ねる。
はぁぁ……可愛い、可愛い、可愛い。
ジッとサクラを遠目に見ていると、サクラが手首にはめていたゴムを口に咥えて、いつもは下ろしている髪をかき上げ始めた。
「え、えっ?」
思わず声が漏れていた。俺の動揺でテーブルの上のコップが、ゴトゴト揺れる。
俺は目を見開き、この光景を脳裏に焼き付けることだけに集中する。
ふわりと柔らかそうな黒髪がたわみながら持ち上がる。毛先がさらさらと揺れ、ちらりといつもは見えない白いうなじが見える。
髪を一度一纏めにして、サクラの白いうなじが大胆にあらわになる。高めの位置に一纏めにされた髪がたらりと馬の尻尾のように垂らされた。
『キモノ』の時もよかったが、これも良い。
しかしこんなにも大勢の前で晒されるうなじに、俺だけに見せてほしかったという思いが沸き上がる。
掴んだままだったコップから水を飲み、精神を落ち着ける。
サクラは友人たちと談笑を続けているようだ。気の置けない友人同士なのだろう、俺といる時よりも楽しそうに見える。
「俺じゃ、まだダメ、か……」
俺は友人としてもまだまだのようだ。彼女たちが少しばかり羨ましい。
しばらくその様子を眺めていると、3人組の男たちが彼女たちに声をかける。
茶髪にちょっとチャラそうな印象の男と眼鏡の寡黙そうな男、もう一人はさわやかな運動好きの好青年と言ったところだろうか。
3人とも周囲と比べれば、普通に見目好いのだろうが、圧倒的に俺のほうがイケメンだ。
サクラの友人たちなのだろうか? 親しげに話しているようだ。
俺の耳でも、多数の生徒で賑わうこの食堂では、彼らの会話を聞き取ることはできない。
茶髪の男が、女の子の座っている椅子の背に手を乗せ、もたれる様にして体を預ける。
「……はぁ」
サクラも一緒に笑っている姿に、心に暗雲が増えていく。
早く離れろ、そんな思いも空しく、彼らはサクラ一行と同じテーブルに腰を落ち着けた。
サクラの隣に男が座る。眼鏡の物静かそうな男だ。
サクラは控えめながら笑って、隣に座った男と何か会話を交わしているようだ。
そんな光景に胸はズキズキと痛みを訴え始めている。
「まだ、30分も経ってないのにこれかよ……耐性無さすぎだろ」
結局俺はサクラたちの昼食が終わるまで、指をくわえて眺めているだけだった。
その後、彼らは移動を始めたので、距離を取りつつ後を追う。
似たような大きさの引き戸が並ぶ建物を2階に上がり、長い廊下を真ん中程まで進む。
俺は物陰に隠れながら、教室に入る彼らを見届け、サクラの座席をチェックすると建物から外へ出た。
そして、外で仔狼の姿になり、サクラのいる教室に隣接した木に登る。
いい感じの太さと高さを兼ね備えた枝に寝そべり、身を隠しながらサクラのいる教室の様子を覗う。
「これでよしっと」
サクラが本を読んでいる姿が確認できた。
サクラのいる授業はクラス制らしく、毎日同じメンバーで構成されているので、こっそり参加することはできないのだ。
仕方なく、教室がわかったら、窓からのぞこうと思っていた。
サクラを眺めているだけで、ぱたん、ぱたんとふさふさ尻尾が揺れる。
サクラは本を読みながら、薄っすらと笑った。それだけで、ぶんぶんと尻尾は早くなるのだ。無意識とは恐ろしい。
暫くすると鐘の音だろうか大きな音が鳴り響き、年配の女性が教壇へ上がった。
どうやら授業が始まるようだ。
サクラは真剣な表情で前を見て、何やら手元の紙に書き込んでいる。
真剣な表情も可愛い。
換気のために開いた窓から漏れ聞こえる声は、子どもの心理について話しているようだ。
俺には難しくてよくわからないが、サクラは本に線を引いたり忙しそうに授業を聞いている。授業の間、集中しているサクラの表情はどこか笑っていて……。
「……楽しい、のか。真剣に勉強しているんだな」
サクラの真剣な姿に胸が温かくなる。応援したい、そう思った。
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それから俺はサクラの今日の授業が終わるまで、彼女の様子を外から見続けた。
午後の授業は他に2つ。
1つは黒い大きな楽器で音楽を奏でる授業。サクラは笑顔で明るい印象の曲を弾き、それに合わせて歌っていた。耳に心地よく、ミウやミツル、ユキが好きそうな歌だ。
本日最後の授業は、クラス単位ではなく大きなホールで行われた。
どのクラスに属していても受けることのできる教科のようで、語学の授業だ。
俺も人間の姿に戻りこっそりと参加してみたが、なかなか難しいことを言っていたような気がする。
『コテン』と呼ばれる科目で、簡単に言うと、とても古い母国語の授業らしい。
ただでさえ『あえ~る』の翻訳機能がなければ言葉がわからないのだ。昔の異世界言葉など分かる訳がない。
ついつい眠気に襲われた時間だった。
それは他の学生も同様だったようだ。もちろん、サクラも。
サクラはウトウトと体が揺らいだかと思えば、何とか気力を振り絞ろうと頬をぺちぺちと叩いたり、落書きをしてみたりと必死に抗っていた。
その姿はもう本当に愛くるしく、おかげで俺の眠気は冷めた。
何とも言えないよどんだ空気が教室に漂う中、ようやく最後の授業終了の鐘が鳴る。
実はこの後、お楽しみが待っているのだ。
俺はサクラに見られないよう、足早に教室を後にする。
向かった先は……校門の外。
俺は一度茂みで仔狼になり、大人しくお座りの姿勢で校門の前でサクラを待つのだった。
読んでいただきありがとうございました!
次回、いよいよ、もふもふ回です!!!




