アッシュ・テイラー、異世界ホームステイする①
よろしくお願いします!
飲み屋の遠吠えから早数日。
俺は先日のショックを引きずっていた。
俺が訓練を担当している後輩たちからも「大丈夫ですか?」「顔色わるいですよ」といわれる始末。
不甲斐ない。だが俺の悩みは解決の兆しを見せることなく堂々巡りを繰り返していた。
正体がばれてサクラに嫌われたらどうしよう!
だが、もう一度もふもふの毛皮を撫でてほしい!
サクラの膝の上でゴロンってしたい!!
ふとした瞬間に頭の中に流れる邪な願い。
それを振り払うように、一心不乱に剣を振るった。
その鍛錬のかいあってか、俺は訓練試合の大会で過去最高に優秀な成績を収めた。
そして俺の刃を受け止め続けた後輩たちは、初の団体戦で優勝するなど目覚ましい活躍を遂げた。
武功を上げたものの、サクラとの連絡は相変わらず、おはよう、おやすみ、世間話のワンパターン。
そろそろ次の手立てを考えなくては、そう思っていた矢先、地球から連絡が届いた。
差出人は、やたちゃん。
なんと神社で出会った自称愛の伝道師からだ。
俺は驚きながらも急いで紙鳥を開封する。
文字ではなく映像の方だったようだ。
銀色の面に青黒い鳥が浮かび上がり、映像が流れ始めた。
『よう! 狼の坊主! 元気か? 最近サクラの嬢ちゃんが、銀の犬に会いたいと何度か神社に来てるぞ。覚悟決めたほうがいいんじゃないのか? そこでお前に提案がある』
翼を大きく広げてから、ビシッと正面の俺を翼で指すやたちゃん。
『心の準備も必要だろうし、1週間ほどケイの家に居候しないか? 近々、嫁さんが紬と旅行に行くので、子守役が欲しいそうだ。地球の暮らしも見られて、サクラにも近づける』
ごくり、息をのんで紙の向こうの嘴を見つめる。
『お前にはいいチャンスだろ? 食事はケイが面倒見てくれるし、お前は子供の面倒見たり、サクラのところに行ったりすればいい。いわゆるホームステイだ。日本はまだ旅行転移にまでこぎつけてないから、あえ~るの規律【同意のもとにしか転移できない】を破るような転移はできないんだが、今回は子守人員募集の名目がある。またとないチャンスだぞ。返事待ってるぞ』
そこで映像は終わり、銀の面には驚いた顔をした俺が写っている。
またとない機会。
サクラに俺の正体を伝える心の準備ができる。
サクラの生活が1週間ほど見学できる。
メリットはとても多い。だが……。
果たして俺は狼であることを、あの時の犬が自分であることをサクラに言えるのだろうか。
その覚悟が俺にできるのだろうか?
いや! 1週間もサクラを見ることができる方が大切だ!!
想いを伝えられるのか、犬の正体を伝えられるのかは、後から考えればいい!!
そう思い立った俺は、すぐさま、団長と副団長に掛け合うために、自室を飛び出した。
大急ぎで団長室を訪れると、幸い2人ともまだ団長室にいる時間だったようだ。
団長室に飛び込んだ俺に、コンドル団長は驚いて「クエー!」と叫び、トラサン副団長は「おやおや」と聖女のような眼を向けていた。
「団長! 副団長! 俺に1週間の休みをください!!!」
「アッシュ・テイラー! また貴様か! なんだ今度は、意中の女と旅行か? え? そんな、うらやま……ゲフンゲフンけしからん!!」
団長の甲高い声が響くが、俺も負けていない。
「異世界に行って、どんな生活をしているのか、1週間だけでも見てきたいんです!」
そう言って頭を下げると、トラサン副団長の優しい声がしみじみと呟く。
「アッシュ、最近変わったね」
「そうでしょうか?」
「隊の中でも噂になってるよ。君は隊のみんなに好かれる子だけど、女遊びがね酷かったから……トラブルもあるしね」
「うぐ、すみません」
コンドル団長は「クエェー!」と一鳴きすると、俺たちに背を向けて窓から外を眺めた。
そして一言。
「許可する」
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そして、1週間後。
俺はケイとの待ち合わせのために『ワタラセジンジャ』に来ていた。
今回家を提供してくれるケイは、お茶会の時に着物を着せてくれた紫の髪と瞳をした男である。
『ジンジャ』について早々、やたちゃんが現れた。
「よぉ。待ってたぜ~! サクラの嬢ちゃんには、お前が来ることは言ってねえからな」
「ああ。それでいい。しばらくはサクラがどんな生活をしているのかを見るつもりだ」
「嬢ちゃんをつけるのか」
「ああ、『ダイガク』がどういうところなのか。普段のサクラがどうやって生活しているのか。それを見たい。そして、俺があの時の銀の犬であることを打ち明けたいと思っている」
「カァ~! そうかそうか~! 頑張れよ!!」
高らかに笑うやたちゃんと話していると、カツカツと石段を上る足音がした。
どうやらケイが来たらしい。
「ごめんね。子供がぐずっちゃって……アッシュ、おまたせ」
「おう。来たな」
しばらくぶりに見た紫の髪は相変わらずきれいで、一歩間違えば女に見える中性的な顔立ちは、俺とは違ったタイプのイケメンだ。
「やた、ありがと」
「ああ。今度また子供連れて来いよ」
「ふふ。わかったよ。でもまた羽根、引っ張られるかもしれないよ?」
「その前に逃げるさ」
俺たちは、さっと翼を広げて飛び立つやたちゃんを見送った。
ケイが俺の方を向いた。
「僕たちもそろそろ行こうか」
「よろしく頼む」
俺たちは『ジンジャ』を後にして、ケイの家に向かった。
『ジンジャ』を出て閑静な住宅街を歩くこと5分程のところにケイの家はあった。
『ワタラセジンジャ』の横にあるツムギたちの家と同じような形だが、かなり大きい。
屋根には綺麗な黒い『カワラ』が並ぶ、『ワフウ』と呼ばれる建築らしい。
「さ、どうぞ」
ケイがカギを開けて、俺を招き入れた。
「お、『オジャマシマス』」
室内に入ると、明るい雰囲気の玄関。
この国の習慣で靴を脱いでから室内に入る。
どこからか「キャッキャ」と楽しそうな甲高い子供の声が聞こえる。
「こっちだよ」
ケイに続いて廊下を歩く。
ケイは声の聞こえていた一室にたどり着くと、ふっと頬を緩め、引き戸を開けた。
「あっ、パパ! おかえりなさ~い」
最初にケイに気づいたのは5歳くらいの女の子だった。
茶色い髪を高い位置で2つにくくっている。紫の瞳をした可愛い子だ。
女の子は1、2歳ぐらいの紫の髪の子供と遊んであげていたようだ。2人で音のなるおもちゃを持っている。
そして奥にもう一人。
兄弟の様子を覗いながら、紫の髪に茶色い目の男の子が積み木で遊んでいた。
男の子は積み木を置いて、こちらを振り返った。
「……おかえり」
「ぱっぱぁ~」
3人がケイに駆け寄ってくると、ケイは頬を緩めて3人を抱きしめた。
「ただいま」
「いい子にお留守番したよー」
「……したよ」
「あう~」
「みんな偉かったね。よしよし」
「……天使、か」
ほほえましく温かい親子の光景に、ぽつりとそんな言葉が漏れた。
「にいちゃんだれー?」
ふたつくくりの女の子が、俺に興味を持ったようだ。
するりとケイの腕を抜けて俺のもとへやってきた。
「俺は」
「わー! おにいちゃんしっぽはえてるー!」
そう言って尻尾を触ってくる。
物おじしない性格のようだ。
子どもにあまり慣れていない俺は、無邪気に触れてくる未知の生命体に戸惑い、されるがままに座り込んだ。
それを了承と取ったのか子どもたちは膝の上に座り込んで、耳やら尻尾を触ってくる。
「わ~もふもふだぁ」
「僕も! ふかふか」
「きゃあ、う~」
「お、おう。や、やめないか。くすぐったい」
突進してきた子どもたちに抱き着かれ、もみくちゃにされている俺に、ケイはにっこり笑って言った。
「ふふ。ようこそ、僕たちの家へ」
読んでいただきありがとうございました!
ホームステイ編開始です。




