アッシュ・テイラー、植物園デートする②
よろしくお願いします。
小腹を満たした俺たちは、園内地図を見ながら、再び園内を歩き回わっていた。
園内には、他にもいろいろな花が植わっている。
花のそばには、『アザレア』『ツツジ』『タンポポ』『ポピー』といった、いろんな名前が書かれた看板が置かれていた。
どの花も手をかけて育てられているのだろう、しっかり栄養の行き届いた瑞々しい葉をしている。
時に、植物の説明文を読んだり、美しい蝶の番を眺めたりする。
サクラとの会話は多くはないが、沈黙さえも気まずさを感じずに過ごしていた。
そして、外をあらかた回り終えた俺たちは温室に向かう。
「ここは、今までの花とは、ずいぶん違いそうだな」
温室に入って早々、ほう、と声を漏らす。
「そうですね。 外の花と違って外国の花とか寒さに弱い花がありますね」
「確かにこの建物の中は、とても温かいな」
先ほどまでの少し冷たい風が遮られただけでなく、室温自体も高いような気がする。
温室の中は展示の仕方も外とは大きく異なっている。
小さな花と長い蔓を持つ植物が天井から吊り下げられていたり、鉢植えから俺の背丈を上回るような長い植物が蔓ほかの植物に蔓を巻いているものもある。
池の水面には、丸い葉が特徴的な植物がぷかぷかと浮かんでいる。
「外の花とはまた違う美しさがありますね! あ、この色可愛い!!」
そう言いながら温室内をうろちょろするサクラが可愛くて、少し後ろからずっと彼女を見ていた。
室内が温かいからか、サクラは少し頬を染めている。
関係ないのに目に入る、弧を描くピンクのぷっくりとした唇も柔らかそうで可愛い。
サクラ可愛い。ひらひら動いて、可憐で本当に花みたいだ。好き!!
細かいとげの生えた植物を観察しているサクラを後ろから眺めていると、突然サクラがビクッとして震え、後ろを振り向いた。
慌てたようにキョロキョロと後ろを見回している。
「どうしたんだ?」
「いえ、どこかでイケメンに見られているような気がして……。なんか悪寒が」
そう言ったサクラに、俺は優しく笑って声をかけた。
「俺が見ている限り、変な男はいなかったぞ」
「そうですか?」
「ああ。俺はこれでもアーニメルタでは優秀な騎士だ。守ってやるから安心していい」
真面目な顔を作ってサクラにそう言うと、サクラは少しほっとしたように笑った。
「アッシュさん優しいですね。ありがとうございます」
そのまま俺はこくりと頷いて、サクラはまた花を見るのに集中し始めた。
危なかった! 俺が見ていたのに気づかれそうだった!
なんだあの直観力!
サクラにはイケメンの視線に対するレーダーでもついているのだろうか!?
今度からは注意して見なくては……。
そして、今更ながら顔に熱が集まる。
俺が守る! とか言ってしまった! 好きだと気づかれてないだろうか!?
心臓がバクバク言っている。
俺は温室を出るまでの間、彼女に気づかれないように見ながら、鼓動の高鳴りを治すことでいっぱいいっぱいだった。
温室を一周し花を見終わった俺たちは出口付近の売店に向かった。
売店には花の苗や食べ物、小物など様々なものが並んでいる。
「いろいろ売ってますね! あ、ハーブティーの試飲! アッシュさんはハーブティー飲めるんですか?」
店員が小さなテーブルに、ブルーのお茶を入れている。
「飲める」
「よかったら、試飲どうぞ~」
「あ、ありがとうございます」
サクラは店員からコップを受け取ると、俺に手渡してくれた。
「アッシュさんもいかがですか?」
「ああ。ありがとう」
受け取って何事もなかったように飲んで感想を伝えるが、内心は正直味など分からなかった。
手渡されたときに手が触れたのだ!
サクラの手が、冷たくて、柔らかくて。
全神経を集中させて手の感触を覚えておこうとしていると、サクラが振り返って俺を見る。
「アッシュさんは、何か買いますか?」
「そうだな……これにしよう」
「桜とチューリップのポストカードですか? 綺麗な写真ですね! 私は……ハーブティーにします」
俺が手に取ったのは一輪の『チューリップ』のカードと、花見で見た満開の『サクラ』が写されたカードだった。
それぞれに会計を済ませて店を出る。
俺は植物園の出口に向かって歩こうとするサクラを呼び止めた。
「サクラ、これを」
「これは、さっきのチューリップのポストカード! いただいていいんですか?」
「ああ」
サクラに渡したのは、太陽の光に照らされた赤い花弁が美しい『チューリップ』のカード。
裏面には小さく、『ハナコトバ』と呼ばれる言葉が書いてある。
最初に『チューリップ』畑を見たときに、看板に説明書きがあったのだ。
どこかの国の『チューリップ』にまつわる言い伝え。
昔、3人の騎士から求婚された美しい娘がいた。
3人の騎士はそれぞれが家宝である、王冠、剣、黄金を差し出して求婚する。
しかし娘は、誰かを選び、他の2人を傷つけることに心を痛め、花の女神に自分を花にしてほしいと頼んだのだ。それが『チューリップ』らしい。
それを見て、優しいサクラみたいだと思った。
もしも、他に彼女を好きな男がいたら……考えるだけで胸が痛い。
だが、俺には今、告白する勇気はない。
失敗して避けられでもしたら、俺は生涯未婚になるほどのショックを受けるかもしれない。
だから、ずるい方法かもしれないが、カードに託すことにしたのだ。
【赤いチューリップの花言葉 愛の告白】
カードの端にとても小さく書かれた『ハナコトバ』。
いつか気付いてくれる日が来るといい。
いや、俺自身の口で言うまで気付かないでほしいとも思う。
俺には王冠も黄金も差し出すことはできない。
でもいつか。騎士として剣にサクラへの愛を誓いたい。
俺があげたカードを胸に抱き、ふにゃふにゃと気の抜けた幸せそうに笑う姿に、俺まで嬉しくなる。
一緒に来られてよかった。
その表情を堪能できる幸福を噛みしめ、今はこれでいいと自分自身に言い聞かせた。
読んでいただきありがとうございました!




