アッシュ・テイラー、植物園デートする①
よろしくお願いします!
俺たちは『ジンジャ』前から『バス』と呼ばれる大きな機械の車に乗って、列車の駅に向かう。
俺の世界の車と言えば、馬車なんかの荷車だったので、機械の車を見るのは初めてだ。
機械の車は油の燃える臭いがきついし、大きな音がするが、とても速い。
まあ慣れてしまえば使い勝手の良い乗り物だと思う。
駅では煙の出ない、魔力も感じない列車に乗る。
この乗り物は『デンシャ』というらしく、電気で動いているらしい。車よりもかなり速いようだ。
道中はサクラと異世界について話していた。
「アッシュさんは、電車もバスも初めてですよね。でも落ち着いてますね。自動改札もちゃんと通れてましたし」
「ああ、異世界慣れしてるからな。異世界は自分の世界と違う、何があってもおかしくない」
「へぇー。なんだか素敵。自分の価値観とは全然違う価値観が沢山あるんですね。あ、アッシュさんの世界は、魔法とかがあるんですよね?」
「そうだな。俺は獣人だから魔法は使えないが、エルフや人間にも使える奴がいる」
そんな話をしばらく続けていると、『デンシャ』が俺たちの目的地に着いたようだ。
2人で『デンシャ』を降りると、目の前には植物園の入り口があった。
門の付近にも、色とりどりの花壇や木々が並んでいる。
「ここが植物園か。花が咲き誇って綺麗だな」
「そうです。この国には4つの季節があるのですが、今は春といって、1年で最も花の多い時期ですし、中はもっと綺麗だと思いますよ。今日はお天気も良くて本当に良かった」
「そうか。楽しみだ」
普通に俺が楽しみにしている。
だが、ちゃんとサクラも嬉しそうにしているので来てよかったと思う。
俺たちは2人分のチケットを買い、入り口を通って園内へ入る。
すぐに俺たちの目に飛び込んできたのは、見たことのない鮮やかな花々が広大な敷地を彩っている光景だった。
「「すごい」」
思わず俺とサクラの声が重なる。
花はそれぞれ赤、黄色、ピンク、白等それぞれの色ごとに場所を決めて、分けて植えたようだ。
太めの幹に花が一つだけ付いており、根元から左右に細長く、少し肉厚な葉が2本、ピンと斜め上に向かって生えている。
花びらの葉の形、色などは様々だ。
「不思議な形の花だ」
「これ、全部チューリップっていう花なんですよ。いろんな品種があるんですね」
「確かに、特徴が似通っているものだな。だが特に花びらの形が違うと全く違う雰囲気に感じる」
近付いてみると葉の形や特徴から、何となく同一の花であることは分かるが、花びらにも縦に大きい花びらの物や沢山の花びらが合わさっているもの、花びらのふちがひらひらと服のフリルの様になっている物など様々だ。
「綺麗だな」
「本当に」
圧巻の光景に目を奪われていると、花壇の間をのんびり歩いている人々に気付いた。
どうやら所々に道があるようだ。
「花壇の中にも道があるようだ。行ってみないか?」
「はい」
美しい花に囲まれた道を、のんびり歩く。
時々珍しい色の花や小さな虫たちを見かければ立ち止まり、眺めて笑いあってまた進む。
ふと、前方に目をやると、前を行く男女が手をつないでいるのが見えた。
俺たちは今、周りからどんな風に見えているのだろうか?
恋人同士に見えているのだろうか?
そうだとしたら、とても照れ臭いが、俺は嬉しい。
本当にそうなれたらいいのにと思う。
幸せそうな顔で花を眺めるサクラの無防備な手に目がいく。
手を、つなぎたい……。
空の自分の左手を見つめて、またサクラの手を見る。
一度気になってしまえば、花よりサクラばかり見てしまう。
春の暖かな光に照らされた彼女の艶やかな長い黒髪が揺れている。
不埒な思考の真っただ中にいた俺は、サクラの声で現実に戻る。
「あ、見てくださいアッシュさん!」
目を向けた先にあったのは、色とりどりの花の植わった円形の花壇のようだが……中央から2本の棒が別の方向を向いて飛び出ている。
「これはなんだ?」
俺がそう言うと、サクラは物珍しげに花壇を見ながら説明してくれた。
「花時計ですね。この2つの針が時間を表しているんです。綺麗ですね」
「花の植え方で模様を描いているのか。不思議な仕組みだな。俺の世界では見かけない」
この花時計にはチューリップのような長い茎の花ではなく、短い花が植えられている。
赤、白、ピンク、黄色、紫。様々な色で中央へ向かって規則的に並んでいるようだ。
花時計の広場には、屋台らしきものがある。
「ちょっと休憩するか」
「そうですね。アッシュさん、何か食べたいものはありますか?」
「食べたいもの……」
そう問われて悩む。
屋台の看板には、いくつかの写真と食べ物の名前らしきものが書かれている。
『ソフトクリーム』、『ポップコーン』、『フライドポテト』などと書かれているのだが、どんなものかわからないので、サクラにメニューを説明してもらうことにした。
「ソフトクリームは、冷たくて甘い牛乳みたいな感じです。異世界にはアイスクリームとかはないんでしょうか? フライドポテトは揚げた細切りの芋ですよ。ポップコーンは、店員さんの横にあるあのガラスケースを見てください」
サクラに言われるままガラスケースを見る。
ケースの中には光を放つ、長い棒が設置され、その光がケースごと温かくしているようだった。
温められているのは、白いいびつな塊。まるで何かが破裂して、中から白い部分が飛び出したかのような形をしている。
しばらく見ていると何やら機械が動き出し、上から小さな乾燥したモロコーシ粒のようなものが金属の容器に入り、熱せられる。
しばらく熱せられた粒はパンッパンッと大きな音を立てて、破裂したようだった。破裂音が終わったころに金属の部分が開き、中から出てきたのは、なんと白い塊『ポップコーン』だった!!
どうなってるんだ! これはすごい!!!
興味津々で見続ける俺に、サクラがクスクスとおかしそうに笑う。
「アッシュさんはポップコーンが好きになっちゃいましたね。アッシュさんはポップコーンにしますか?」
「……」
興奮しすぎたことに、少し恥ずかしくなり、顔に熱が集まる。
俺が無言でこくんと頷くと、サクラは口元を隠して笑い、屋台の店員に声をかけた。
「すみません。ポップコーン1つとソフトクリームください」
「はい! しばらくお待ちください」
『ポップコーン』が出来上がる様子を眺めていると、サクラが俺に声をかけた。
「アッシュさん、ソフトクリームも作るみたいですよ。ほら、あのコーンを見てください」
若い女の店員が、紙の巻かれた三角形の器を取り出し、それをレバーのついた機械の出口らしきところに持っていく。
彼女がレバーを引くと、出口から白いものがにゅるっと出てきて器の中に入っていった。
器がいっぱいになると、今度は縁に沿って、器を回している。
白いにゅるっとしたものが、渦を巻いて積み上げられていき、最後にはツンとした角のようなとんがりが出来ている。
「はい! お待たせしましたぁ!」
店員に声を掛けられ、サクラと一緒に『ポップコーン』と『ソフトクリーム』を受け取る。
手元にやってきた『ポップコーン』を興味深げに見続けていると、店員の笑う声がした。
「あはは! 可愛い彼氏さんですね!!」
「えっ! あっ、かっ彼氏じゃないです! こんなイケメン! 友達です!! ねぇ、アッシュさん!!!」
サクラが慌てたようにぶんぶん首を横に振りながら否定する。
どうやら、恋人同士に見えて嬉しいのは俺だけらしい。
そんなに否定しなくても……わかっていたことだが、少しショックを受ける。
「……そうだな。友達だ」
今はな。その言葉を飲み込んで、青くなりながら必死に否定するサクラを見つめる。
これは思っていた以上に長期戦になりそうだ。
そう思いながら『ソフトクリーム』をぺろぺろと幸せそうに舐めるサクラに、俺は邪かつ健全な思いを抱くのだった。
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