アッシュ・テイラー、愛の伝道師と出会う
よろしくお願いいたします。
翌朝、俺は猛烈な頭痛と倦怠感に襲われている。
頭を抱えたまま食堂に行くと、同じように頭を抱えたやつもちらほら。
昨日はかなり飲んだし、仕方ない。
食事をとりながら、今日はサクラに連絡を取ろうと会話の内容を思案する。
好きだと自覚した俺は、何としてでも次に繋げて、また会うための約束を作りたい。
サクラ自身もこの世界に興味はあるようだったが、まだ俺があの時の犬だと話していない以上、この世界に連れてくることは控えたい。
サクラの好きな所や行きたい所はどこだろう。
『サドウ』は見せてもらったばっかりだ。
動物……はダメだ。他のヤツがサクラに撫でられているところを見るなんて、耐えられない。
ふと、『オハナミカイ』の時のサクラが思い浮かぶ。
サクラは名前が植物から由来していることもあり、植物が好きらしい。
何か植物を見に行ける場所があるのなら、そういう場所に行きたいと言ってみるのはどうだろうか。
優しいサクラなら、自ら案内しようと言ってくれる可能性もある。
そう思いいたった俺は、訓練の合間を縫って、サクラに連絡を取ってみた。
サクラからの返事は案外早く、それによると、植物が沢山植わった場所で植物園というものがあるらしい。
すぐさま、サクラに案内を頼む手紙を送る。
サクラからは承諾と時間や日時に関する連絡が来たので、週末に植物園へ行くことになった。
これはもうデート、と呼んでいいだろうか!?
思わず自慢のふさふさ尻尾がぶんぶん揺れる。
あぁ、1週間が早く過ぎればいいのに……。
とても待ち遠しい。
そう思うと何故だか、逆に時がゆっくり進むような気がする。
そして、案の定、この一週間は長かった。
理由としては、春の新入隊員一斉入団が行われたことによる、人事異動やら新人教育などのあれこれだ。
このグラドシア連合兵団では、新人数名ずつを中堅位の選ばれた者たちが教育係に付き、三月程度の間、みっちり指導しなければならない。
性格適性やコミュニケーション能力、過去の実績、能力などを総合して選ばれる。つまり、出世コースである。これは婚活中でも関係ない。
俺も教育係に選ばれているので、休暇が少しばかり取りにくくなるし、勤務時間も長くなってしまう。
まぁ、人材育成のためには致し方ないことだ。
今週は新人との顔合わせと基礎能力の確認など、新人の把握業務に追われていた。
俺が担当する新人は将来、剣術を主に使う騎士たちだ。
皆自国である程度のレベルに達してはいるが、異種族との共同戦線で必要な技術やらを教えることになるのだ。
とにかく、待ちに待ったサクラとの約束の日。
早朝から入念に準備しまくった俺は、約束の時間よりもずいぶん早く、『ワタラセジンジャ』に着いた。
サクラを待っていると、俺の膝丈50テンチ程の大きさの青黒い鳥が歩いていた。
こちらを見たそいつは大きな翼を広げて飛び、俺の近くにあった枝に止まる。
よく見ると足が三本ある。珍しい。
「ん? よう、狼の坊主じゃねぇか」
「! お前獣人なのか?」
急に鳥が話しかけてきた。
この国には獣人はいないと聞いているが話せる動物がいるのか?
「違うぞ! この世界では神様の使いみたいなもんだ。八咫烏っていうカラスなんだが、まぁ、やたちゃんって呼んでくれ」
「神獣の一種か? それにしてはヒト臭い」
クンクンと鼻を動かしてみるも、神獣独特の神々しさよりヒトの匂いが濃いように思う。
「あ~、鼻が利くなぁ。流石、狼。まぁおじさん、昔は人間だったんで、その名残かもな~」
やたちゃんはそう言ってから、少し俯いた。
「そうか」
気を落とすなと、肩を撫でてやろうと手を伸ばしたところ、ばちっと翼で払いのけられた。
「やめろぉ! 男に慰められてもうれしくねぇ! お触りは女の子限定! 男、ノータッチ!!」
「クッ、人の善意を!!!」
捕まえようと手を伸ばすが、これがまた、でかいくせに俊敏に動くので捕まえられない。
「それより、ほっ、何か悩んでるんじゃないのか? よっ、特に恋愛で!!」
鳥は逃げながらそんなことを言い始めた。
恋愛、そう言われて、ぴたっと俺の動きが止まる。
俺は、嫌な予感がしてきた。
「今日だって、サクラの嬢ちゃんとデートなんだろ? 嬢ちゃんが好きなんだろ? 話してみろよ、アドバイスしてやるぜ? この愛の伝道師、やたちゃんが!! まぁそれが仕事なんだけどな」
「な、なにを言って……」
「ん~? 俺は見てたぞ! お前がサクラの嬢ちゃんにアンアン言わされてるところ!!」
「!! やめろ! その発言は誤解を招く!!!」
慌てて大声で訂正するも、この憎たらしい鳥はどこ吹く風といった様子で、やれやれといった様子で左右に首を振って言う。
「ハァ……。あんなに、気持ちよさそうに、アンアン、キャンキャン言って、もう――好きになってないはずがないだろ!」
「くぅ、黙れ……別に、なでなでが気持ちよかったからって、好きになった訳じゃない……」
ついに認めてしまった。言い返せない自分が悔しい……。
やたちゃんは楽しそうに笑い始めた。
「カァカァ! そうか、そうか。若いねぇ! おじさん、張り切って話聞いちゃう! 男の客は少ないからな~」
「そうなのか?」
「ああ、いるにはいるが、お嬢が圧倒的に多いな。まぁ、なんかあったら話しに来いよ!」
「……」
「返事は?」
「わかった……」
がっくりとうなだれる俺とカァカァと楽しそうに鳴いているカラス。
本日の勝敗が決まった瞬間だった。その時、サクラの声がした。
「アッシュさん!」
「サクラ!」
自分でも現金だと思うが、先ほどまでより声のトーンが半トーン高くなった。
時刻を見るとまだ約束の10分前だった。
サクラも早めに出てきたようだ。
「あの、ごめんなさい。待たせちゃいましたか?」
申し訳なさそうに眉を寄せるサクラに、胸がキュンとする。
この顔もとても可愛いが、悲しませてはいけない。
「いや、俺も先ほど来たばかりだ。それにその、鳥、や、やたちゃんが話し相手になってくれたからな」
俺がそう言うとサクラは安心したように笑って、やたちゃんを見た。
「そうだったんですね。やたちゃんありがと~よしよし」
そう言ってやたちゃんの頭をなでる。ニコニコとおう! などと言って受け入れている鳥を見て物凄く腹が立った。
先ほど俺が肩を叩こうとしただけで、払った癖に、サクラにあんな風によしよしされるなんてズルい!
じっとりと恨みのこもった眼で鳥を見ていると、鳥が気付いたのかサクラに話しかけた。
「なぁ、サクラの嬢ちゃん! 今日はどこに行くんだ? デートだろ? 楽しんで来いよ!」
鳥がそう言うとサクラもデートじゃないですよー! なんて言っている。
すると突然サクラが思い出したように声を上げた。
「あ、そう言えば、私やたちゃんに聞きたい事があったんですよね」
「ん? なんだ?」
サクラが切り出したのはある意味爆弾だった。
「この間、境内で銀色のわんちゃんを見かけたんですけど、やたちゃん知ってますか?」
「ん? それならこ」
「っごほ!」
「アッシュさん大丈夫ですか?」
俺のデカい咳にサクラがこちらを見る。
「ああ、急に喉が詰まって、もう大丈夫だ」
そう言いながら、やたちゃんとアイコンタクトを取る。察しのいい鳥は、この状況を理解したようだ。こくりと頷いて見せた。
「そっか良かったです、それでやたちゃん、知ってますか?」
「……あぁ! 知ってるよ。俺の知り合いだ。そいつがどうしたんだ?」
「この間の子、いっぱいモフモフしても怒らないすごくいい子だったから、また会ったら膝にのせて、抱っこさせてもらいたいんです」
だ、抱っこに、サクラの膝の上だとー!!!!
そんな、恥ずかし、ま、まあ、い、嫌じゃないが……。むしろ喜んで!!!!!!
心の荒ぶりゆえに、思わず口元がにやけそうになるのを慌てて隠す。
一部始終を見ていた、鳥がじとーっとした白い目を向けている。
俺の反応を目で確認したやたちゃんは、呆れたように小さくハァと言ってから、サクラに笑いかけた。
「いいぜ! 俺が今度また呼んできてやるよ!」
「やたちゃん、ありがとうございます!!」
サクラは嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねている。俺(犬)に会えるのが本当にうれしいらしい。
ありがとう、やたちゃん!! やっぱりお前は良い鳥だ!!!!
「ほらもうそろそろ行けよ! 時間が無くなっちまうぜ? 楽しんでな~!」
そう言ってやたちゃんは林の中に消えていった。
「わわ、ホントだ。電車に遅れちゃう! アッシュさん、行きましょう!」
「あぁ」
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