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俺は、アパートを飛び出して、バイトを募集している店を片っ端から回ることにした。
床屋の前にやって来ると、ガラスの壁に貼り付けている紙をまじまじと見やる。
「時給800円、経験者優遇か」
俺でもできっかな?
経験、無いけど。
手に職っていうし、一度身につけたら結構役に立つかも知れない。
よし、話聞くだけ聞いてみるか。
そう思って、扉を開けようとした時、背後に見知らぬ男が突っ立っていた。
これでもか! という位、グチャグチャにした髪型で、口に楊枝をくわえている。
浴衣みたいなのを着ていて、出で立ちは江戸時代の下級武士を思わせる。
「あ、並んで無いんで、どうぞ」
手で道を譲る仕草を取るも、その男は動かない。
「おめぇ、仕事探し中か?」
「え? あ、はい」
下級武士は、にゅる、と服の中から手を出してアゴを撫でた。
そして、品定めするように俺の周りを一周する。
(なんだよなんだよ……)
「おめぇ、タコ焼き、興味ねーか?」
タコ焼き?
いや、興味とかは分かんないけど、好きだ。
「好きっすよ、タコ焼き」
「作る方はどうだ? 手に職云々と呟いていただろ。 こんな今にも潰れそうなとこで働くより、ウチに来ねーか?」
この武士、武士は武士でも、鰹節の方の節だった。
「マジすか!? いや、それなら全然働きますよ!」
「っし、決まりだな」
「あ、もう1人、連れてきていいすか?」
俺は一旦アパートに戻り、自室の扉をノックした。
ニアが出てくると、バイト先見つけたぞ、と1階へと引っ張る。
ニアが下で待っていた野武士を見つけると、指を差した。
「あーっ、サムライ!」
「……む、ニアか?」
あれ、こいつら知り合いなのか?
お互い名前で呼び合ってるし……
「このオッチャン、一ヶ月前位前に橋の下にやって来たんだ。 だから、俺ら顔見知りってか、お隣さん?」
「まあ、話せば長くなるが……」
このオッサン、本名は風天大河(45)
リヤカーを引きながら日本を旅するタコ焼き職人(自称)だった。