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「何でですか?」
「問題ばっか起こしてるからだよ」
おっさんの店長は、口にタバコをくわえながら、言った。
「それって、一部の人ですよね? ちゃんと面談してから採用すれば……」
そこまで言って、俺は黙り込んだ。
何を隠そう、俺が一番身に染みて分かっていた。
昨日まで信頼してた奴に、いきなり裏切られることだってある。
「お前らみてーなのって、使いにくいんだよ。 悪いけどよ。 何かあればコンプラ違反だの何だのって。 だからウチじゃ外国人しか雇ってない。 アイツらの方がきっちり働いてくれるし、この前だって……」
俺は、店長の愚痴を聞き終わる前に、その場から離れた。
アパートに戻る途中、行きに見かけた全裸と出くわした。
二アだ。
ニアは俺を指差して叫んだ。
「おい、お前!」
「……何だよ」
「駅前っていうから、そこまで向かったのに、ヨシノヤねーじゃんか!」
「はあ? お前、どこの駅に向かったんだよ」
すると、二アは足元の水たまりをアゴでしゃくった。
「エキマエって、これのことだろ!」
それは、駅は駅でも、液の方だ。
「液前じゃねーし! 駅前だっつの、電車が止まるとこって言わなきゃ分かんねーのかよ」
「分かんねーよ、俺、記憶ねーもん……」
……え、記憶がない?
こいつ、記憶喪失なのか?
「自分が何者なのかも分かんねーの?」
コク、と頷く。
そして、口を開いた。
「ヨシノヤにヒントが隠されてると思う」
今朝から記憶の無いニアは、頭の中にあるヨシノヤ、というワードが記憶を取り戻す鍵になるかもと、街を彷徨っているらしい。
「……ったく」
駅までそう時間はかからない。
俺は、ニアの手を引いて駅前のヨシノヤまで向かった。
「ギュウドン、うめぇ!」
何故か、俺はニアに牛丼の並盛りを奢る羽目になった。
店の前まで案内すると、ニアの奴、おもむろに店内へと入り、ギュウドン、ナミモリデ! と片言みたいに注文しやがった。
全裸だし、所持してんのは傍らの猫だけ。
金を払わなきゃ当然捕まるし、俺は仕方なしに同行して金を払った。
「……クソ」
何で見ず知らずの奴に飯を奢んなきゃならねんだよ。
「お前、本当は記憶あるんじゃねーの?」
「え、無いけど」
一ミリも悪びれた様子はない。
「……」
キレそうになった瞬間、ニアが俺の前を駆けた。
「あ、俺の家、こっちだから」
ニアはそのまま河原の方へと走っていった。