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俺の名前は鬼井サン(23)
つい先日まで、都内にある飲食店の店長をしていた。
そこはイタリアンのチェーン店として有名な店で、初めの頃は順調だった。
ところがある日、バイトが全員バックレた。
「……は?」
店には書き置きが一枚残してあり、みんなやめまーす、とだけ書かれていた。
何が原因なのか、思い当たる節は無かった。
俺は親会社からなぜバイトが辞めたのか、徹底的に尋問を受けた。
コンプライアンス違反は無かったか、セクハラの類は無かったか。
一週間質問攻めにあった後、俺は会社を辞めた。
それから人間不信に陥り、外を出歩けない日が続いた。
家賃を支払うのが厳しくなり、引っ越しを余儀なくされ、今、クソボロいアパートに住んでいる。
だが、働かないとここの家賃だって払えなくなる。
「……人と関わらない仕事、ねぇかな」
とりあえず、ハロワ行くか。
一日中部屋にいたら、体がなまって夜眠れなくなる。
布団から這い出て、洗面台へと向かう。
顔を水でジャブジャブと洗うと、棚から上着を取り出し、それを羽織った。
ここは葛飾区にある典型的下町だ。
若い人はほとんど住んでおらず、主にジジババが生息している。
駅前には昔からありそうなボロっちいスーパーがあるだけで、オシャレなカフェとか、そういうのは一つもない。
その代わり、昔ながらの温泉があって、フゼイ、みたいなモンはある。
「……は?」
駅前に向かって歩いていると、変な奴が近づいてきた。
素っ裸の、金色の髪の奴。
傍らに猫を抱きかかえている。
(外人か? 何だよ、コイツ)
そいつが、俺に向かって話しかけてきた。
「俺の名前はニア」
傍らの猫が、にゃあ、と鳴く。
ニアは、口を開いた。
「なあ、ヨシノヤって、どこだ?」
「……え? ヨシノヤって、牛丼屋の? 駅前じゃねーの?」
「案内してくれ」
「だから、駅前だっつの」
俺は、そう呟くと、コイツを無視して歩き始めた。