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第9話 コーヒーショップの女の娘(こ)



来日から2日目の早朝。

クリスティーナ・ヘイズは腕に3本線の入った小豆色のジャージを着て、本栖湖畔をジョギングしていた。

「フォッサ……マグナ、フォッサ……マグナ、」


お揃いのジャージを着させられたアイリス・レーゼンビー大尉が、その後を追いかけながら大声で尋ねた。

「さっきから、フォッサマグナって何ですか?」

彼女のペースが早ところを見ると、だいぶ余裕があるのかと思い話しかけたアイリスだったが、

当のクリスティーナは息が上がってそれどころではない。

クリスティーナは湖畔の道をどんどんそれて行き、遂には車道へ出て行ってしまった。

「水、水……」

ほんの少し湖畔をジョギングするつもりが、アイリスの強靭でしなやかな肉体に嫉妬したクリスティーナは、アイリスに負けまいとどんどんペースを上げていた。

アイリスはスマートフォンを肩のホルダーから外し地図アプリを開いた。

「クリス、この先にコーヒーショップがあります、ちょっとそこで休みましょう」


アイリスが大声で叫ぶと、クリスティーナは左手を挙げて、答えた。


更に1キロほど走ると

道沿いに《飴匠金五郎商店》と大きく旧漢字で書かれた立看板が現れた。

さすがに2人とも漢字が読めず、日本の《スタバ》ぐらいの感覚で立ち寄ってみたが、どうも勝手が違った。


自動ドアが開くと《ピロリロリロリロン♪、ピロリロリロリロン♪》と2度ベルのような電子音が鳴った。

すると奥から「はーい」と宇佐木優子がその電子音に返事をしながら、《ガシャン》とドアを開けて店へ飛び出して来た。


「あらま、可愛い外人さんのお嬢さんたち、何かお探しですか?」

優子は嬉しそうに対応したが、

「ガイジン……」日頃から“外人”を差別用語のように感じているアイリスは少々気分を害した。


対象的にクリスティーナは至って上機嫌で自動ドアを開ける度に鳴る《ピロリロリロリロン♪》が珍しいのか、何度も何度も鳴らしていた。


「あー、外人さんには珍しいかね、……でもお客さん、お願いだからもうやめてくりょ……」

と優子は優しく諭した。


クリスティーナはやっと優子の存在に気付き

「日本のトラディショナルショップ、最高ね」と無邪気に笑った。


「あの、ここ《コーヒーショップ》と、アプリで検索したら出て来たのですが、コーヒーは置いてますか?」

アイリスは事務的な口調で、優子にスマホの画面を見せた。


「はい、コーヒー豆ね……毎朝焙煎したやつが届きますけど、この近くで規模は小さいんだけど、工場やってる人がいて……どれを何グラムぐらい包みましょう、お勧めはブレンド……」

優子はあっけらかんと答えて、コーヒー豆の展示ブースへ2人を案内した。


「あの、今飲みたい……」とクリスティーナが口走ると、優子は、

「ああ、缶コーヒーじゃダメよね……」

と一応尋ねた。

外人のお嬢さん2人は苦い顔で頷く。


「そうだ、うちのコーヒーメーカーで良ければ、落とせますけど、ちょっとお時間頂けます?」

優子は満面の笑みで提案した。


クリスティーナとアイリスは、不可解そうな表情で顔を見合わせた。


数分後、2人は店の外にいた。


優子が何処かから持って来た《月印アイスクリーム》と書かれた青い樹脂製のベンチへ揃って腰掛けて、フタ付きの紙のカップではなく陶器のコーヒーカップに入ったホットコーヒーを満足そうに飲んでいると、


「お待たせしました」と、

優子がお手製のバナナマフィンを2個、お盆で運んで来た。


「うわ、ありがとうございます」

クリスティーナは上機嫌でマフィンをお盆から取ってすぐに頬張った。


「う、めっちゃ美味い、ヤバイ…これ」


アイリスは、(想像していたのとだいぶ違うが、まあ、こんな朝食もたまには良いか)と、やたらとはしゃぐクリスティーナを見ながら思った。


ふと優子の背中で動くモノがあった。

よく見ると、小さな子供が紐で背中に括りつけられている。

アイリスがその状況を不思議に思って眺めていると、

「……これ、オンブね、凄い日本人、凄い合理的……両手が凄い自由に使えるやつ、マジ凄い」

クリスティーナはオンブというものにえらく興味を示していた。

「……オンブ、お客さんの国にはないの?そういや日本でも最近はあまり見かけなくなったわね、私はお店があるからね」


優子の背中には花の髪留めを付けた、髪の長い小さな女の子が手足をバタバタさせていた。

「可愛い娘さんですね…」とクリスティーナが言うと、

「私の娘じゃないの」

と優子は笑顔の中にも少し寂しそうな表情を垣間見せた。


「え、でも可愛いし、優子さんも可愛いし、似てるよ……」

とクリスティーナが、楽しそうに言った。

「なんか、嬉しい、ありがとう」

優子は心の底から、背中のこの子が(自分の本当の子供だったら良いのに)と感じていた。


「この子の素性については他言無用、やたらと他人目(ひとめ)に晒してはならん」と言う、宇佐木徳治の言葉が脳裏をかすめた。

「誰の子供なんですか?」

と、優子は、クリスティーナの青い瞳に見つめられて、多少口籠ったが、


「親戚の子を預かってるんです」

と言った。


アイリスは職業柄、声色だけで、すぐに優子が嘘をついてると気づいたが、町外れの商店の小さな秘密になど、さして興味がなかったので、普通に聞き流した。


クリスティーナとアイリスは、バナナマフィンを食べ終わると店の中で散々買い物をした。

結局コーヒー豆も「良い豆だ」と言うことになって全種類合計で2kgほど買った。

帰りは荷物が多くなったと言うことで、スティーブに電話してタンドラで迎えに来てもらった。


店内の賑やかな様子に釣られて、奥から徳治も車椅子に乗って出て来た。


「ああ、おじいちゃん……おじいちゃんも可愛い……」

などと、

クリスティーナに薄い頭を撫でられて、徳治も悪い気はしなかった。

しかし、迎えに来たタンドラの外国ナンバーを見た途端に、デレデレと溶けて無くなっていた徳治の細い目に鋭い眼光が宿った。


タンドラの後ろ姿を見送る優子に、徳治は

「ちょっと日に当たって来る」と告げて店の外へ出ていった。

「はい、」と優子は至って素っ気なく、店の奥へ戻って行った。


優子の姿が見えなくなったのを見計らって徳治は着物の懐からスマートフォンを取り出して耳へあてた。

「ああ、私だ……どうやらアメリカさんが本格的に動き出した……うん、噂は本当だったようだ……直ちに全員に召集をかけろ、……うむ、宜しく頼む」


徳治はスマートフォンを懐へしまい、澄み切った空に、蒼くそびえ立つ富士を見つめた。


つづく





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