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第6話 湖畔の旅

主な登場人物


クリスティーナ・ヘイズ…お嬢様、学者


アイリス・ゼーレンビー…在日米軍士官


巻島 公親………外務省職員、調査に同行


スティーブ………ヘイズ家に仕える執事


道草正宗…………冴えないフリーター


赤ん坊……森の倒木から出て来た子供






シェルトップ仕様のタンドラのダブルキャブが、いすゞのギガトレーラーを伴って、東名自動車道から国道139号線へと入った。

「……139号へ入りました」

タンドラの助手席に乗るスティーブが、後部席へ向かって声をかけた。


後部席ではクリスティーナ・ヘイズが眠りこけている。

私服姿のアイリス・レーゼンビー大尉の肩へ凭れかかり、その頬に顔を埋めて、

さらに彼女の左腕はアイリスの腰へ回り、右手はアイリスの左乳房の辺りを優しく撫で回していた。

反対隣に座る巻島公親は、その光景を直視出来ず、ずっと前方を向いたまま固まっていた。


「確か……139号へ入ったら、起こしてくれと仰っておりましたよね、そろそろ起こしましょうか」

と巻島はポツリと言った。


「……一応、富士山へ挨拶なさりたいとか、何とか……まったく……」

スティーブが室内ミラー越しに苦笑いした。

辺りはもう薄暗くなっていた。


「富士山は、明日でも宜しいのでは……、本日は長旅でお疲れでしょうから、もう少し寝かせておきましょう」

今まさに胸元を弄られているアイリスがそう言うと、

二人は納得した。


「今夜は、湖畔のホテルをとりました、ヘイズ女史のお部屋は、とても眺めがよいですよ、湖と青木ヶ原と富士が一望できます」

と、巻島がその白い歯を見せながら、アイリスの方を向くと、

クリスティーナが眠りながら、アイリスのシャツの胸元のボタンを外し、その内側のキャミソールの中にまで手を入れ始めた。


巻島は目を見開き、咄嗟にその目を背けた。


アイリスは割と何食わぬ顔で、擦れ下がったシャツの襟を正し、露わになっていた肩を隠した。


静まり返った車内。


不意に、クリスティーナの寝言が響いた。

「Som veľmi spokojný, pretože prsia mojej sestry sú veľké……」

(わたしは、お姉さんの乳房が大きくて、とても幸せです)



「何語ですかね……ロシア語?」

と、巻島が呟くと、


「……スロバキア語です」

と、アイリスの声が返って来た。


「……なんと仰ったのでしょう……」

と、巻島が尋ねると、


アイリスは静かに微笑んでから、


「……(わたくし)の口からは、とても申し上げられません」

と優しく拒った。


「……mäkký……mäkký……」

(やわらかい、やわらかい)

クリスティーナの寝言は、尚も拷問のように続いた。


草木が生い茂る小高い丘の向こうに富士が顔をひょっこり覗かせていた。

黄昏ゆく空の中、富士はゆっくりと闇に包まれて行く。


助手席では、スティーブがハンカチで目頭を押さえながら、人知れず涙ぐんでいた。






一方、

樹海の中では、道草が赤ん坊を抱いたまま、彷徨い歩いていた。

「……このキノコは食えるかな、カエルって食べてる人いるけど……生じゃ無理か、」


ブナの倒木に群生しているキノコが、シイタケなのかも知れないと何度か食べようと試みたが、勇気が出ない。


「……クソ、このままでは、赤ん坊が衰弱してしまう」


道草の腕に抱かれた赤ん坊は至って上機嫌でキャッキャと声を上げ、笑顔さえ浮かべている。

衰弱し始めているのは道草の方だった。

数秒おきに、腹が稲妻のように鳴った。


「どっちへ行ったら出られんだろうね、お前、わかるか?」

と道草は、赤ん坊の顔を覗き込んだ。


赤ん坊は、しばらくムニャムニャと指をしゃぶっていたかと思うと突然、

「……バイ、……バイ、」

何か訴えるように、遠くの方を小さな指で差した。


「向こうか……、本当かよ」

と、道草が疑わしい表情を浮かべると、赤ん坊は素知らぬ顔で、大あくびをした。


「もう、どうでもいいや、ダメもとで行ってみるか……ダメなら晩飯はキノコでいいな」

辺りは暗くなり、木々は黒い鉄柵のように行く手に立ちはだかる。


道草は、自分がこんな森で何をしているのか、これは夢ではないのかと言う違和感を払拭出来ずにいた。

今まで、空腹がこんなに辛いものとは、想像したこともなかった。

都会ではそこら中に食べるものがある。

少しの金さえあれば何でも食える。

「渋谷、渋谷に行きたい」

無尽蔵に生い茂る草木を眺めながら、

彼はなぜか渋谷駅前のスクランブル交差点の光景を思い出していた。


「いいか、渋谷駅なんかで降りた日には、安易に地上へでちゃいけないんだぞ、こんな風に人混みが押し寄せてきて、すぐ身動きが取れなくなる、目的地に近いところまで、地下道を歩くんだ、いいか、よく覚えとけ……」


道草は、脳に血液がうまく循環していないせいか、冷静に考えると自分でもろくでもないと思えるような教訓を口ずさみながら、比較的一心不乱に草木を掻き分けながら進んだ。


「キノコだって、人間だって、同じようなもんだ、食える奴、食えない奴、泣かせる奴、笑わせる奴、人を殺す奴だっている……怖いんだぞ、キノコも、人間も……」


すっかり日が暮れた暗闇に、小さな灯りが見えた。

その灯りは近づくに連れ、だんだん大きくなっていった。

その灯りの主は、民家と言うより何か商店の様だった。

「コンビニ……じゃない……」

しかし、森の木々とは対象的に近代的な作りの建物だった。

「あ、店だ、店があった、おい……でかしたよ赤ちゃん……良かった、助かった」


赤ん坊は、道草の腕の中でスヤスヤと眠っていた。



つづく

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