第5話 傷痕
主な登場人物
橘……警視庁捜査一課捜査9係主任、警視
津田…山梨県警捜査一課1係主任、警部
芝……神奈川県警 捜査一課管理官、警視
あらすじ
中央自動車道、相模湖付近での《神奈川県警高速隊狙撃致死事件》を受けて、神奈川県警津久井署内捜査本部へ乗り込んだ橘と津田、そこで指揮をとっていた芝管理官。
公安出身の3名の間で語れる20年前の事件、その過去に隠された真実は……?!
神奈川県警津久井署。
第2会議室《中央自動車道高速隊狙撃致死事件捜査本部》
会議室前の廊下で神奈川県警職員が3名、橘、津田の両名に立ち塞がる。
「……困ります」
「県警本部から、芝管理官も来てるんだろう、通せ……」
「……部外者には、何も申し上げられないと、さっきから申し上げてますよね」
津田が、職員たちの間をすり抜ける。
「捜査会議中ですから、」
「警視庁捜査一課の橘が来たと、管理官へ伝えろ」と橘。
「山梨県警の津田も……とにかく一大事なんだって」と津田、橘が次々と怒鳴りちらす。
3名の職員たちは2人を代わる代わる静止する。
「何事だ、」会議室から顔を出したのは、神奈川県警捜査一課管理官の芝だった。
津田と橘は、芝によって、別室に通された。
「うちの高速隊員の病室へ押しかけて、尋問したってのは、お前らか……お前らの事だから、何かと問題を起こしてくれるのは、分かるが……せめて、正規の手順を踏んでくれないと、こちらとしても、協力出来ない、」
芝がそう言うと、
橘は、パイプ椅子を蹴り飛ばし、声を荒げた。
「……先週の豊洲市場での爆破事件を知っているか?」
「それがどうした」と芝は至って冷静に言う。
「警察庁が、公安部を中心とした特別捜査チームを編成し、緘口令を敷いてる」
「当然だ、テロの疑いがある」
「同じ公安のチームが多摩川署にも現れ、《園蔵邸襲撃事件》の捜査資料を根刮ぎ掻っ攫っていった……」
「それと、本件との関連は……」
「神奈川県警の高速隊を狙撃した犯人は、襲撃された園蔵邸から、逃走した車両、黒のゴルフを追っていた、ゴルフは青木ヶ原の樹海で残骸が発見された、全部繋がってる」
「……概要を言うだけなら、 電話で充分だろ、先に用件を言え」と芝。
静聴していた津田も口を開いた。
「我々、ごく身近な、信用の置ける者だけで…」
橘が、口を挟む
「赤羽の《都議会議員一家惨殺事件》の被疑者と思しき人物が、昨日、地下鉄駅構内で轢断死体で発見された、それもなぜか公安の預かり……なぜだ」
「知らん」
「芝、考えろ、同時多発的に事件が頻発して、被疑者は次々と変死してる、俺たち現場は、被疑者死亡のまま送検、残務処理ばかりだ……」
「それが、警察の職務であるから……」
「聞け、事件の核心は全て警察庁警備局公安課が握っている、俺たち公安にいた人間なら気づくはずだ、もっと大きな勢力が動いている、俺たちは惚けてそれを静観してるだけでいいのか?」
芝は、橘と津田の顔を交互に見てため息を吐いた。
「お前らは相変わらずだ……残務処理以外に何ができる」
橘の顔に笑顔が戻った。
「それで、極めつけが、これだ……」
橘は、懐からスマートフォンを取り出し、ある画像を開いた。
「……園蔵邸を襲撃した犯人の遺体の画像だ……見ろ」
芝が橘のスマートフォンの画像を覗き込んだ。
「これは……」
芝の顔色が変わった。
「あの紋章だ…」
遺体側頭部に押された小さな焼印。
「同様のものが、赤羽の犯人の轢断死体にもあったと、さっき部下の瀬田から連絡があった」
芝は動揺を隠し切れない
津田が顔を強張らせながら補足した。
「……芝さん、覚えてるでしょうこれ、
20年前、俺たちが富士山麓で殲滅したカルト教団の紋章ですよ、奴らはまだ活動してたんだ……警察庁はそれを知っていて、隠蔽してた、どう言う意味かわかりますよね……」
芝は、津田の問いかけに黙って頷いた。
橘は更に続けた。
「あの当時だって危なかった、それこそ、俺たちの《残務処理》が国を救ったと言っても過言じゃない、教団は学生を中心とした若者たちで構成されていたが、逮捕されなかった幹部の殆どは大会社の御曹司や、代議士の小倅たちだった、逮捕され刑に服した幹部たちは、体制にあたり触りない奴らだけ……」
津田は顔を伏せ、机を叩いた。
「もし、公表されなかった連中が、体制の中枢に潜り込んでいるとしたら……俺たちのしたことは……」
橘は不精髭を撫でながら、スマートフォンを懐にしまった。
「……署内で、外部に捜査情報を流してる輩がいる、スパイが紛れ混んでる」
芝は机に両肘を付き、目を覆った。
「それで……、それが事実だったとして、俺たちに何が出来る……」
「……奴らの目的を突き止める、このままじゃ後手後手だ……」と津田。
「つまり……」
「つまり、奴らの標的、園蔵邸から消えた少女と、道草正宗を……確保する」
橘は、懐のホルスターの中のピストルの感触を確かめた。