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第22話 永遠の瞳


橘は路肩へ駐車しておいたカルマンギアのドアへ鍵を差し込んだ。

その時、湖畔の方から微かに声が聞こえたような気して、橘はふと顔を上げた。


例によって眼前の霧は濃く、すでに3メートル先を視認するのでやっとと言う状況であった。


「橘さん、やっぱりそうだ──」


2度目はハッキリと聞こえた。


「──署にきいたらここだって言うから」

霧の中に何処からともなく人影が現れた。


橘は一旦開きかけたドアをそのまま閉めて、懐のデザートイーグルへと手をかけた。


「橘さん、僕っすよ、僕──」


眼前の道路を横切って、人影が左足を引き摺るようにしてこちらへと近づいて来る。

「聞き覚えのある声だが──」

橘は銃から手を離さずに、霧の中の影をじっと見据えた。


するとまもなく白い霧の中から知っている顔が、屈託のない笑みを湛えながら姿を現したのだった。


「──瀬田か?」


と、驚きを隠し切れない橘の顔。

左脇腹を押さえながら、瀬田は無邪気にケラケラと笑い呆けていた。


「どうした、怪我はもう大丈夫なのか?」


先日、旧教団施設で制服警官の凶弾に倒れ、救急搬送された時、確かに瀬田は血だるまの状態で意識は無かった。

橘は内心、己の愚かさを呪い、瀕死の彼を直視することすら出来なかった──。


そんな橘の声を、聴いてか聴かずか瀬田は数日彷徨っていた飼い犬のように喜び勇んで橘のもとへ一目散に駆け寄って来た。


「いやぁ傑作ですね、橘さんの驚いた顔、滅多に見られるもんじゃないっすから──」


「病院、抜け出して来たのか?」


「──みんな大袈裟なんですよ、こんなの全然かすり傷で、唾つけておきゃ治りますよ」

瀬田は至って明るくそう言ってのけて、ヘラヘラ笑って見せた。


「そうか──」

橘はいまいち腑に落ちないと言う表情を崩さなかった。

そんな彼をよそに瀬田は、

車の運転席側で佇む橘の隣へ立つと、何故か車から離れるよう促すのだった。


「どうした?」


「少し離れた方が良いと思います」


そう瀬田に言われるがまま、橘が一歩後ろへ下がると、


「もう、一歩──」


瀬田は、辺りを伺いながら橘のコートの袖を引いた。


すると次の瞬間──、

霧の中に突如、銀色にバンパーが光ったかと思うと、一台の大きな車が橘のカルマンギアへ向かって突進して来た。

カルマンは“ガシャン”と重苦しい立て、跳ね飛ばされ、後ろタイヤが浮き上がるほどの衝撃にさらされたのだった。

悲鳴のようにけたたましい急ブレーキ音は鳴り響き、そのままカルマンの車体は前方十数メートル先まで押しやられて、路傍の木の幹へぶつかるとようやく落ち着いた。


よりにもよって、突っ込んで来たのはハマーのH2。

見るからに軍物の装甲車のような()でたちである。

対するカルマンギアの装甲ときたら削り出しの鉄板一枚。

リア部分はプレス機にでもかけられたように鉄板が潰れて縦にめくれ上がってしまっていた。リアハッチの蓋が無残に折れ曲がったまま開きっぱなしになって、シンプルな造りのエンジンがまるで首を傾げたように顔を出していた。


橘は、あまりの光景に口をあんぐりと開けたまま暫し呆然としていた。



すぐにハマーのハンドルを握っていた青いジャンバーを着た男が、恐る恐る座席から降りて来て、グシャグシャになったカルマンギアの状態を見つめ、深い溜息をついた。

そして、ショックのあまり路肩へ座り込んでしまった橘の姿を見つけると、更に申し訳なさそうにその場へひざまづいて頭を下げるのだった。


「申し訳ない、急にコントロールを失ってしまって──」

男は、橘の顔を見るやギョッとして、思わず目を伏せた。


ハマーの助手席から降りて来た女性が、真っ直ぐ橘のもとへとやって来て、

「あ、さっきの刑事さん──確か橘さんでしたね」と、悪びれる様子もなく話しかけた。


「石神さん、優子さん──あの女の子が乗ったのは、この車で間違いないです」


最後にハマーの後部座席から降りて来た大柄な男が、訝しげにカルマンギアの狭くなった車内を覗き込んで言った。


「──おかしいんですよ、急にハンドルが効かなくなって──」

その間にも、ハマーの運転手は土下座をしながら言い訳を繰り返していたが、連れの女性は構わず、橘へ気さくに話しかけた。


「──女の子を見ませんでしたか?」


「──いませんでしたよ、あの子──」

大柄な男は、その女性へ近寄って来て報告した。


「──女の子?」

橘は、ふと女性の顔を見上げた。


「私、向こうの飴屋金五郎商店の──」

と言いかけて、女性は急に虚空を見つめて固まってしまった。


「──ハンドルが、ハンドルが」

と念仏のように唱える青いジャンパーの男。

そうか──《ゆうあいの里》の──。

橘は、その男の胸元からぶら下がった社員証へ目を落とし石神の名を確認すると、


「石神くん、ハンドルが効かなくなったって?──」

と冷静に尋ねながら、立ち上がり、徐にハマーへと近づいて行った。


「──ちょっと、触るよ」


橘は左側の運転席へ乗り込むと、ハンドルの付け根右側に刺さったままのキーを回してみた。

セルモーターはくすりとも動かない。

そしてキーをアクセサリーへ入れたままで今度はカーオーディオの電源ボタンを押してみたが、電源が入る様子はない。


「── 強力な電磁波の干渉を受けたか?」

そう呟いた橘の脳裏に、あの旧教団施設で目撃した《テスラ銃》の姿が浮かんだ。


「しかし、車のバッテリーを無力化するぐらいの攻撃を受けたんなら、乗ってた連中だって無事で居られるはずがない──」


橘の目は石神と優子の方を眺めながらも、辺りの状況を精査していた。

するとその視線の先で、優子が瀬田や石神の制止を振り切って、湖畔の方へ向かって歩き出していた。


「優子さん、まずいですよ」

大柄な高橋が、優子の前へ立ち塞がった。

優子はボディビルダーのような高橋の屈強な肉体をも易々と押し除けて、真っ直ぐ湖畔への道を歩いて行く。


「おい、お姉さん──」

堪らず車から降りた橘の声にもまったく反応が無い。


「優子さん、そっちに1人で行っちゃ危ないですよ──」


深い霧の中へ吸い込まれるように消えて行く優子。

石神もまた声を荒げながら、彼女の後を追って霧の中へ──。


「“危ない”って、どう言うことだ」

橘には、石神の何気ない言葉が引っかかった。


大柄な高橋も面倒くさそうに舌打ちしながら、優子と石神の後を追った。


「瀬田、俺たちも行こう──」


神妙な面持ちの橘とは対照的に、瀬田の顔は、何やら楽しそうにニヤニヤと笑っていた。

「いや〜、なんだかあの女の人、目がいちゃってましたよ──」と瀬田。


「──もしかすると、俺たちには見えない何か別の物が見えてるのかもな──」


橘は何気にそう言うと、行く手を阻むように濛々と立ちこめる霧の中へ、自らも身を投じるのだった。





「──君は、竹取物語を知っているかね?」

唐突にそう話し始めた宇佐木徳治は、二本の足ですっくと立ち上がり、道草正宗の目の前まで杖もなしに達者に歩いて来た。


「ふんふん──」

と道草が2度頷くと、真西瑛が間髪入れずにその声を通訳した。

「一応── かぐや姫の話ですよね、」


「そうじゃ、竹取物語と呼ばれるようになったのは室町時代に後光厳天皇が記したとされる写本から、それ以前は《かぐや姫の物語》と呼ばれてもいた──これらは、宮廷に古くから伝わる口移しの伝承をもとに記されたに過ぎない、然るに作者は不詳となっている──」


と得意げな徳治の話の腰を折るように、

道草は、

「ふふふーん──ふがふふ──」

と言って腹を抱えて笑った。


「なんて?」

徳治は少々苛立ちながら、

真西瑛を見た。


「伝承と言う事は、かぐや姫が実在したとでも言うんですか、徳治さん耄碌(もうろく)するにも程がありますよ──と申しております」

瑛は腹をくくったように、一言一句性格に伝えた。


徳治は、一度咳払いをして気を取り直すと、何事も無かったように話し続けた。


「《かぐや姫の物語》には月へ帰ったと言う結末の他に、地上に留まったと言うもうひとつの結末が存在する、かぐや姫は自分を育ててくれた(おきな)へ不老不死の妙薬を渡し、自らはとある山の麓へ集落を作り末永く暮らしたと言う、その山こそ“不死の山”つまり、富士山のことなのだ──かぐや姫が作ったとされる集落こそ“月延村(つきのべそん)”この本栖湖周辺にあったと考えられる」


黙って徳治の話を聞いていた道草は、猿轡の奥で大欠伸(おおあくび)をしていた。


月延(つきのべ)、つまり君が“カヤ”を連れて行くように依頼された場所じゃ、」

と付け加えた徳治のドヤ顔を見た途端、道草の欠伸が引っ込んだ。



「ふんふん──ふんか?」

と道草は首を傾げた。

「なぜ、その事を知ってるんですか?──と申しております」

と瑛。


「考えてもみたまえ、そのバイトを君へ紹介したのは誰かね?」


と言う徳治の言葉で、

道草は過去数週間の出来事を思い返した。


「ふふん、ふんふん」


「──石神先輩、──と申しております」と瑛。


「その石神は、この“ゆうあいの里”の職員じゃ、そしてこの“ゆうあいの里”は、われら《特命諜報207》の秘密基地──皆まで言わずとも、もう分かるな──」


徳治はまた得意気に道草を見た。


「ふふん?」

しかし、道草は首を傾げて徳治を見つめるばかりであった。


「なぜ分からないのじゃ、石神へ、君に接触するよう指示したのはこのワシじゃ!」


徳治は声を荒げて説明を付け加えたが、

道草は首の骨の居所が悪いように、何度も首を傾げ続けた。


「ふんふん、ふんふん──ふも、」


「石神先輩が、バイトの話を持ちかけて来たのが、徳治さんの差し金だったとしても、なぜ徳治さんがそんな指示をしたんすか?──あの豪邸から何故カヤを連れて来なきゃならなかったんですか?──あのカヤを狙ってた連中、ツクヨミ教団ってのは何なんですか?──それに……」


と瑛が話し続けていると、徳治がそれを急いで制止した。


「ちょ、ちょっと待って、“ふんふん”しか言ってねぇのそんなに長く話してんの?──質問は一度に一個までにしてくんねぇか、ワシさ一応年寄りだから、そんなに一度に沢山聞かれても答えられねぇんだわ──」



「ふんふん──!」

道草は車イスから勢いよく立ち上がると、徳治の胸ぐらを掴み、唾でヌラヌラに光った猿轡をその鼻先へ押し当てた。


「ああ、すみませんね、でもこっちは危うく殺されかけたんすよ!──と申しております」と真西瑛。



「道草くん、君は殺されかけたんじゃなく、おそらくそのツクヨミ教団の襲撃を受けて一度死んだんだよ──」


徳治は、目の前の猿轡からダラダラ垂れる唾を眺めながら冷静に言ってのけた。

すると怒れる道草の腕は、動きを止め、やがて徳治の胸ぐらから離れたのだった。


「おそらく“カヤ”は自分の生命をかけて君を生き返らせたんじゃ、だから彼女は赤ん坊に戻ってしまった──君はカヤに選ばれたのじゃ、数千年前と同じようにな──」


徳治はそう言いながら、道草の顔から、ゆっくりと猿轡を外してやった。

そして、

「間違いない──君こそが、かぐや姫から不死を約束された、《竹取の翁》なのじゃ」

徳治の灰色がかった瞳は、琥珀がかった道草の瞳の奥をジッと見つめていた。



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