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第20話 特命諜報207


地下世界は、相変わらず茹だるような熱さだった。


白衣姿の鞘木(さやき)真西(まにし)(えい)は割と平然として、地下トンネルの床版階に設けられたバス停の横に佇んでいた。

「ここは30分に一度バスが運行しているので、ここでバスを待ちます」

ダースベイダーのような作業用マスクを装着した真西瑛が、車椅子の上で汗だるまになっている道草(みちくさ)正宗(まさむね)へ取ってつけたような説明をして聞かせた。

「フンフン、フンフン──」

一向に猿轡(さるぐつわ)を取って貰えず拘束も解いて貰えない道草は、怪訝な表情で、(で、そのバスはいつ頃来るのか?)と真西瑛へ尋ねた。


「──それは、ちょっと分かりません」


と瑛は身も蓋もなく答えた。


ひとり硫黄の臭気と熱気にやられている道草は、半ば意識朦朧となりながらも、何とかその場で正気を保つよう努めていたが、その我慢も10分と持たなかった。

「フンフン、フンフン──」(そのバスってのは、いつになったら来るんだ!)


道草の猿轡はすでに唾液と汗でデロンデロンに濡れ、その言葉を最後に、彼は泡を吹いて気を失った。


「どうした?」


俄かに焦り出した瑛に気がつき、鞘木が声をかけた。


「──道草さんが失神しました」

と瑛。


「まあ、この熱さだからな、そのうちバス来んだろう、ちょうど良いから放っておけよ──」

と鞘木は、ニヤリと笑みを零した。


「真西さ、いま付き合ってる奴とか居るの──?」


唐突に話題を変える鞘木に、瑛は侮蔑の眼差しを送った。


「──その話題、今すか?」


「え、何、つ、付き合ってる奴いんの?」

鞘木はイマイチ聞こえてない風だった。


「居ても、居なくても関係ないっすよね」


瑛の声は、シールドの掘削音に掻き消されすぐ横のゴリラの耳には届いて居ないようだった。


そうこうしている間に、3人のもとにマイクロバスが現れた。

バスは一旦3人の前を通り過ぎて、バス停程近くに設置されたターンテーブル上で半回転し、方向転換して再び彼らの目の前までやって来た。


「どんぐらい進みました?」

ドアが開き、

鞘木がドライバーの男性に気安く話しかけると、

「もう、終わりだよ3000リング到達だ」と男性は面倒臭そうに答えた。

鞘木は、意味もわからず愛想笑いでごまかした。


「ちょっと、そっち持って下さいよ」


さっさと乗り込もうとする鞘木に、堪らず瑛が怒鳴った。


「あ、そうか──そんな怒らなくてもいいじゃん」

苦笑いで、車椅子の前側を引き上げる鞘木を、瑛は全力で睨みつけていた。


シールドが掘り進んだ後には、床版(スラブ)と呼ばれる床板(ゆかいた)が敷かれ、その上をアスファルトで舗装し道路が建設される。

通常の道路工事の場合、対向車線との連絡通路や避難通路、通気孔などなど、床版が敷かれた後も付帯工事が続き、直ぐに舗装工事が行われる訳ではないが、この地下トンネル工事の場合は、公式な道路工事ではないため、付帯工事は必要最小限に留められ、直ぐさま舗装工事が施行されているようであった。

それでも、トンネルの先端近くまで行くと、いくつもの作業帯が点在し、コンクリートを流し込むためのポンプ車やミキサー車、その他の作業用車両が、バスの行く手を阻んだ。

「おいおい、またかよ、」

その度に、鞘木が舌打ち混じりの文句をこぼすので、バスの運転手も、真西瑛も少々嫌気がさしていた。


「鞘木さん、何も無理して乗っててもらわなくても歩いて向かってもらっても一向に構わないんだよこっちは──」

バスの運転手が、前を向いたまま苦言を呈すると、鞘木の舌打ちは自然とおさまっていった。


バス車内まで響く掘削音も次第に大きくなり、床版階の終点でバスは停車した。

そこから先はセントルと呼ばれる櫓状の機械が最下層の軌道階に敷かれたレールに沿って稼働しており、床版を敷くための言わばコンクリートの土台部分を作っている最中である。

通路はそのセントルを登ってトンネル上部側面に続いており、ここまで来るとさすがに車椅子を運んで登るという訳には行かない。


真西瑛は、ここで鞘木の反対を押し切り道草の拘束を解いた。


「──だいたい、道草さんが危険視される言われがないですよ、どう考えても──」

瑛はぶつぶつ言いながら、道草の拘束衣を脱がせた。


「──ほら、道草さん起きて、自分で歩いて下さい」

瑛がそう言って2、3度、道草の頰を叩くと、彼は朦朧としたままロボットのように瑛に従って車椅子から立ち上がって歩き出した。


「はい、この梯子登りますよ、」

瑛はセントルを登るにあたり彼にもヘルメットを被らせ、腰には安全帯を装着させて、要所要所にぶら下がっているワイヤーのフックをその安全帯にかけては、何度も梯子を登らせた。


トンネル上部側面の通路を歩行中、道草が正気を取り戻し、そのあまりの高さに狼狽えて取り乱した時もその都度彼を勇気付けるなどした。

そうこうしているうちに、一行は現在は稼働を停止しているシールド背面に設けられた基地へと辿り着いた。


「ここから先の状況は、私たちもよく分かりません、ただ貴方をここまで連れて来るように“室長”から言われただけですから──」


真西瑛は、安全通路の欄干を乗り越えて基地部分の最上階へ降り立つと、鞘木と共に道草へ手を差し伸べた。


「フン、フフフン、フフフン、フン──(ここは、何なんですか?──本栖湖のもう湖底あたりですよね)」


と道草は不安げにトンネルの天井を見上げた。


「ええ、それだけ分かっていれば充分だと思います」


そう言う真西瑛たちに誘われ、道草は基地内へと通された。



折り返しの階段を下って行くと、まるで船の船室へと入るような鉄製の扉が一行の目の前に立ち塞がった。

鞘木は難なくその扉をこじ開けて、室内へと入って行く、

「さあ、ついて来て下さい」

真西瑛もその後に続いた。


道草が室内へ入ると、いくつものモニターが並んだ壁の方を向いて、数人の男女が椅子に座っていた。


「やはり、動いていますね、小型の潜水艦ですかね」

ヘッドホンを付けた男性が卓上のマイクに向かって何やら話している。


「奴らをモノリスに近づけさせるな」

更に奥の部屋から出てきた老人が、その男性へ話しかけた。


老人は鋭い目つきのまま、道草を見やると、軽く溜息をついた。

「やっと来たのかね──、待たせよって」


道草は老人の顔を見て愕然とした。

老人は《飴屋金五郎商店》の宇佐木徳治(うさぎとくじ)であった。


「フフフン、フフフン──」

と言う道草を見兼ねて、徳治は、鞘木へ「猿轡(さるぐつわ)を外してやれ」

と指示した。


「この、クソじじぃ〜、なんの怨みがあってこんなとこまで、来させやがった!」

猿轡を外された途端、悪態を吐き倒す道草。

「やっぱり、まだ付けておけ」

徳治は直ぐに再び猿轡を付けるよう、鞘木に指示した。


「クソじじぃ〜──フンフン、フフフン」

暴れる道草の手足を取り押さえて、何とか猿轡を再び装着させた鞘木と真西瑛を見て、徳治は静かな口調で尋ねた。

「君たち、道草くんに何をした?」


「ファンタニルとアトロピンを少々投与したので、意識がまだ少々混濁しております──」


いち早く、真西瑛が答えた。


「あっそう、誰が指示したの?」

と徳治。


「室長の指示かと、私は鞘木さんに言われて──」

瑛はそう言って、鞘木を見た。


「俺は、その──」

鞘木は、徳治並びにメンバー全員の視線を受けて、少々取り乱し気味で答えた。

「──要注意人物と聞いて良かれと思って」


「鞘木くんはもう、施設の方に戻って良いよ」

徳治は少々呆れたように鞘木を見た。


「じゃあ、」

と真西瑛を見る鞘木。


「君ひとりで戻って、真西くんは居てもらった方がいい──」

徳治は、ウロウロ歩き回る鞘木を手で払った。


鞘木は多少納得いかないような表情で、首を傾げながら部屋を出て行った。


「さて道草君、猿轡をしたままで申し訳ないが、そのままで聞いてくれたまえ──」


鞘木の姿が見えなくなったのを見計らっって、徐に徳治は話を切り出した。


「──私こと宇佐木徳治、江戸時代より続く老舗菓子店《飴屋金五郎商店》の主人と言うのは世を偲ぶ仮の姿、しかしてその実態は──宮内庁書陵院の特務機関《特命諜報207》の室長なのである──」


徳治はそう言い放つと、そこら辺にあった椅子に得意げに腰掛けて踏ん反り返った。


「フフフン──フンフン──」

猿轡の道草は激しく動揺していた。


「何て?」

と徳治は、瑛に尋ねた。


「まあ、驚いています、──宮内庁の書陵院って何?──特命諜報って何?と聞いています」

瑛は冷静に道草の“フフフン”を解読して聞かせた。


「宮内庁の書陵院と言うのは、日本古来から伝わる数多(あまた)の古文書を保管、研究する政府機関であるが、行政機関とは一線を画し、元来天皇の御勅令によってその職を全うするものである、我等“特命諜報室”は、その古文書に記された伝承を紐解き国家の安全に影響を及ぼしかねない案件を調査し、未然にその危機を回避するため行動する組織である──」


徳治は、踏ん反りかえったまま目を閉じて暗唱するように一気に早口で言ってのけた。


「フフフン──」

と道草。

「それと俺が、ここへ連れて来られた事と何の関係があるのだ、と言っています」

と瑛の通訳。


「良い質問だ、君は選ばれたのだよ、道草くん──」

徳治は再び目を開けてニヤリとほくそ笑んだ。


「フフフン、フン?」

と道草。


「選ばれた、ですって?──と申しております」

と真西瑛も身を乗り出して、ギラつく徳治のハゲ頭を覗き込んだ。



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