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第2話 スキャナーズ

橘 ……警視庁捜査一課 9係主任


瀬田 …橘の部下


川崎…多摩川警察署の刑事



〜前回までのあらすじ〜


東京都と神奈川県の県境、多摩川に程近い、世田谷区上野毛にある大邸宅に拳銃を所持した男が侵入。

男は、病を患う家主の園蔵権三へ暴行を働き、在宅看護師の三宅ミツ子を脅迫。

権三の庇護下にあったと見られる

「少女」の居場所まで案内させる。

しかし、園蔵、三宅、両名の必死な抵抗に遭い、筋弛緩剤を注射される、

三宅を銃撃するが、卒倒。

園蔵権三によって返り討ちにされる。

「少女」は逃走。


園蔵権三は意識不明の重体で発見され、病院へ搬送される。

三宅ミツ子は即死。

侵入者の男、同じく即死。


期せずして、東京都内では同時多発的に殺人事件が発生。

人員不足の警視庁は、捜査一課主任の橘と瀬田の2人を急行させる。

既に、現場では

所轄の多摩川警察署主導によって現場検証が行われていた。

合流直後、橘は、被害者と加害者以外にそこに存在していたと思しき「少女」の痕跡について言及する。










多摩川警察署、遺体安置室近くのトイレ。

その日、朝から腹の具合の悪かった瀬田刑事は、洋式大便器に座ったまま、数時間前の殺人現場の光景を思い出していた。

数日前、赤羽でおきた一家惨殺事件捜査のため、所轄の赤羽警察署へ設けられた捜査本部に泊り込み、それから今朝未明、上野毛でおこった殺人事件の捜査のため現場へ急行。


警視庁捜査一課では、所轄の捜一から転属したばかりの新参者であるが、殺人現場は並の刑事より見慣れていると自負していた。

しかし、こうも続けざまに異様な光景ばかり目の当たりにして、ここへきて食事も喉を通らなくなって来た。

出るのは溜息ばかり、今週はあまり家に帰っていない。

生まれたばかりの乳飲子を抱えた妻は育児ノイローゼ気味、こちらの都合も気にせず、顔を合わせると、

「仕事をもっとセーブ出来ないものなの?」

と尋ねてくる。

妻の負担が大きいのは事実だ。

妻の実家にいるとは言え、万事頼れる訳ではない。先方の両親の手前もある。

しかし、新参者は現場の捜査態勢に早く馴染む必要がある。

まさか転属したばかりで、産休が欲しいとは言えない。

ただでさえ、局内では「ゆとり世代」「空気が読めない」と揶揄されているのだ。

(ああ、こんなに腹が痛いのに、ウ◯コが出ない)

橘が、遺体安置室の中で検視に立ち会いながら、イラついているのではなかろうか、と思うと焦った。

焦れば焦るほど出なかった。


その時、

《ガチャ》っとドアの開く音。

《キーッ》っと油の切れた蝶番の擦れる音と共に、

男性トイレへ人が入って来た。


瀬田は、安物の靴音で橘が呼びに来た訳ではない事を悟った。

「ああ、私だ、例の車の件」

ついで、靴音の男は独りで話し始めた。

隠れて電話しているようだ。


瀬田は息を潜め、膝を抱えるように両足を便器の上まであげた。


「……黒、フォルクスワーゲン、ゴルフ、ナンバーは40-07、確認した、間違いない」


防犯カメラ映像にあった共犯者のものと思しき車だ。

(間違いない、捜査情報を外部へリークしてる)と瀬田は思った。

聞き覚えのある声だ。


顔を見てやろうと、ドアへ手を伸ばした瞬間、不意に便意が来襲した。

(いま…⁈)


「待て、誰かいる……臭っ、あ、いや、こっちの話だ……これ以上は、あとでかけ直す」

瀬田がこの期に及んで、景気良く出してしまったせいか、男の声はえらく焦っていた。

走り去る男の、あの靴音が遠ざかって行った。

瀬田は後ろ姿だけでもと思ったが、一度出始めたモノはなかなか止まらなかった。

「ちょっと、まだ⁈ ……ちょ、ウォシュレット付いてない……嗚呼〜」

瀬田の悩ましい息づかいが、トイレ内に響いた。


一方、(たちばな)は遺体安置室内で、気になる所見を見つめていた。


「この、容疑者の、側頭部の銃創付近ですが、ここに予め、傷のようなモノが……」

監察医が、遺体が銃弾で撃たれた際に開いた側頭部の穴付近をペンライトで照らしながら言った。

「小さくて、よく見えないな」

と橘が言うと、

「備品でありました」

不意に背後から川崎刑事が現れた。

手にはCCDカメラ。

それを、近くに置いてあったノートパソコンへUSBケーブルで繋いだ。

「……川崎さん、手際いいね、まるで準備してたみたい」と、(たちばな)が大声で笑いながら川崎の肩を叩いた。

川崎は恐縮しながらも、粛々とパソコンモニターをセッティングした。

遺体側頭部、銃創の周囲は、傷を検めるため監察医によって、髪の毛が多少剃り落とされてあった。

傷跡から数cm離れた箇所に確かに何かみえる。肉眼では黒い点のように見えた。

「大きめのホクロじゃないの?」

と橘が言うと、監察医が答えた。

「私の見る限り、これは傷ですね、何か突起ようなもので……そう、出荷された食肉なんかに押される焼印に似てますよ」

パソコンモニターへ映し出されたそれは、始めボヤけて黒点にしか見えないなかった。

「川崎さん、もっとピント合わない、それ……」

「はい、安もんなんで、これで精一杯です……」

川崎刑事がピントを合わせると、ただ黒く見えていた点の中に、だんだんと余白が見え始めた。

「円が、ふたつ重なって見えますよ、こう……」監察医がモニターを見ながらにわかに口走る。

「視力検査の記号みたいだな…」と橘にもそんな風に見え始めた。

「ええ、言われてみると、」と川崎刑事。

「まん丸の◯がね、2つ並列して、中央で交わってるんですよ」と監察医。

「先生、目がいいな……なにかのマークに見えますか?」と橘。

「見えるね、これは人工的につけられたものだね、以前見たことがある」と監察医。

「どこで?」

と橘が鋭い目で監察医を見ると、監察医はニヤニヤ笑っていた。

「いやいや、ほら、オカルト系の雑誌、UFOに誘拐されたって証言した人の体にあったやつ……好きなんだよね、UFOとか……」

川崎刑事は呆れたように笑ったが、橘は真顔のままニコリとも笑っていなかった。

それ以上の組織検査は、監察医が属する大学と、科捜研へ依頼することで、結論が出た。


橘が安置室を出ると、瀬田がドアのすぐ近くに立っていた。

瀬田が神妙な面持ちで、

「班長(橘)……」と恐る恐る、小声で呼びかけたが、橘は聞こえてるのか聞こえてないのか、彼と目も合わせずに廊下を歩き始めた。

「なぜ、身元を示すものが何もない……」

と橘は呟いた。

「あの……トイレで……」と瀬田は、橘に耳うちしようと近づくが、

「なんだよ、お前、ウ◯コの自慢話か?……今考えごとしてんだよ俺」

瀬田は業を煮やし、橘の腕を掴むと強引に警察署の外へ連れ出した。

「ヤバイんですって」

「何がだよ、ケツか?……便所もう一回行って来い」と言いながらも、瀬田の顔つきを見ながら、橘は何かを悟っていた。

「あの…さっきトイレ、俺がトイレ行ってる間、遺体安置室から出入りした人って誰かいます?」

「何だよ」

橘と瀬田は、駐車場にとめてあるスバルB4の中で話した。

「トイレの中に入って来て、ケータイで捜査情報を外部へリークしてた奴がいたんすよ」と瀬田は車内でも小声で話した。

「お前、そいつの顔を見たの?」と橘。

「いえ、ちょうど便意が……」

「何やってんの…お前、お前はウ◯コ優先か……」

「やや、我慢できなくて、それは置いといて、……ちょうど床が濡れてて、下足痕(ゲソ)が床に…で…」

「……んで、早く言え」

「ゲソ追っていったら、安置室の前まで……い、行ってたんす」


橘は、瀬田の話を聞くと、彼の顔を無表情で見つめたまま固まった。

そして、

「お前、俺を疑ってんだろ」

と瀬田の頭をポコんと叩いた。

「痛っ……んな訳ないじゃないすか」

瀬田は叩かれた頭頂部を押さえながら言った。

「お前、察しがついてんなら、他でこのこと言うなよ、俺の勘じゃ、このヤマ、見えてるよりずっとデカイぞ……意味わかるよな?」

「はい」

瀬田は気持ちを落ち着かせるように深呼吸した。

すると橘の携帯電話が鳴った。

瀬田の体はビクッと動いた。

「はい」橘が電話に出ると、川崎刑事からだった。

「共犯者と思しき人物の車、黒のフォルクスワーゲン、ゴルフ……山梨県の林道で発見されたと、たったいま県警から連絡ありました……一応、」

川崎刑事はそこで電話を切った。

「で、ちょっと……一応って何だよ」

詳細も教えず切ると言う、川崎刑事の手の平を返したような態度に、橘はムっとしたが同時に合点がいった。

「山梨で車めっかったって」と橘が言うと、

「じゃあ、いったん、署内へ戻りますか、」と瀬田が、車のドアを開けようとすると、

「ちょっと待て、」と橘が静止した。


橘たちの目の前を、黒塗りの高級セダンが3台通り過ぎた。

「一応、出迎えてやっか、」と橘はさっさと車を降りた。

「何すか」と瀬田もその後に続いた。


黒塗りの高級セダンは、駐車場へ入ることなく多摩川署の玄関前へ直接乗りつけた。

「どうも、」と橘が、玄関前まで駆けよって、車の中を覗き込んだ。

「申し訳ないが、我々は貴方を知りません、橘さん」車からスーツ姿の男たちが次々に降りて来た。

「おお〜、お前らどうせ公安だろ」

と橘がニヤニヤしながら男たちに張り付くと、うちメガネをかけた1人が振り払うように言った。


「なら話が早い、橘さんたちは、赤羽に戻って頂いて結構です、本日未明、警察庁警備局公安課長より要請があり本件は我々公安で預かります」



それを聞いて、笑っていた橘の顔が少し強張った。

「やっぱり、そうなったか……でもな、俺たちが、赤羽に戻るかどうかは、お前らには関係ねぇ」


メガネをかけたスーツ姿の男は、嘲るように橘を睨み返した。


その後ろから、瀬田が男達の列へ割って入った。

「ちょっと、すみません、あのトイレだけ借りて良いっすか?」


つづく

次回以降の予告


・あきらめの悪い橘さん

・アメリカから来た女

・アメリカ?こっちとら飴屋の主人だ!

・人殺しじゃないよ道草だよ!

他、のうちのどれかです。


次回もお楽しみに!

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