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第15話 霊感 ヤマカン 第六感!

今回の登場人物


・キヨコ

……… 謎の力を持つ巨漢のオカマ、女装し ている


・鶴田繭子

………キヨコの助手


・灰色の紳士

………杖をついた初老の殺し屋


・金島加奈子

………本栖湖畔のホテルに勤務する女性




本栖湖、湖畔ホテルのロビーに、杖をついた灰色のスーツ姿の紳士が現れたのは、

クリスティーナ・ヘイズ嬢が本栖湖畔へ到着した日の午後5時を少し過ぎた頃だった。


一見して何かを察したフロント係の女性が、先んじて声をかけた。

「……お客様、ご予約はございますか?……只今ご予約のないお客様のご宿泊は、お断りさせて頂いております」


すると紳士は深く被ったボルサリーノ帽の鍔を上げて、メガネのレンズをギラりと光らせた。


「いや、南雲(なぐも)博士に会いに来た」


紳士の地響きのように低い声は、女性の小ぶりな耳の奥の鼓膜を刺すように震わせた。

カウンター上の金のペン立てがカタカタと揺れていた。


「お約束でしょうか?」


「約束は無いがね……」

男は顔を少し伏せた。


「申し訳ございません、ご指定のお客様は現在、特別警護対象者となられておられまして、関係者以外そのフロアへ

立ち入ることはできません」


「私は関係者だ、博士を呼び出して頂きたい……急用なので」


「ではお手数ですが、ご身分を証明できるものをご呈示ください、現在米軍の責任者の許可が必要でして……」


「身分証だと、用意がない、私は彼の友人だ……無礼な」


「申し訳ございません、ご友人様でいらっしゃいましても、例外はございません」


「君じゃ話にならん、上の人間を呼びたまえ」


「は、上の人間と申されますと?」

女性は、明らさまに惚けた。


「米軍のだよ、直接米軍の責任者の許可を取るのだ……」


「米国の責任者へ連絡するためには、チーフマネジャーの許可が必要です」


「じゃあ、許可を取りたまえ」


「申し訳ございません、チーフマネジャーへ許可を申請するには、サブチーフの許可が必要です」


「じゃあ、取りたまえ」


「申し訳ございません、サブチーフへ許可を申請するには、フロントチーフの許可が必要でして……」


「そんなことを、わざわざ私に言っている間に、さっさと許可を取ったらどうかね?」


「申し訳ございません、あいにくフロントチーフが本日はもう帰宅しておりまして……」


「では、君が緊急措置として直接チーフマネージャーへ許可の許可の許可を取ることできんのかね」


フロント係の女性と、杖を持った紳士が押し問答している背後を、巨漢のオカマが手を引かれながら横切っていった。


フロントの女性と、

巨漢のオカマは、一瞬だけ見つめあった。


「キヨコさん……やっぱり来ましたね」


黒のパンツスーツ姿の鶴田繭子が、黒いマントのような服を着た巨漢のオカマの手を引きながら、ヘラヘラと笑った。


「バカ、聞こえるわよ、ちょっと」


オカマのキヨコが逆に繭子の手をひっぱって言った。


2人は近くのカフェスペースのテーブルへ揃って陣取り、フロントカウンターの様子を窺った。


時を遡ること、その日の朝のことである。

同ホテル3階の一室にて、

オカマのキヨコは、不吉な悪夢とともに目を覚ました。

「つる子〜、つる子〜」

目覚めるなり、キヨコはダブルベッドで独り大の字になったまま、助手の鶴田繭子のあだ名を大声で叫んだ。


「はいはい……なんすかキヨコさん」

「なんすかじゃないわよ……大変よ、大変なことが起こるのよ……ってか、もう起こってるのよ!」

キヨコで丸太のような腕で、同じくらいの細さの繭子の腰へしがみついた。

繭子が荷重に耐えかねて、へなへなとベッドへ座り込んだ。


「座ってる場合じゃないわよバカタレ!

すぐに準備しなさい、誰かに言わなきゃ、まず……ホテルのフロントの人」

キヨコはパンパンと肉厚の手を叩きながら叫んだ。

「フロントだったら……電話すれば……」

繭子がベッドサイドに置いてあった電話機の受話器を取ると、

「ダメー!」

キヨコの声が一層大きくなったかと思うと、受話器渡そうと差し出した繭子小さく細い手をはね退けた。

「盗聴されてるかもしんね〜だろーが、バカ!」

「ふーん…」

繭子は鼻を鳴らして、ベソをかいた。

キヨコは、そんなものに目もくれずベッドから起き上がろうと息んだ。

が、しかし色々な体勢をとっても自重で、なかなか寝返りすら打つことができない。


「つる子……つるちゃん……違った、まゆちゃん、ちょっと起こしてよ」


「は?」

繭子は少し前、キヨコにハタかれた手を撫でながら、黒縁メガネの奥から冷たい視線を送った。

「なんか言いました」


「ごめん、ごめんなさい、ちょっと…起こして頂けまんか?」

キヨコは、比較的落ち着いた声で言い直したが、繭子の方を向くことができなかった。



「はい」

繭子は小さく舌打ちをしながら渋々、手の周り切らないキヨコの巨漢を、何とか抱き起こした。


「キヨコさん……また太ったんじゃないすか?」


「調子乗んなブス……」


「ブスじゃねーし、……ってか、こっちれっきとした女だし……」


「あ、それ言ったな……、言っとっけど、お前さ、女って以外、ナーンにもねーかんナ……洗濯板どころか、羽子板だかんな……」


「は?……板とかマジ意味わかんないんすけど……人間だし、人間以外の深海生物に言われたくないんすけど……」


「……テメェ、アンコウなら、アンコウって、ハッキリ言えコノヤロー‼︎」


2人は恨み言を言い合いながら、それなりに準備を終え、ホテル1階のフロントまでやって来た。


カウンターの前まで辿り着き、

フロント係の女性へ話しかける段になって、キヨコはすっかり息が上がってしまっていた。


「……話って何ですか?」

縛ったカーテンのような袖を頻りに引っ張る繭子に、キヨコは、

「ちょっと待って…ちょっと待てって!」

と、繰り返した。


フロント係の女性は、黙って2人を優しく見守っていた。


「あのさ、アンタ、名前さ、カナ…カナ……」


キヨコは息を切らしながら、フロント係の女性の顔を指差した。


金島加奈子(かなしま かなこ)です」


フロント係の女性は、嬉しそうに名乗った。


キヨコは息苦しいのと、事の重大さで、険しい表情を一向に崩さなかった。


「加奈子ちゃんさ……今日の夕方5時くらい……かな、か、金物の杖をついた初老の紳士って感じの男が、フロントに来んのよ……」


「お知り合いですか、おいでになったら、お通し致しますか」


「……いや、全然知らない人よ、絶対通さないで……相当危ない奴だから……」


「はあ、」

金島加奈子は訳が分からず固まってしまった。


「なんか、“雲”」


「雲?」


「名前に“雲”が付く人がこのホテルに泊まってるわよね、その“雲ナンとか”さんに会いに来るんだけど、何があっても絶対に会わせちゃダメ」


ゼーゼー言いながら飢えた狼のように加奈子を睨みつけながら、

今ひとつ金島加奈子に信用されていないと察したキヨコは、

この状況を解消しうる禁じ手を講じること決心した。


「加奈子ちゃんさ……つい最近、お金で失敗したわよね」


キヨコがそう言うと、加奈子の顔つきが変わった。


「……なんのことでしょう、存じませんが……」

明らかに焦り始めた加奈子へ、畳み掛けるようにキヨコは続けた。


「……男に、お金を騙し取られたわよね……」


「……私は貸しただけで……」


「いいや、それ騙し取られたのよ、アンタもそれぐらいわかってるでしょ、自分で、気づいてんでしょ、もう、お金も男も帰って来ないって‼︎」


キヨコは頬の肉をプルプル震わせながら、加奈子の小さく整った顔をまるで殴りつけるような大声で叫んだ。


キヨコの背後では繭子が他の客たちにペコペコ頭を下げていた。

「すみません、すぐ終わりますんで……発作みたいなもんなんですよ」


加奈子は、キヨコの顔面から発せられる凄まじい気迫に耐え切れず、

「いやー」と叫んで、耳を塞いだままその場へしゃがみ込んでしまった。


騒然とするロビーで、繭子がヘラヘラと笑っている。

「大したアレじゃ無いんで」


キヨコは、カウンターの天板の向こう縁を掴まえて、再び叫ぶのだった。

「隠れても無駄よ、現実を受け入れなさい……」


「……もう、やめて〜」


加奈子がカウンターの内側で、断末魔ともとれるような悲鳴を上げて泣き叫んで

いると、奥からフロントチーフの男性が飛び出して来た。


「金島くん、どうしたんだね……」


フロントチーフの問いかけに、加奈子は首を横に振るばかりだった。


「何なんですか、あなた方は……」


フロントチーフは、カウンターにかじりつくキヨコと、何故か泣いている繭子をを交互に蔑視した。

するとキヨコの矛先はフロントチーフにも向けられた。


「加奈子ちゃん、こんな男の甘い慰めの言葉に乗せられちゃダメよ、この男の言葉は下半身から発せられてるのよ、以前浮気がバレて奥さんと別居中なんだけど、奥さんには、まだまだ言えない事が、山ほどあるのよ……アンタにも言ってない秘密が、ホント山ほど……」


「ちょちょちょ……ちょっと……何を……根も葉もない言いがかりを、やめて下さい」


途端にフロントチーフは激しく取り乱し、周囲を気にしながらも、まるでボックスステップを踏むように右往左往した。


「例えばさ、取引先の営業の女の子……チーフさん分かるわよね……名前は室山……」


「あ、それは……」と軽やかなステップで遮るチーフ。


フロントチーフは、結局、キヨコの鋭い眼光に照準を合わせることすらできないまま、己を恥じるように床へひれ伏した。


「……チーフ、マジか……」


加奈子の泣き腫らした瞳にも、鋭い光が宿った。


「加奈子ちゃん、アタシがどう言う人か分かったわよね? 」


「わかりましたから、もう止めて下さい」


声を振り絞り懇願する加奈子は、鼻水を垂らしながら合掌した。


「チーフも、わかったわね、アナタが浮気に浮気を重ねようが、私には関係ないんだよ、霊視能力さえ信じてもらえりゃ、それでいいのよ……」


「ははー……」


加奈子とチーフは半ば土下座に近い態勢になったまま、カウンターの天板から御来光のように顔を覗かせるオカマの顔を揃って眩しそうに見上げた。


「加奈子ちゃん、頑張って働いて、バカな男どもなんか見返してやんな!」


「はい‼︎」

加奈子は、もう男に騙されまいと心強くに誓い、独りカウンターの中から、すっくと立ち上がった。

そして殺意に満ちた目でフロントチーフを見下ろすのだった。



その日の午後までに、フロントチーフが、なぜ早退したかは定かでないが、

斯くして、

キヨコの予言通り、金属製の杖をついた初老の紳士は所定の時刻

湖畔ホテルのフロントへ現れたのであった。


「あの、クリスティーナ・ヘインズとか言う小娘とは、話がついてるから安心しなさい」

キヨコは既に息が上がっていた。


「ヘインズじゃなくて、ヘイズですよ……キヨコさん、レモンサワーなんか頼むから呂律が……血糖値も上がっちゃいますよ」

繭子が、アイスコーヒーをストローで啜りながら言った。


「黙れブス」

と言ってキヨコは高そうな懐中時計を取り出し、時間を確かめた。

「もう、そろそろ時間だわね」


キヨコの視線の先で、業を煮やした初老の紳士は杖を振りかざし、金島加奈子の眼前に杖の先を突き付けた。

「よく見たまえお嬢さん、これが何か分かるかね」

杖の先には穴が開いていた。


加奈子は、よくよくその穴の中を見つめた。

その杖はまるで筒状になっていて、内壁に細かく刻まれた螺旋状の溝が、穴のずっと奥の方まで続いていた。


加奈子かキョトンと眺めていると、

紳士は杖の取っ手のボタンへ親指を乗せた。

「カナちゃん伏せなさい」

キヨコが咄嗟に叫んだ。


次の瞬間、紳士の杖は火を噴いた。

フロントの白い無地の壁に黒く焼け焦げた弾痕。

加奈子は寸手のところでカウンターの下に身を屈めていた。


「誰だ、貴様」

紳士は、キヨコたちのいるカフェスペースの方へ向き直った。


キヨコと繭子はソファーの陰に身を屈めたが、キヨコの背中が隠れ切らない。

「あんた、プロだろ、丸腰の素人相手に恥ずかしくないのか……」

と叫ぶキヨコの声は震えていた。


「銃を捨てろ」

と言う声とともに、10名ほどの軍服姿の男たちが、何処からともなく現れた。

そして機敏な動きで、銃を構えたまま紳士の周囲を取り囲んだ。


「これは、杖です」


紳士は、脚を引きずりながら杖をついて見せた。

「では、杖を捨てて両手を挙げろ」


銃を構えた男たちは紳士を凝視したまま微動だにしない。


紳士は溜息をひとつついた。


「聞こえなかったか、杖を床へ置け」


軍服の1人が声を荒げた。


「嫌だ…と言ったら、」


そう言って、灰色の紳士は杖を高く振りかざした。


軍人たちが一斉に銃の引き金を引くと、

銃弾を浴びた紳士の身体は、身体全体が熱したフィラメントのように発光した。


その眩い光は、周囲を呑み込んだ。

軍人たちの断末魔は、後から響いた爆音に搔き消された。

ホテルのロビーの照明や花瓶、窓という窓、ガラスというガラスが一斉に破砕した。

居合わせた人々は皆、一様に喘ぎながら目を塞いだ。


「キヨコさん…何すかアレ、眩し過ぎる目が潰れちゃう」


眼を塞いだまま繭子が必死に叫んだ。


「見ちゃダメ、何だか知らないけど、爆発よ、爆発!」


キヨコは繭子を必死で抱きしめて、泣き叫んだ。


その光は膨張しきると、空間の或る一点に向かって集約されて消滅した。


静まり返ったロビーに、灰色の紳士の姿はかった。


黒焦げになった鉄製のカウンターから、金島加奈子が、ひょっこり頭を出した。


「皆さん、大丈夫ですか……」


ロビーにいた人々の中には爆発で気を失った者もいたが、ホテルスタッフや客は全員無事のようだった。


繭子はキヨコによる抱擁の圧迫で、目を白黒させていたが、無事だった。

キヨコの服の背中がビリビリに破れているのを見て、

「ぎゃー!」と、

繭子は悲鳴を上げた。


キヨコはその声で目を覚ました。


「ウッさいわよ、ブス、耳もとで叫ぶんじゃないわよ」


二人は支え合いながら、フラフラと物陰から歩み出た。


戸外では夕闇が差し迫り、ホテル内も間も無く闇に閉ざされようとしていた。


「大丈夫ですか」


銃を構えた、米軍や自衛隊員が大挙してロビーへ雪崩込んで来た。


ロビーの安全を確認すると、彼らは手際良く発電式のバルーン型投光器を次々に運び込み、ロビー各所へ設置した。


「爆破犯と思しき男と、先陣を切って突入した10名の姿が、何処にもありません」

騒然とする軍人たちは、物陰を物色しながら彼らの遺体を探し回っていた。


「こっちよ」


キヨコが、元フロントカウンターの前で軍人たちを手招きしていた。


カウンター前の床には、円陣に立っていた10人の軍人たちの黒い影だけが放射状に、くっきりと焼きついていた。


つづく
























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