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第14話 甘い裁き(2)


第14話



某年、7月26日 午後2時、

橘の姿は、富士ヶ嶺地区の

《民宿よしむら》にあった。


相変わらず主人の吉村は上半身裸で、庭のベンチにもたれかかり、葉巻をくゆらせていた。


「相変わらず、怪しいことしてんね……」

吉村はニヤニヤ笑いながら、片手には収まりきらないくらいの紙包みを、重そうに橘の掌へ置いた。


「お互いさまじゃない……」


橘は重さを確めてから、包みの中身を見た。

そして上着の内ポケットから厚めの茶封筒を取り出し、吉村へ手渡した。


「相当、ヤバそうな事件(ヤマ)なの?」


吉村はそう言って、ショットグラスをベンチの座面へ置き、ジョニ黒のボトルを開けた。


事件(ヤマ)って、俺、謹慎中よ……」

橘はヘラヘラ笑いながらグラスに注がれる琥珀色の酒に見惚れていた。


「だって、デザトイーグルの50AEだよ、そんなんで戦争でもすんの?」


吉村は並々に注いだショットグラスを、橘の目の前にチラつかせた。


「勝負にもなりませんよ、相手が悪すぎる……」


橘は吉村の手から受け取ったショットグラスの中の酒を一気に飲み干した。


「……そんな感じか、まあ死ぬなよ」

そう言って吉村はまた葉巻を咥えた。


橘は、それについては返事もしないで、タバコを咥えていた。


すると吉村が俄かに話し始めた。

「……1か月ぐらい前になるかな、あんたが探してるものと関係ないかも知れないけど……」


「どうしました?」

橘は吉村を見た。



「夜中だよ、湖に船が出てたんだよ……投光器つけてさ、あれは磁気探査船だな、30年前に例の教団が手配したみたいなやつ……」


「磁気探査……どこで手配したか分かります?」


「それがさ、地元の漁協の人に聞いたら、帝国大学の生産技術研究所とか何とか言ってたかな……」


「……へぇ、帝大ね……」


「それが……場所がさ、あんた、知ってるかな……」


「なに?」


「湖底に“境界石”って馬鹿デカイ石が沈んでんの……」


「嗚呼、教団が探してたやつか…」


「そう、大昔、ここら辺に住んでた人たちが沈めたんだって、毎年さ地元の神主とかが 船で沖まで出て祈祷してるんだよ、その調査船が出てた場所がそこらへんなんだよね……あの船が現れた後ぐらいからかな、湖畔が騒がしくなったのは……」



「なるほどね……」


橘はタバコを深くすいながら、

昨日の、

木原捜査1課長との会話を思い出していた。


警視庁、捜査一課課長室


橘は、徐に部屋の天井を見渡した。


「わかりました、しかし、ここでお話する訳にはいかない、一度、外へ出ましょう」


数時間後、坂田、青島、橘、木原の4人は霞ヶ関を離れ、華やかな夜の丸の内にいた。


富士サンセイビルの最下層階のワンフロア全部が広い焼き鳥店になっていて、個室も完備されていた。

まだ時間が早いようで、店内に客は全くいなかった。

橘たち一行を店長が直接出迎えた。

「橘さん、お久しぶりです、皆さま、お待ちしておりました……粗末な店ですが、どうぞ奥へ、ご案内します」


橘を先頭に4人はゾロゾロと縦一列になって閑散とした店内をドン突きまで進んだ。


すぐ厨房の中が見渡せるような場所に、その個室はあった。

「こちらです、…あとここは電波を発するものは一切使えませんので、お気をつけ下さい」

と言って店長が一礼して立ち去ろうとすると、


「助かります、なに、隠し部屋?」

と、橘が笑って言った。


店長は照れくさそうに、

「いいえ、橘さん人聞きが悪いっすよ、VIP用の個室です」

と笑顔で返した。


部屋の内部は総じて黒塗りで薄暗く、一見すると天井と壁、壁とベンチ型の腰掛けの境目が見えない。

やたら明るい表のホールとはまるで異空間だが、橘は歌舞伎町で同じような造りの店に行ったことがあった。


「ヴィップ……」

青島と坂田は珍しそうに部屋中を物色した。

木原は全く部屋には関心を示さず、橘の動向を具に観察していた。


店長が戻って来て、メニューを見せた。

「橘さん、今日注文あります?」


「うーん、多分ない」

と橘は答えてから、

「しばらく、内緒話だから……」


「了解、じゃ放って置かせて頂きます」

店長はそう言って、個室の戸を完全に閉めた。



「なんだ、警視庁内部では、盗聴されてるとでも言いたげだな……」

冗談半分に青島が、席につくなり笑った。


「そうです、盗聴されてます」


元公安の橘の言い草に坂田も半信半疑だったが、公安では橘の後輩にあたる木原がニコりとも笑っていないことで、納得した。


「各自、バッグの中、ポケットの中のものは全てテーブルの上へ」


率先して、身体検査を呼びかけたのは木原だった。

全員例外なく、納得行くまで互いの身体を弄り合った。


それから、橘は懐からUSBメモリを取り出した。

「パソコン……いいっすか?」


青島がノートパソコンを橘の前へ差し出すと、橘はUSBスロットへメモリを差し込みファイルを立ち上げた。


フォルダを開くと何枚か写真ファイルが画面に映し出された。


「俺が、公安にいた頃、公安調査庁では、ツクヨミ教団が第6研究棟で大量破壊兵器を開発しているという情報を掴んでましたが、結局、それは見つからずガセだったと言うことで決着がついたはずでした。しかし“第6”は、取り壊されず残された。公には教団施設の取壊しのための公費投入に住民の反対があったと言うことでしたが……」


「……で、どうなんですか……」

と木原は、橘の手元を歯がゆそうに見つめて言った。


「銃撃騒動の後、同じく元公安にいた山梨県警の津田と一緒に、第6研究棟の地下室を確認しました」


橘はそう言って、ノートパソコンのモニターを木原たちの方へ向けた。

「……なにこれ?」

モニターを覗き込んだ木原の顔色が変わった。

「まさか……」


坂田と青島が顔を見合わせた。


「地下には頑丈な隠し扉があって、更に階段を下りると……こういう……」


「これが、現在の状態なんだよね、28年前じゃなくて、」

と言ったのは木原だった。


「そうです、おそらく我々が踏み込んだ28年前には、まだここまで完成はしてなかったのでしょう」


地下室は現在でも使用可能と言うより、最新の機器で埋め尽くされていた。


「この機器に囲まれた中央に、密閉されたガラス張りの部屋がりますよね」


橘はそう言いながら

写真を拡大した。


ガラス張りの部屋の中には、

巨大ロボットが持つようなビームキャノン砲のようなものが写っていた。


「まあ、これはS(スパイ)も知るところでしょうから、ここに居る全員で情報を共有しましょう、絶対口外はせぬよう」

木原は、坂田と青島の顔を厳しい顔で見つめた。

「ここまでは正直、察しはついてました、

と、言ってはいけないのでしょうが……」

と橘は余裕を見せた


「まるで、ガ◯ダムだな……」

青島が声を上げた。


「ニコラ・テスラという名前を聞いたこありますか?」

と橘。


「ニコラ・テスラ……」

坂田と青島は顔を見合わせた。


木原が、早口で、つぶやくように付け加えた。


「……19世紀中期から20世紀中期に活躍したセルビア人の発明家です、かのトーマス・エジソンとライバル視されるほどの人物でした。交流による発電、無線トランスミッターなど、実用的な発明も多数有ります。

しかし、ステラコイルのような意味不明な放電装置、電磁波による宇宙人との交信を試みるなど、その常軌を逸した行動から科学的な功績よりむしろ、カルト的疑似科学の分野で崇拝される存在として語られることが多い」


「それが……これとどう関係があるのでしょうか?」


当時の公安の捜査状況を知らない青島は、困惑気味で尋ねた。


「ニコラ・テスラはこのような電磁波を照射する銃を作り、実際に空へ向かって撃つという実験を行ったことがあるそうです、」


と橘。


「何のために……」と青島。


「一般には、天候を変えるためと言われていますが、一説では空間を歪める実験だったとも、空間に穴を開けるためだったとも言われています……周囲の近しい人間には“いつか地球を割ってやる”と豪語していたそうです……テスラの研究結果はアメリカではFBIが押収しましたが、東側ではユーゴスラビアを通じて、ソ連へ情報が流れた。教団で製造されたこの兵器の基本設計はおそらく、ロシアから流れて来た設計図によるもので、更に言えば、出力、精度共に改良されたもである事は間違い有りません」


橘は、殆ど木原の方を向いて話した。



「とは言え、半壊した“第6”だけでは施設として狭すぎる、実用性のある兵器を量産することは、不可能でしょう」


木原は、改めてモニターを眺めながら言った。



「いいえ、おそらく大学の研究施設の提供や、企業のバックアップはあると思われます、教祖“アヌマティ”を名乗っていた月形翔子を始め、多くの幹部は国の最高学府である帝国大学の在学者ばかりでした、公安が逮捕出来た教団員の多くは、一般的な家庭の出身者、殺人に加担した凶悪犯のみにとどまり、政治家や官僚の子女、大企業の御曹司などは、たとえテロ計画へ参加したメンバーであっても、名前を伏せられ、送検すらされなかったケースが多い、公安調査庁はその後も彼らへの監視を続けると、局内で公言していましたが……舌の根も乾かないうちに、当時法務大臣の息子で元教団員の大槻誠一が警察庁へ入庁した事で、状況は一変しました、教団捜査に関わった公安の捜査官たちの中でも下っ端の我々は、栄転と言うかたちで公安から遠ざけられました……」


と、橘が言うと、

木原もやり切れない思いを膝に打つけた。


「あれは、異例の公安解体だったよな」


青島が呟いた。


「大槻誠一は確か、園蔵権三の娘と結婚して、確か園蔵姓になったのでは………」


坂田は暗い顔のまま、モニターを見ながら固まった。


「と言うことは、我々の敵は警察庁公安部の園蔵誠一警備局長……と言う事になる……」


と、青島はテーブルへ突っ伏した。


「……ちょっと、ビールでいいですか?」

青島の不甲斐ない声は、木原の耳には届かなかった。

坂田はショックのあまり無言のまま固まったままである。


木原と橘は、何やら次の策を模索し始めていた。


「旧教団員、旧教団施設の動向を監視すべき公安が機能していない、……端的に言わせて頂けば、国家の公共の安全が脅かされていると言うことになります、

我々は警察官として、いま何をすべきか、いま一度、自らの心に問わねばなりません、警察官として、そして1人の人間として己の心の正義を貫く時です」


そんな言葉を発した木原の瞳の純粋な輝きを、橘は信じることにした。


きっと、いま我々こそが警察だ。

その一見傲慢過ぎる考えを疑えば、警察組織全体が潰れてしまうと、

橘の心の声は、叫んでいた。


「この件の捜査に関しては、我々が独自に全権を担うこととします、

なお、橘 警部補は正式な処分が下るまで謹慎とします、謹慎中の行動に関して

当局は一切責任を持たない」


木原は厳しい表情で、そこにいる1人1人の顔をゆっくりと眺めた。

橘は、薄っすらと笑顔を浮かべていた。



「以上、飲みましょう」

木原の顔に笑顔が戻った。


つづく







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