第11話 甘い裁き
主な登場人物
クリスティーナ・ヘイズ
……謎のお嬢様、理論物理学等の科学者
アイリス・レーゼンビー大尉
……在日米軍司令部所属の情報士官
スティーブ……ヘイズ家の執事
田守喜一郎
……東京通信科学大学名誉教授
橘…警視庁捜査一課犯罪捜査9係主任
瀬田…橘の部下
坂田…橘の上司、警視庁捜査一課管理官
青島…橘の上司、警視庁捜査一課9係係長
木原…警視庁捜査一課課長
宇佐木 徳治
……《飴屋金五郎商店》の店主
第11話 甘い裁き
本栖湖、湖畔ホテル敷地内には、在日米軍司令部と自衛隊統合幕僚監部による日米共同仮設研究棟が設置されていた。
仮設研究棟は、全天候に対応した総特殊強化樹脂製のドーム型の建物で、東京ドーム約0.6個分の大きさ、光沢のある乳白色で見た目も東京ドームに近かった。
近隣の居住者たちや観光客には、緘口令が敷かれ、ホテル周辺にはバリケードが張り巡らされ半径3km以内の関係者以外の立ち入りは当然固く禁じられた。
しかし居住者たちの中では物々しい警備態勢にもかかわらず、それを「本栖湖ドーム」などと呼び、完成して一晩足らずで「巨人戦はまだか…」「外タレのコンサートは」と、イベントを心待ちにする声が密かに囁かれた。
その規制線の外で、自衛隊員たちに見張られながら散歩する近隣住民の中に、電動車イスの宇佐木徳治の姿もあった。
霧の立ちこめる湖畔に、不時着した宇宙船のように浮かびあがるドームを
ぼんやり見つめながら、ただただ圧倒される人々の中にあって、彼の視線だけは施設の外壁を熱し貫かんばかり鋭かった。
その徳治の視線の先で、新たな動きが起こっていた。
東京通信科学大学の名誉教授 田守喜一郎らが率いる地質調査団の一行が、米軍の招きに応じ合流していたのだ。
米軍職員に誘われ、田守教授らは、ドームの心臓部とも言うべき中央管制室に通された。
「早速ですが、こちらがNGA(アメリカ国家地球宇宙空間情報局)の偵察衛星ラクロスSARから現在送られて来ている画像です」
管制室の職員が、配線が剥き出しになった白い壁に、10台ほど設置されている液晶モニターの一台を指差しながら言った。
「今回、観測された磁場の変動をグラフィック化して添付した映像がこちら」
職員がキーボードを叩くと、画面全体がピンク色に染まりところどころ紫や緑、黄色いところもある。
「なんじゃ、こりゃ……」
田守教授は、鼻頭あたりで遊んでいたメガネを指で持ち上げて、眼を剥いた。
「この緑の波形が、異常に強い電磁波の流れを示しています」
と言いながら職員は紙束のレポートを教授へ手渡した。
「……おお~、太陽並みの線量だな、これは冗談かなんか?」
教授は歯を見せて笑った。
「いいえ、列記とした調査結果です……」と職員。
「こんな線量が撒き散らされたら、日本中が焼き尽くされるだけじゃ済まない……」
田守教授は、頭を抱えながら椅子に崩れ落ちるように座り込んだ。
「もちろんです……この“太陽”は先週、磁場の変動と共に現れ、本栖湖上空
で不気味な均衡を保っています」
職員は、グラフィック映像をアニメーションにして、直近一週間の経緯を田守へ示した。
「原因は?」
田守教授は溜息混じりで尋ねた。
「まだ、わかりません、人知を遥かに超えた現象としか……」
「それは違う、この宇宙の現象の前では人はまったく無知と言っても過言ではない、神の真理は常に人類の遥か先にある……」
職員は、田守教授のそんな言葉に感服した様子で微笑んだ。
「ところで、田守教授は、“レイライン”の研究に余念がないとか……」
職員は唐突に話題を変えた。
田守は照れくさそうに笑った。
「……公表してないけどね、どこでそれを?」
「よく、ご存じの方が別室でお待ちです、今回お越し頂いたのも彼女の肝いりで……」
職員はレポートのデータを凝視する田守教授を隣の部屋へと誘った。
「彼女?」
隣の会議室では、世界各国から集められた選りすぐりの知識人達10名とNGAなど米軍関係者が長テーブルを囲んで、まるで日本の宴会のように賑々しく雑談していた。
「お~来たな、プロフェッサータモリー」と真っ先に声をかけたのは、《飴屋金五郎商店》で購入した《ソフトさきイカ》を口に咥えたクリスティーナ・ヘイズだった。
「なんだ、クリスか、お前が俺を呼びつけたのか」
と田守教授はクリスティーナの隣のパイプイスに腰掛けた。
「あたり前田のクラッカー……そうだ、タモさん、会ったら渡したい物があったんだ」
「……お前、普通は出向いて来るもんだろ……」
「……私、普通じゃない、もちろん、あなたもね……」
クリスティーナはテーブルの上へ置いた特大のビニール袋の中を何やらゴソゴソ物色し始めた。
「ないや、ちょっと……スティーブ、例のものを」
とクリスティーナが叫ぶと何処からともなくスティーブが、全長30cmほどの小包を持って現れた。
「こちらで、ございますね」
そう言って彼はその小包を田守教授の前へ置いた。
小包の宛名は《田守喜一郎》とあった。
送り先も目黒区の彼の自宅だった。
教授はすぐさま包みを解いた。
小箱に入ったウィスキーの小瓶らしかった。
「ラベルを見る限り、100年物のスコッチだね、しかももう閉鎖された蒸留所のものをブレンドしてるやつだ……このブレンダーは有名だから知ってる」
そう教授が、ホクホク顔で瓶の蓋を開けようとすると、スティーブがその腕を押さえつけた。
「え……?」
教授が驚いて、怪訝な顔でスティーブを
睨むと、スティーブは申し分けなさそうに項垂れた。
「タモさん、瓶の下にカード入ってるでしょう?」
とクリスティーナが険しい顔つきで言った。
田守教授は木箱の中から2つ折になったカードを取り出し、徐に開き、書かれている文言を読み上げた。
「……ご協力をお願いします……MEF、このMEFってのは?」
教授がカードから視線を起こし、クリスティーナを見ると、彼女はソフトさきイカを咥えたまま、首を傾げた。
「おそらく、“Moon Eclipse Foundation”(月蝕財団)の略かと存じます、」
スティーブが横から教授へ話しかけた。
「なにそれ、寺山修司のなんか?」
と教授がにやけながらスティーブを見上げると、
今度は、クリスティーナが口を挟んだ。
「私も最初、プロレス団体と思った、でも違った、私へ送られて来た方にはエンブレムがあった、覚え見……見憶えあると思う」
田守教授はクリスティーナが差し出したカードを覗きこんだ。
「これは、《ツクヨミ教団》のマークだね」
「私も、そう思った、ウィスキーはロンドンから発送されてる。でもMEFなんてSIS(イギリス秘密情報部)もCIA(アメリカ国家中央情報局)も知らなかったと言ってる」
「クリス、どういうこと?」
と教授が尋ねると、
クリスティーナは、ウィスキーの瓶を手にとって、真相を語り始めた。
「これは、私がCIAへ通報して、タモさんに届く前に取って来てもらったもの……、ここにいる、他の国の科学者たちのところにも其々趣味嗜好に沿ったシナモンが送りつけられていた、全部、私がCIAに言って回収させた」
「なんで」と腑に落ちない田守教授に、
クリスティーナは更に続けた。
「X線でスキャンしたら、毒物が仕込まれてあった、この瓶の蓋の裏にも、スクシニルコリンに近い合成化合物が仕込まれてあって、蓋を開けると同時にアルコールの中に混入される仕組みになってる、匂いを嗅いだだけでも軽い麻痺が起こる、飲んだら数時間後に心臓ヘッサで死ぬよ、死亡直後すぐに検死しないと、多分、毒物は検出できないレベルだと思う」
あまりのことに、言葉を失う田守教授の肩へ、アイリス・レーゼンビーが触れた。
「……お取り込み中に申し訳有りません、全体の合同会議を始めるにあたって、事前に教授のご見解をお尋ねしておきたい事案があるのですが、NSAとNGAの情報士官が現状をご説明いたします、どうぞこちらへ……」
「中々、キツイ話だな……でも、心臓ヘッサって……」
田守教授は、ぶつぶつ呟きながら席を立った。
アイリスは、クリスティーナに向かって
険しい表情で、
「その話をするのは、まだ早い……」
と言うような類いのことを声を出さずに訴えたが、クリスティーナは気がつかないフリをして、ソフトさきイカを1本取り口へ運んだ。
田守教授は男性士官達に支えられるようにして、会議室中央に置かれたホワイトボードと大型モニターの前へ連れて行かれた。
「スティーブ、私、なんか悪いこと言った?」
とクリスティーナは、壁を背に突っ立っているスティーブの顔を見た。
彼は無言のまま、首を横に振るだけだった。
◆
一方、東京の警視庁捜査一課課長室では、机に陣取った木原捜査一課長の前に2人の男が直立していた。
「橘さんから連絡は?」
と声を発したのは、小柄で線が細く色白で、最近髪が薄くなって来たという容姿から、“もやし”と渾名されている捜査一課長木原貞清だった。
「3時間前に、静岡の警察病院を出たと聞いております、ね、青島係長」
続けて、管理官の坂田龍悦がそう言って、係長青島の顔を見た。
「警察病院から、こちらへ真っ直ぐ向かっている……に、違いありません」
隣で、青島が苦笑いを浮かべた。
「つまり、警察病院を出てから音沙汰は、ないのですね」
木原の言葉で、改めて室内の空気が凍りついた。
そうとは知らない橘は、お気に入りの若い女性警官の砂川みはるを伴って廊下を歩いていた。
「係長と管理官が、課長室に呼ばれてるそうです。橘さんも到着次第来るようにって……」
みはるの言葉を聞き流し、橘は彼女の手を握った。
「俺、本気なんだよ、女房と別れたの、聴いてるでしょ?」
「だから何ですか、いま関係ないでしょう」
「本気で、考えてよ……」
「その件でしたら、3回お断わりしたんで、もうないっす、それより……」
みはるは無言で課長室の方を向き
「行け!」と言わんばかりに力強く指差すと、橘の手を振り解いて駆け足で逃げ去って行ってしまった。
「……ったく、」
橘は、気が重いと言った表情で溜息をひとつ吐いた。
課長室の扉に耳を付けると、まるで誰もいないように室内は鎮まり返っていた。
橘は息を殺して、そーっと扉を少し開けて中を覗いた。
橘が主任を務める捜査4係の係長青島の背中が見えた。
「橘さーん、入りたまえ」
木原課長が大声で叫んだ。
「みんな、待ってんだぞコラ!」
青島係長が振り向いて、扉を内側へ強く引いた。
ドアノブを掴んだままの橘の腕が伸びきったかと思うと、それが縮もうとする力がまた扉を閉めにかかった。
逆に青島が足を取られてしまったが、そこに坂田が加勢した。
青島と坂田は地面から大きなカブを引き抜く要領で「……っせーのっ!」という掛け声で、橘を扉ごと部屋の中へ引きずり込んだ。
「橘さん、こちらへ……」
木原課長の冷静な声が、まるで天から降り注ぐように部屋全体に鳴り響いた。
床へ膝をついた橘の両脇を坂田と青島が抱え上げた。
橘はまるで出廷した被告人のように木原の前へ召し出された。
「痛い、痛いって、怪我人だぞこの野郎……」
橘の悪あがきを聞くことなく、
坂田と青島は木原課長の机の前へ、彼を無理矢理立たせると、各々1歩後ろへ後退し、気をつけの姿勢のまま黙した。
「さて橘さん、お怪我の方は、大丈夫ですか」
木原課長の問いに、橘は無言で頷いた。
「ちゃんと……返事しろ、無礼者!」
青島係長が、激昂する声が廊下まで鳴り響いた。
「すみません……大丈夫っす」と橘。
「青島くん大声は控えて下さい、これは我々だけの密談ですので……」
と言って木原は、ややしばらく静かに橘を見詰めていたが、唐突に声を荒げた
「何をやってるんですか、橘さん!」
「はっ……」
橘が悪怯れず聞き返すと、
木原は、また同じ声量で怒鳴った。
「何をやってるのかって聞いているんです」
坂田と青島はオロオロと狼狽した。
「 園蔵邸の襲撃事件に関連した、幾つかの事件を、鋭意捜査中でして、報告できる状態では……まだ、」
橘の、トボけたような態度に、
坂田は落胆したように、額を押さえて、溜息を吐いた。
「そんなのが通用すると思うのか報告書を上げろ、各方面所轄から先に報告があがってきている、一部でお前の身柄を拘束すべきという勧告もある……」
木原が坂田の言葉を遮った。
「それはいい…私が聞きたいのは情報です……もしや25年前のツクヨミ教のテロ被害者の弔い合戦をやるおつもりで動いてらっしゃるのですか?」
「現時点では、なんとも」
と橘。
木原は、数回、深呼吸をして、落ち着いて話せるよう努めた。
「まあ、良いでしょう…では、まず私の話を聞いて下さい」
橘は、ただ背筋を伸ばし乱れた襟を正した。
木原はまた溜息に似た深呼吸をして、間も無く調書を片手に声を張った。
「瀬田刑事に対し発砲し重症を負わせた、山梨県警地域課の麓巡査は、あなたと瀬田刑事が事前の許可無しに、不法に法務省管理地へ侵入したため、制止しようとしたが、橘警部補は制止を振り切り同管理地へ侵入、瀬田刑事に至っては、同巡査並びに同僚の中垣巡査に対して、銃口を向け発泡を試みたため止む無く、発砲し応戦したと、言わば正当防衛を主張しています、この真偽のほどはどうか、先ず、あなたに確認したい…」
「概ね、そのように解釈できる出来事が有りましたが、事実とは大きく異なります」と橘。
「どう、異なるのか……」
「私は、重要な捜査の一環として敷地内へ侵入しましたが、瀬田刑事には侵入の意思はありませんでした、彼が私を気遣い後を追ったにしても警官たちにいきなり発砲する事はありえません」
その時、橘の脳裏に瀬田の悲痛な叫び声がよぎった。
「主任、逃げてください……」
血だらけで横たわる瀬田の右手には確かに拳銃が握られていたが、安全装置が掛かったままだった。
「瀬田刑事は確かに銃を握ってましたが、安全装置が掛かったままでした、両巡査に対し、意図して銃口を向けたならば……殺意があったならば、前もって準備していたはずです、つまり瀬田は、発砲される事を予見し、若しくは発砲されてから銃を抜いたと考えられます」
橘は木原の目を真っ直ぐ見つめた。
木原は微かに頷いて、
「山梨県警捜査一課の津田警部補も同じような見解を述べたそうだ……次に橘さんの行動について、なぜ中垣巡査を射殺せねばならなかったのか……報復のためですか……」
富士ヶ嶺地区旧ツクヨミ教団第6研究棟での銃撃騒動の後、橘は直ぐに瀬田の妻である美世へ一報を入れた。
「美世ちゃん、ごめん瀬田が撃たれた、ごめんな……病院はとりあえず、静岡の国立医療センターな……」
電話の向こうでは、美世の泣き叫ぶ声。
遠くに長女の喚き声も重なって聞こえた。
「美世ちゃん、重体だけどさ、瀬田頑張ってるからさ、どうか……落ち着いて、一刻も早く、向かってあげて……」
橘にはその声が、まるで瀬田家族の断末魔のように心に重くのしかかった。
課長室の空調が自動的に切れた。
青島の額を汗が流れた。
室内は途端に熱気に満ちた。
木原課長の前で橘は暫し沈黙を保った。
「早く答えろ」
坂田は堪らず口を挟んだ。
「……わかりません、わかりませんが瀬田が、死んだと思いました、そのために
致命傷を回避する行動をとる余裕はなく、冷静な判断ではなかったと思います……」
木原は、それを受けて
「麓巡査の供述が、事実として認定されれば、橘さん、あなたは懲戒免職だけでは済まない……殺人犯だ……とりあえず、処分が確定するまで、謹慎ということになりますが……」
橘は、魂が抜けたように固まったまま、動かない。
木原は、憔悴した橘の形相に構わず、
尚も話を続けた。
「このまま行くと、橘さんは十中八九、警察を追われますね…」
木原は嘲笑うように、橘を見た。
「いい気味です」
木原のポツリと吐いた言葉に直立したままの3名は、
ハッとした。
「今まで、自分こそが警察だと、法だと言わんばかりに傍若無人に振る舞ってきた結果が、これです。
部下に瀕死の重傷を負わせ、自分は犯罪者の汚名を着て…………、これが警官としての惨めな末路、………正直、私は、新人の頃から、あなたという人間が嫌いでした、命令を無視してスタンドプレー、報告は中々あげない、傲慢な自信家、いつも若い者を見下して叱咤するくせに、自分には甘い、……あなたが警察を去ると聴けば喜ぶ人間も多い事でしょう……きっと私が一番喜ぶだろうと、あなたは思っているでしょうね……、でもね、こう見えても、私は、警察官として、あなたを誰よりも、尊敬してるんですよ………驚きましたか?」
橘はまたハッとして、木原を見た。
木原の潤んで赤らんだ目からは、今にも涙が溢れ落ちそうだ。
「あなたは、常に正義を重んじる立派な警察官だ……常に私の前に立って道を照らしてくれているんです、そうじゃきゃ困るんです、そんな人間が犯罪者じゃ、我々捜査一課の汚点じゃ、私たちはこれからどうすればいいんですか?……何を信じればいいんですか、教えてくださいよ……」
木原は、涙を流しながら、机上に拳を叩きつけ、立ち上がった。
そして橘へ迫った。
「課長……」
青島が静止しようとしたが、坂田が無言でそれを制止した。
「あなたは、私が新人の頃、よく言いましたよね、“もっと考えろ”、“ちゃんと周りを見ろ”“自分の心に何が正しいのか問え”って、あなたが今の私をどう思ってるかは知りませんが、私は今でも、あなたに教えられたことを愚直に全うしてるんです……そんな私を信じられませんか?……裏切り者だと思ってらっしゃるんですか?」
木原は、橘の上着の襟を掴んで引き寄せた。
「橘さん‼︎」
「課長……それはちょっと……」
興奮する木原に坂田が堪らず割って入ると、
橘を睨みつけたままの木原は、取り敢えず襟から手を離した。
「私たちは、真実が知りたい……それがどんなに不条理なものでも……あなたがたが同じ警察の人間に命を狙われたことは明白だ……違いますか?
橘さん、教えて下さい、あなたと瀬田刑事は、昨日、あそこで何をしていたんですか?」
木原の硬く握り締めた拳は震えていた。肩が呼吸と共に上下し、無言の橘を凝視する瞳は、涙で充血していた。
橘は少し目を閉じてから、自己と対話するように数回頷いた。
「分かりました、お話しましょう」
つづく