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第10話 ヒキガネ




県道71号を南下していたスバルB4は、かつて《ツクヨミ教団》が拠点を置いていた富士山ヶ嶺地区の、とある地点で停車した。


「……教団の施設は第7研究棟を除いてみんな取り壊されたんじゃ……」

と言った瀬田が見上げていた建物は、第6研究棟だった。


「表向きはな……、第6研究棟には、公安内でも俺たち下々の者には知らされない“何か”があった、噂じゃ日本がひっくり返るぐらいとんでもない兵器だったらしいがな……」

と、そそくさと車を降りた橘がスタスタと、早足で敷地内へ入って行った。


「橘主任、いくら何でも俺たちだけじゃ、危ないっすよ、津田さんたちを待ちましょう……」

瀬田は、車の中から叫ぶ。


「何だお前、ビビってんのか、じゃあ来なくていい」


橘は、雑草が背丈ほども生い茂っている敷地の中へ消えて行った。

「マジか~……」

瀬田は徐に車のダッシュボードの下の、グローブボックスを開けた。

背広の内ポケットから、定期入れを取り出し、その中に挟んである家族の写真を

見た。

妻の美世が、生後6ヶ月頃の娘さなを抱いて微笑んでいる。

「……美世、さな、パパは日本を守るぞ……」

そう呟き、彼はグローブボックスの中の拳銃を取った。



瀬田が施設の入り口付近まで来ると、

警察が張ったと思われる規制線の黄色テープの前で、橘が2人の制服警官と何やら押し問答をしていた。

その光景を目にした瀬田は、

(あ、やっぱダメだったか……)と少しホッとした…のも束の間、橘は警官たちを次々と跳ね退けて、規制線の中へ入って行ってしまった。

「あーもう……」

さっき瀬田が津田へ電話した時は

「了解、すぐに俺も向かう」と言っていたが、県道を往来するのは大型車両ばかりだ。

津田たちは一向に来る気配がない。


「仕方ねーな、行くか…」瀬田は深呼吸して、意を決した。


瀬田が規制線へ近づいて行くと、

制服警官たちは、無線で何処かと交信していた。


「警視庁捜査一課捜査9係、主任のタチバナ、タチバナと名乗っています……指示を乞う……」


イヤホンなので、相手方の声は聞こえな

かった。


「同じく捜一(そういち)の瀬田です、押し通ぉーる!」


瀬田が、叫びながら通り過ぎようとした瞬間、その警官の口から発せられた言葉に、彼は耳を疑った。


「……はい、命令を復唱します、“排除”

命令は“排除”ですね、了解……」


瀬田は、身の丈ほどの雑草を掻き分けながら、施設の入り口へと急いだ。


「主任……、逃げてください、主任……罠です、罠です、……逃げろー!」


瀬田は建物内の橘に聞こえるよう、走りながら大声で、必死に叫んだ。



内壁がすべて剥がされ、コンクリート面が露見し床板も全て壊された建物内で橘は、二十数年前、急襲部隊とともに此処へ踏み込んだ時のことを思い出していた。

どの部屋も、あの頃の面影は既にない。

「やはり、何も無いか…と思いきや、地下から吹き上がる生暖かい風を感じた。

「そうか、地下か……」と思った矢先、


懐の携帯電話がけたたましく鳴った。

遠くから微かに、瀬田の声が聞こえる。


「主任……、逃げてください……、主任……、罠です……、罠です……」


携帯の着信は、瀬田からだった。

橘はすぐ応答ボタンを押し、耳へ携帯を近づけた。

次の瞬間、“パーン”……“パーン”と、2発、あまりに軽過ぎる銃声が、遠くから……そして、橘の携帯の中からも……少し遅れて鳴り響いた。


「瀬田ぁー……、瀬田ぁー……」

橘は、気が狂うほど大声で叫んでいた。


携帯電話から、僅かな呻き声と共に瀬田の声が小さく聞こえた。


「主任……大丈夫っす……俺、大丈夫っす……勝手に……逃げてください……」


瀬田の声が、段々小さくなってゆくのを

橘は感じた。


まもなく制服警官たちが、薄暗い施設内へ、ヅカヅカと入り込んで来たが、


既に橘の姿は消えていた。


警官たちはライトで暗がりを照らしたが、橘の姿は、どこにも見当たらない。


制服警官たちは、努めて息を殺しながら、奥へ奥へと進んで行った。


送電は当然切られている、その上、元々窓も少ない施設内では、奥へ進めば進むほど、日の光の届かない暗がりが、どんどん広がっていった。

制服警官らの視界は、段々暗くなってゆくが、橘には、光を放ち、更に光を背負っている彼らの動きが丸見えだった。


不意に、

“ズドーン”重苦しい銃声が1発、

2人の制服警官のうち先を行っていた1人の脳天が火に貫かれた。


“バタり”と魂の抜け落ちた体が、泥の地面に横たわった。


もう1人は、仲間の死体を見つけ、

「……ヒーッ、」と掠れたような悲鳴を上げた。

そして狂った様に暗がりへ向かって“パーン”、“パーン”とリボルバーで2発撃ち込んだ。

「……へたくそ」と暗がりから声が聞こえると……警官は、声のした方へまた“パーン”と一発撃ち込んだ。

「お前が、瀬田(あいつ)を撃ったんなら、もうそれで(しま)いだな……」と橘の声。


すると、その警官は「ヒャー……」と、また悲鳴をあげて、外へ向かって一目散に走り始めた。


すると、暗がりから

“ズドーン”

と、もう一発。

今度は、その警官の右大腿部へと命中した。



地べたへ倒れて尚、光を目指し、必死に這って逃げようとするその警官のもう一方の足を踏みつけて、橘は彼の頭に銃口を突きつけた。


「俺のはコルトパイソンなんだよね……頭がなくなっちゃうよ」


「助けて……」銃口で制帽を脱がされた男は震えながら息を吐いた。


「何か言った?」


「助けて……」


男が見上げた橘の目は完全に“すわって”いて人の心の機微を全く感じさせなかった。光を一切通さない暗黒の瞳がただそこにはあった。


あとは、ただ引き金が引かれるだけだった。

相対する2人のうち、どちらとも、それ以外の事を想像してはいなかっただろう。


パトカーのサイレンの音で、橘は我へ返った。


蜘蛛の子を散らすように次々と警官たちがパトカーを降りた。


大腿部を撃たれた制服の男は、山梨県警の警察官たちによって、橘から引き剥がされるように取り押さえられた。

「被疑者1名、確保」


「警官らしき男性1名、死亡確認」


各所で、次々と声が上がった。


「瀬田警部補、聞こえますか、聞こえますか、」警官たちの声が草むらの奥から響いた。

「瀬田警部補、反応ありません……」


瀬田は、背中と脇腹へ一発ずつ銃弾を受けていた。


「橘さん、橘さん…よく耐えた」

津田が、声を震わせながら言った。


「え?」

と橘が、聞き返すと、


「引金を引かなかったじゃない、被疑者1名は生かして確保出来たよ」

と、津田が橘の肩を叩くと、

彼は、

「……あっそ、俺、引金、引いてなかったんだ」

とポツリと呟いた。


津田は、橘の右腕をそっと掴んで、

その手から拳銃を取り外してやった。


「あとは、俺たちに任せてよ先輩……」


「いや、ダメだ…」


橘の指先から、血が滴り落ちた。


「撃たれてるよ……先輩……わかってる」


「こんなもん、傷じゃない、撃たれたうちに入んねぇよ」



救急車が到着すると、津田はいったん橘から離れた。

「何やってんの、遅いよ、早く運んで、そっち、そっち……」

津田が叫びながら走り回っている。


腕から血を流している橘も救急車へ乗るよう警官たちに促されるが、彼はその手を振り払う。


「瀬田は?」


橘は、瀬田が載せられたタンカーへは目もくれず、自分のところへ近づいて来た救急隊員へ話しかけた。


「……かなり、重症ですが、息はあります、予断を許さない状況です……あなたにも、ご一緒に……」


と救急隊員は、橘の腕を取ろうするが、やはり振り払われる。


「……あいつが、無事ならいいや」


「あなたも、怪我を……」


「俺は、大丈夫だ……早く、あいつを連れてってやってくれ……」


橘は、少しふらつきながら、施設の方へと戻って行った。



つづく

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