少女邪心。
これで、終わり?
…僕が彼女を苦手なのは、彼女が何を考えているかわからなくて、どうしようもなく不安になるから。
僕はそれでも助けたい。彼だけは。
相崎 結乃はクラスで一番可愛い女子だ。僕は小中高ともに相崎と同じで、高校一年では同じクラスになった。そして僕は、彼女が苦手だ__
「ええ?好きな人?…もう!いないよそんなの!っははは!ホントだって〜」
相崎と女子達が、クラスで話していたのを僕らは聞いていた。
「なぁ、駿河〜。お前結乃ちゃんと仲いいだろ?どうにかしろよ!!!」
「…どうしてどうにかしなくちゃならないんだよ。お前狙ってるの?やめときなよ。勝ち目がない。」
「うるっせえな!ほっとけ!!あの可愛さは絶対惚れるだろ。ああ〜どうにかして彼女にしたい。」
「…あんま変なことはするなよ。」
6月下旬。もうすぐ夏休みになりつつある日差しはきつくて、蒸れた制服が汗で張り付いて、鬱陶しくて仕方なかった。
帰り道、そんなイライラしていた時に、ふと思い出したかのように行先の方向を変えた。
商店街を抜けるとその道の先に公園がある。高校入学時に買った黄色のクロスバイクと共にその公園へ進んでいく。
ガチャン__
と、公園の入口付近にクロスバイクを止めて奥のベンチを見る。そこには見知った人影があった。
「あっ!……おーい真人!アイス食べる?」
僕の大声に反応して「…食べる。」と答えた少年は、暑い中黒いフードを被り、長ズボンを履いていた。
僕はベンチに近づいて、アイスを半分に割って少年にあげた。
「今日は来てたんだ。…もしかして、学校行かなかったとか?」
「一学期はもう無理。諦めた。家もうるさいし、クラスの女子も無理。」
「…そっか。仕方ない。何気に会ったの久しぶりだ。せっかく高校生になったのに、あんまり自分が変わった感じしないな。」
「あんたは高校生になったって、成人したって、多分変わんないよ。…そうだね、世界にあんた以外の人が消えれば変わるかもな。助けたいんだとか、ふざけた事言わなくなるかも。」
「おいおい。なんか嫌なことあったでしょ…すごい当たられてる気がする。それに、そこまで言われるほどお節介はしてないよ。」
「してるよ。今も。」
「………いや。僕も話を聞いてもらってるから、お互い様だよ。」
目の前の少年はため息をついて、突然腕の裾をまくった。
「さっきさ、嫌な事あった?って聞いてきたじゃん…そう、正解。実はクソ親父帰ってきたんだよ。思いっきり腕にタバコ擦り付けやがって、痛すぎて逃げてきた。」
「え、嘘。本当かそれ!てか叔母さんは?!いるんじゃないの?!それに…父親は遠くに住むことになったんじゃないのかよ。」
「…しらねえ。叔母さんいないし親父帰ってくるし。もう全部嫌になって半日ここにいた。お前来てくれてよかったよ〜しんどかったから。」
「真人…。なあ、今日僕の家、じいちゃんしかいないから泊まってけよ。さすがに今日は帰ったらヤバいって。」
「うおー!ほんと!!やった!じゃあ泊まらせてもらいまーす」
真人とは2年前に知り合った。出会った時はあまりにも切なくて、僕自身もショックだった。あの時は事情を勘違いしていたのかも知れない。でも今は、こいつを、相崎 真人を助けたいと思っている。
僕が中学生の頃はバスケ部に入っていた。そして女子バスケ部だった相崎 結乃と、よく話すようになった。
彼女は最初、明るくて優しくて非の打ち所のない感じがして苦手だったのだが、ある日そんな彼女が見せた、唯一の汚点を僕は知ってしまった。というかその決定的瞬間を見たのだ。好奇心で少し軽率だったかもしれなかったけど、僕は彼女に直接その事を聞いた。
「もしかしてさ、……虐待。じゃ、ない?…それ。」
「………あーあ、見ちゃったか…。駿河くんは気にしなくて大丈夫だよ。他の部員の子とかには言わないでね。お願い。」
それでもどんどん彼女は辛い状況になっていて、普段明るい彼女からは想像も出来ないような酷い仕打ちを、僕だけはよく相談されるようになっていった。詳しく何をされたとかではなく、いつ頃から何がきっかけでとか、原因とこれからどうすればいいかなどを話し合っていた。
だけど、高校受験前には、彼女の家庭事情はキレイに、なんとも呆気なく解決したのだった。
「よかった!私ね、お母さんの方についてく事にしたの。だからもう痛い思いしなくていいんだ〜!駿河くんさ、本当にありがとう。聞いてくれるだけでもすごい助かったよ。私やっと普通に暮らせるんだー!しあわせ〜」
「よかった。いや本当にさ、お前が本気で笑ってるの久しぶりに見たかも知れない。……あぁ、でもさ、」
「ん?…。」
「あ、いや別に。本当に嬉しいよ。」
その微笑みが、なにか違うような気がして___
僕は買い物の帰り道相崎の家に寄ってみる事にした。
「(相崎は今日から引っ越すって言ってたけど…。あいつのお父さんって、まだ住んでんのかな。)」
夕方。夕日が沈みかけていて、電信柱にはカラスがとまっていた。
曲がり角を真っ直ぐ行ってそのまま相崎の家を覗くと、玄関で少年が立ち尽くしていた。
「___?」
「…………。うっ、うぅぅぅ。…あいつ、あいつ、…逃げやがった。くそ…。くっそ!!!!姉ちゃんも母さんも!!くそくそくそ!!」
その悲痛な叫びの意味は、直ぐには理解出来なかったけど、ランドセルを背負った少年に、僕は声をかけずにいられなかった。
これから先は、終わりです。読んでいただいてありがとうございます。