神様の世界は平和です――瀬織津姫と気吹戸主
「もう、瀬織津姫!何なんだ、一体!」
「あら、怒っているのですね。私を捨てる気なのですか?別にいいですけど、それでも私は離れませんよ?」
「私がいつ、君を見捨てるっていたんだ!」
「じゃあ、どうして私よりも他の女を優先しているんですか!」
「別に君は私の妻でも何でもないじゃないか!どうして私を縛ろうとするんだ?」
「ああ、そうですか。妻じゃないから捨てる、と。」
「もういい!これ以上話しても意味がない。」
「何なんですか!いくら私と別れようと思っても、私は貴方を血だらけになっても追いかけますからね!」
時は、人間界の時間軸で言うと、弥生時代の頃でしょうか。
処は、天界。神々の世界です。
神様も、人間と同じように、感情を持っているのです。
気吹戸主と瀬織津姫の喧嘩は、天界では日常茶飯事になっていました。
「速秋津姫~!」
「せおちゃん、どうしたの?二人のこと、新聞に載っているけど。」
「え?」
瀬織津姫は速秋津姫から渡された新聞を読みました。
これは、天界の中でも色界という境地に達した神様向けの新聞『色界天新聞』というものです。
<瀬織津姫と気吹戸主 訣別>
<なぜ?親しかった二人の謎の喧嘩>
<背景に新羅問題を巡る対立か>
見出しを見て、瀬織津姫は仰天。
「は?なにこれ。私、新羅問題なんか一言も話題にしていないんだけど。」
「そうなの?せおちゃん、記事にはこう書いてあるけど。ええと、『瀬織津姫は天界における対新羅強硬派で知られ、朝鮮半島の神々に対する差別発言でも知られる。対する気吹戸主は親朝鮮派で知られ、倭国と新羅の関係悪化が仲良しで知られる二神の仲を引き裂いたようだ。』」
「はぁぁぁ!?全然、事実と違うし!」
「ふ~ん、まぁ、どうせまた瀬織津姫の被害妄想でしょ?」
「何なの、その『どうせ』って!もう、どうしよう~、気吹戸主に嫌われちゃった~!」
「もう、泣かない!泣かない!いい加減、なき止め!」
「秋津姫、冷たい!」
「もう、どうして半身じゃない男と付き合おうとするわけ!?いぶきがせおちゃんを嫌っていないのは知ってるでしょ?」
「『もういい』って言われた!!」
「一体、何があったの?」
「気吹戸主を遊ぶ約束に誘ったらね、無理って断れたの。それで、何をしているんだろうか、と思うとなんと、他の女と遊んでいたの!」
「あんな恰好良い男に女が寄って来るのは当たり前じゃない!」
「しかも、女の子から告白されていたの!」
「どうせ、いぶきのことだから、振ったでしょ?」
「ううん!気吹戸主は振るかどうかで悩んでいるの!」
「いや、そりゃ、悩むでしょ。悩まずに振ったら、『サイコパスの神』として人間たちの笑い者だわ。」
「だって、私のことは躊躇なく振ったじゃん!」
「あ、ごめん!」
「ごめんじゃないでしょ!?もう、私に告白されたことを忘れちゃったの?というか、忘れたいぐらい不快な思い出ということ!?」
「コラ、落ち着きなさい。」
「それで『可愛い女の子に囲まれる趣味をお持ちなんですね。ブスですみません。』というと、気吹戸主、怒っちゃったの!」
「はいはい、とりあえず、泣き止んで?瀬織津姫が泣いても良いことはないから。」
「気吹戸主が満面の笑みで『君は私をそんな男だとみているの?』とか行ってきて、目は笑っていなくて、しまいには『何なんだ、一体!』と怒鳴られて・・・・。」
「人間の皆様、これが皆様の信仰している神様の日常で~す!」
「コラ!それ、偏向報道だから!私たちが普段、どれだけ愛深い生活を送っているかもちゃんと教えないと、人間たちの信仰心が無くなっちゃうでしょ!」
「そうね、特に瀬織津姫と気吹戸主はお互いに愛を与えあっていたわね。どちらも恋愛的な要素は皆無だったけど。」
「私が恋愛感情を抱いていたことは、無視?」
「あ、ごめん!だけど、結局、半身じゃなかったのでしょ?今の関係でいいじゃん。」
「だから、気吹戸主が怒っちゃったんだって!どうしよう、仲直りできるのかなぁ・・・・。」
「うん、明日の朝には仲直りしているでしょうね~。」
「そう言って、この前は仲直りまで十日もかかったじゃん!あの時は本当に死ぬかと思ったんだから!」
「じゃあ、いい加減、喧嘩をやめたら?」
「私だって、大好きな気吹戸主と喧嘩なんか、したくないわよ!嫌だ、捨てられたくない!!」
その翌日――
「瀬織津姫~!」
「あ、気吹戸主!」
「今から大丈夫?」
「うん!私の氏子よりも気吹戸主の方が大事だもん!」
「あ、氏子からの陳情が来ているの?じゃあ、それを優先して。」
「ええ!ないない!陳情なんか来ていない!私は気吹戸主と話したいの!」
「そうか。実はこっちも話があったんだ。」
「え?何~?」
「私は、なんと、倭国の王族に産まれるんだ!それも、女性として!」
「ヤッター!気吹戸主が女性になると、私たち、もっと仲良くできるね!」
「え?」
「私たち、性別違うから喧嘩していたんだもん。気吹戸主が女神として活躍すること、応援するよ!」
「あ、うん・・・。」
「ねぇねぇ、人間の体を持つの?」
「うん、そうなんだが。」
「それは大変ね!私、気吹戸主の守護神をしたい!」
「本当か?それは嬉しい!」
「あ、喜んでくれるの!?」
「ああ、私の守護神をだれに頼もうかと考えていたら、君の顔が浮かんだんだ。」
「ヤッター!嬉しい!」
神様の世界は平和です。