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演習 螺鈿の文箱  作者: たびー


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冷蔵庫

たびーさんには「空っぽの冷蔵庫を見つめた」で始まり、「騙されてあげたかった」がどこかに入って、「明日はどこに行こうか」で終わる物語を書いて欲しいです。

#書き出しと終わり


 空っぽの冷蔵庫を見つめた。ミサは自分が買った食材や調味料を根こそぎ持って出て行ったようだ。

 もっとも、残されたところで僕は料理をしないから賢明といえる。天然物の鰯、鮭。合成保存料・香料が無添加の酢、きび砂糖、大豆から作られた醤油。太陽光で育てられた野菜、滋養豊かな土で育った根菜類。

「ほら、お店で食べる野菜や魚と味がぜんぜん違うでしょ? これが本当の美味しさなの」

 毎食テーブルに並べられる料理とお店…配給先の食堂で食べるものの違いが僕には分からなかった。分からなかったけど、ミサの笑顔が可愛いから、いつも美味しいって言っていた。

 最低三種類並ぶ皿と料理。食べるのに手間取る。食堂のみたいに、コップ一杯飲んだら終わりってシステムなら楽でいいのに。どうしてこんな手間をかけるのだろう。煮込んだ薄味の野菜、柔らかく焼かれた魚、盛られた生の野菜。

「ここでこれだけの材料を手に入れるの、大変なのよ」

 騙されてあげたかった。

 おいしいね、ミサの料理は最高だね。

 でも、僕は知っていた。天然ものの食べ物なんてもう手に入らないことを、とっくの昔に知っていたんだ。ミサは幻を追っていた。幼い時に食べた味を再現したくて、もう一度味わいたくて。そのために、僕の稼ぎも君の支給金もつぎ込んだ。

 そんな僕にミサも気づいた。

「……やっぱり月育ちには分からないのね、美味しさなんて」

 夢の同棲は三か月で終わった。

 そして冷蔵庫は空っぽだ。そうさ、分かっている。僕の舌は味が分からない。それが美味しいのか、あるいはマズいのか。

 豊かの海には、こことは違うものが配給されていると人づてに聞いたことがある。

 いつまでもミサのいる(まち)にいることはないさ。テンネンのウマミが分からなくても生きてゆける。

 冷蔵庫の扉を閉めて、大きく伸びをした。

 明日はどこに行こうか。

たぶん、ふだんから冷蔵庫は空っぽ。水くらいしか入っていない。

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