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曖昧に流れるすごくつまらない時間。閉塞の中でただひたすらに永遠を追い求める。趣味のあやとりを結んで開いて日が暮れる。のび太のような感受性の豊かさが私にもほしい。終電に追いつかれて丸い布を覆いかぶさる。まるで命がないように。ひっそりと。それは、やってきた。
笑顔。嘲笑。裂傷。上昇。唸る鉄の刃が頭上に向かう。やがて突き抜け、私は割れる。
そこで世界は2つに別れた。私ではない。世界がひとつ。もうひとつ。別々の世界が目の前に転がった。まるで私の体が2つあるかのように。
わたしは息をすることができた。肺が2つあったからだ。肺が2つ。普通の人とおんなじだ。何ら変わらない。肺が2つあったから半分になった私は息をすることができ、死ぬことができなかった。
熱く、焦がす。片面を熱い鉄板に押し付けるようにジュウジュウとした音が聞こえる。急にまぶたが落ちて、眼前に玉が転がった。玉が転がった。そして、世界が一つになった。私の世界はもう一つの私の世界を見つめていた。
叫び声を上げる獣。獣のような、いや、妖怪のような、いや、狂人が、叫びを上げた。
私の一つになった世界は薄っすらとした霧に包まれつつあった。手を挙げる。手を挙げるとそれを突き破って鉄の塊が降ってきた。その勢いで私の世界に亀裂が入る。私の世界に鉄が交じる。霧が深くなる。
なんのために私は生きたのだろう。なんのために私は死ぬのだろう。なんのために私は割れたのだろう。なんのために私の世界は…。ついに霧が世界を塞ぎ、最後に安らかな時間が残された。
***
『ごめんなさい、ありがとう、よい旅を。誰でも良かったんだ。なんてつまらないことは言いたくないけど、君じゃなきゃいけないなんてそんな都合のいい文句も言いたかないし、だから強いてこう言うよ。ごめんなさい。そしてありがとう。君の命を捧げてくれて。君のお陰で僕は救われた。人を2分割にしたらどう死ぬのかなんてどう想像したって僕には到底わからなかった。でも、ありがとう、よくわかったよ。すべて君のおかげだ。人をXすというのがどの程度のものかなんてのもいくら想像したって答えのない妄想だったけど、君のおかげで理解した。ありがとう。こんなこと、もう二度としたくないよ。頼まれたってゴメンだね。でも、本当に君のおかげなんだ。ありがとう。ありがとう。感謝しても仕切れない。君は天国に行くべき男だ。地獄なんてとんでもない。君が地獄に行くなら僕が天国に行くことになってしまう。普通逆だろう。君はきっと天国に行く。天国に行って次の人生を楽しんでくるといいよ。天国での次の人生を。鬱屈とした退屈な世界を抜けて、新しい世界へ。地図はいらないよね。君にはもう行くべき場所はわかっているはずだ。光のままに。導くままに。よい旅を』