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輪廻の血  作者: 赤羽
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第四章前編

〜四章:有害指定〜


 暗闇の中、明かりが見えた。

 赤色の光は何かを求めて、蠢くように揺れている。

 次第に光が大きくなっていく。

 その過程で、光の正体に気が付いた。

 それは炎。

 赤く燃え上がる炎は、今も周囲の闇を取り込むかのように大きくなっている。

 炎は足元まで迫ってきていた。

 しかし体は石になったかのように、ピクリとも動かない。

 動け、動け、と心の中で念じるが、体はまったく言う事を聞かない。

 まるで自分の体ではないみたいだった。

 炎はついに足に辿り着き。

 一気に体を飲み込もうと這い上がる。

(バサッ)

 気が付くと、そこは見慣れない部屋。

「起きた?」

 声がして後ろを振り返ると、リビングと一体になったキッチンにいた厚樹と目が合った。

 それでようやく昶は、厚樹の寮部屋に居候する事になったのを思い出した。

(夢、か・・・)

 少しほっとして息を吐く。

 どうやら自分が思っている以上にトラウマになっているようだ。

 異血者である以上、いつかこんな事になるのではと思っていた。

 が、それは予想以上に急だった。

 失ったものは、あまりに大きい。

 そんな事を考えていると、再び寂しさがこみ上げてきた。

 そこへそれを察したように声がかかる。

「寂しい?」

 考えに耽って、いつの間にか沈んでいた視線を、再び前にやる。

 厚樹はお盆を抱えて、こちらを覗き込むようにしていた。

「正直いえば少しね・・・でも大丈夫。今は厚樹がいるし!」

 少し強がって無理に笑顔で言って見せた。

 厚樹は少しの間、昶をじっと見つめる。

 そしてその表情が、不意にいつもの笑みに変わる。

「ご飯にしよっか」

 そう言って、お盆をリビングの中央にあるテーブルに置く。

 お盆に載っているのは、見た目にも見事な和食だった。

「厚樹料理作れるんだ・・・」

「うん、簡単なものなら大抵作れるよ」

 厚樹はそういうが、味噌汁や綺麗に焼かれた出汁巻き卵を見れば、その腕が確かである事は明白だった。

 味を想像すると、見ているだけで食欲が出てきた。

 昶は少しまってて、と厚樹に告げると洗面所である程度身支度を整える。

「おまたせ」

 席について昶がそう告げると、厚樹が両手を合わせる。

「それじゃ、いたただきます」

 厚樹と共に合掌すると、さっそく昶は味噌汁に口をつけた。

 具は揚げと豆腐とネギの普通の味噌汁だが、香り立つ味噌の香りは心地よく、味も予想に違わずおいしい。

 しばらく黙々と食事をしていたが、昶はどうしても気になって、遠まわしに厚樹に尋ねた。

「ねぇ、なんかこの部屋妙に狭く感じない?」

「そお?ん〜さすがに澪や昶の家に比べると狭いかなぁ」

「あ、いや、そういうことじゃなくて・・・」

 そう力無く呟いて、周りを見渡す。

 目に付く家具は、全て普通のものだった。

 寮室という部屋でなければ。

 そう家具はサイズが全て普通の大きさ。

 しかしそれは普通の一軒家に置く場合の話だ。

 この部屋はあくまで寮で、そんなに広くない。

 まして本来なら一人暮らしの部屋である。

 そんな部屋に、4〜5人が座れるであろう机と椅子。

 タンスにしても一人分の服を入れるには大きい。

 要するに全ての家具が一人暮らしの小部屋には大きいのだ。

 そのため厚樹の部屋は妙に狭い感じがする。

 しかし本人に自覚は無いらしい。

 昨日澪たちとの会話を聞いていて、普通というものに妙に執着があり、かなり頑固な性格であるだろうと推測した。

 おそらく何を言ったところで、これはどうにもならないだろうと、説得は早々に諦めた。

 すると今度は厚樹の方から話しかけてきた。

「昨日はちゃんと眠れた?」

 そう言われて昨夜のことを思い出して思わず赤面する。

 昨夜は眠るどころの話ではなかった。

 寝る場所が無く、寝床を用意するまでは一緒に寝ようと厚樹が言い出したのだ。

 厚樹にはまだ告げていないが、昶は女の子である。

 まだ幼いとはいえ、男の人と寝起きを共にするのは恥ずかしい。

 厚樹は男同士と思っているのだから、下手に拒否するのも躊躇われる。

 結局了承して同じ布団に入ったはいいが、なかなか眠れなかった。

 だが、そんな事実を話せるはずも無く、昶は無理でも笑顔を浮かべる。

「うん、よく眠れたよ!前は布団がダンボールと新聞だったからね!」

「そっか、今度二段ベッドでも探してくるよ」

 そう厚樹が宣言したところで、厚樹の胸ポケットから電子音が鳴り響く。

 胸ポケットから取り出したのは、折りたたみ式の黒い携帯電話。

 厚樹はたたまれた携帯を開き、通話ボタンを押して携帯を耳に当てる。

「もしもし?」

「ん?」

「あぁ、いいよ。今から行くね」

 そう言って携帯を閉じ、再び胸ポケットにしまった。

「呼び出し?」

「うん、そうみたい。ちょっと学校行ってくるから留守番お願いね。あ、部屋にあるものは遠慮なく使ってくれてかまわないから」

「分かった」

 そう短く返事を返して昶が頷く。

 それを確認してから厚樹は席を立って、壁に掛けてあったハンガーから制服を外し、袖を通しながら玄関へと向かう。

 人が二人、横に並べるか並べないかくらいの玄関には、靴が二組置かれており、その大きい方の靴に足を通す。

 扉を開けると一度振り返り、背を向けて食事を続ける昶に、声をかける。

「それじゃいってくるね〜」

 昶は返事の代わりに、背を向けたまま手を振った。



 厚樹が出て行って1時間ほどたった頃。

 食事を食べ終え、食器を流しに運んだ昶は、特にすることもなくしばらく部屋を眺めていた。

 部屋は綺麗に片付いており、家具の大きさなどの違和感に慣れれば、それなりに快適な空間だった。

 しばらく眺めていると、家具とは別に一つの違和感に気がついた。

「厚樹って学生のはずだよなぁ・・・」

 そう、この部屋には、学生の部屋ならば必ずあるものが無かった。

 それは、本。

 厚樹の部屋には、一冊も本が見当たらなかった。

 本を探して辺りに目をやると、ベッドの横の押入れに目が行った。

「ひょっとしてここかな?」

 失礼かとは思ったが、沸き立った好奇心を収めることもできず、押入れの戸に手を掛けた。

(ピーンポーン)

「っ!!」

 不意に鳴り響いたインターフォンの音に、思わず手を引っ込める。

 タイミングがタイミングなだけに、心臓が跳ね上がるような感覚が走り、今も心臓がドクドクと音を立てる。

 胸に手を当て、動揺する鼓動を落ち着けながら、玄関へとむかった。

(ピーンポーン)

 催促するかのように再びインターフォンが鳴る。

「はいは〜い!どなたですか〜?」

「黙りなさい!つべこべ言わず扉を開ける!」

「はい!?」

 扉に向かって声を飛ばすと、帰ってきたのは女性の声だった。

 よく通る凛とした声は、有無を言わせぬ勢いがあった。

 なぜいきなり怒鳴られなければ、と思いながらも、しぶしぶ扉の鍵を開ける。

 鍵を開けると同時に、ストッパーの外れた扉が待ち構えていたかの様に、勢いよく開かれる。

 開け放たれた扉の向こうに立っていたのは、勝気そうな鋭い目をした女性だった。

 スラっと細身の体は、厚樹と同じ高校の制服に包まれており、声と同じく目鼻立ちの整った凛とした顔に、切れ長の目、青味を帯びた深緑の髪は頭の後ろで団子状に結わえてあった。

 少女と呼ぶには大人びた印象が強く、女性と言ったほうがしっくりくる印象があった。

 彼女は、昶に鋭い視線を向けると、開口一番罵声を浴びせる。

「遅い!あなた竜門寺 昶ね?厚樹は何処?」

 そう言って彼女は、視線を部屋の奥へと向ける

「あ、あんたいったい誰だ?」

 昶が少し声を詰まらせながらも、なんとか質問を声にする。

 一瞬に激しく睨まれたが、しかたないと言わんばかりに、彼女はため息をついた。

「一度しか言わないからよく聞きなさい!私は澄沢(すみざわ) 細奈(さざな)、関係でいうなら水薙澪の婚約者よ!」

「婚約者・・・」

 別に異血者の間では珍しいことではない。

 名門の異血一族は、その血を守るために、早いうちから結婚相手を決めることが多いのだ。

 水薙家ほどの一族ならなんら不思議はない。

 が、それにしても・・・

「やばいぐらいお似合い夫婦だな・・・」

「ちょっと!まだ結婚したわけじゃないんだから、お似合いだなんて・・・」

 そう言って、顔を赤くして俯く細奈。

(あぁ、そういうキャラなんだ、この人・・・)

 そうは思ったが、口に出すと何を言われるか分かったものではないので、黙っておく。

 それた話を戻すべく、昶が問いかける。

「それで、厚樹に何か用か?」

 その一言に、我に帰ったように顔を上げる細奈は、先ほどの態度のでかい細奈に戻っていた。

「そう!それよ!不覚だわ、こんなガキにペースを持って行かれるなんて!」

「悪かったな、こんなガキで・・・」

「あんたの戯言なんてどうでもいいわ。よく聞きなさい!」

 そう言って真剣な顔をすると、細奈は現状について簡単に説明した。

「あんたと厚樹の二人が、昨日の一件で断血者に有害指定されたわ!能力発現の境で、能力が不安定だったのはわかるけど、断血者を殺害したのはまずかったわね。」

「有害指定だって!?」

 有害指定とはいわばブラックリストに乗るということだ。

 指定されたものは死ぬまで断血者に追われることになる。

 厚樹はいわば、自分が戦場に巻き込んだようなものだ。

 自分と関わらなければ、自分を拾わなければ、厚樹は断血者を殺すような事態にはならなかったはずだ。

 考えが顔に出ていたのか、細奈が鋭く言い放った。

「自己嫌悪に浸ってる暇はないわよ!だいたい、あなたを拾ったのは厚樹なんだから、あなたに問題はないわ!厚樹はどこ!」

 鋭く言われて、我に帰ると慌てて答える。

「電話で呼び出されて、学校に行った」

「相手はわかる?」

「いや、出かけてくるとしか言わなかったから」

 それを聞いて細奈は、少し考え素振りをする。

「学校に、ってことはあいつかもしれないわね・・・急ぐわよ!」

「お、俺もか!?」

 おどけたようにそう問うと、

「少しは責任感じてるんでしょ!あんたでも、少しは役に立つだろうからいらっしゃい!」

「でもこの部屋どうするんだ?俺、鍵もってないぞ?」

「どうせそんな変な部屋のもの持って行くような物好きいないわよ!」

 まぁそれもそうなんだけど、っと思いながらも、どうしても気になって戸惑ってしまう。

 そんな昶を見て、業を煮やした細奈が、廊下を歩いていた男子生徒に声をかけた。

 否、怒鳴りかかった。

「ちょっとそこのあなた!私たちこれから急ぎで出かけたいの、カギがないからあなた部屋の前に立って、見張ってて頂戴!」

 そんな無茶な命令を受けた男子生徒は、細奈の勢いに押されながらも、当然ながら不満を言う。

「そ、そんなこと言われましても、僕にも予定が・・・」

 そんな不満を最後まで聞く気のない細奈は、止めを刺そうと小さく囁いた。

「私は水薙 澪の関係者よ?この意味わかるわね?」

 そう囁いて、状況が状況なら一発で惚れ込んでしまいそうな、極上の笑みを浮かべる。

「さぁ、行くわよ!」

「うわっ!」

 細奈が昶の手を引いて、廊下の向こうに消えていくのを、黒縁メガネのぴったりなパソコンクラブ部長、矢田 一郎は絶望的な心境で見送った。


始まりました第四章。

今回はいよいよ本格的な異能の戦いを展開していきたいと思います。

前編はその下準備。

では次回第四章後編でまたお会いしましょう。

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