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輪廻の血  作者: 赤羽
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第二章後編

(ハァ、ハァ、ハァ・・・)

 全力で走っているせいか、体が悲鳴を上げるかのごとく呼吸が荒れる。

 いっそ走るのをやめてしまいたかったが、後ろから聞こえる足音を聞けば足を止める気にはなれなかった。

 走りながら竜門寺 昶は自分のした選択を激しく後悔していた。

 こうなる事はなんとなく予想していた。

 それなのに、つい救いの手を差し伸べてくれた厚樹に引かれて、その手を取ってしまった。

 チラリと目を横にやると、厚樹が自分と同じように荒い呼吸をしながら走っている。

 するとこちらの視線に気が付いたのか、厚樹がこちらを見て出合った時と同じ柔らかな笑みを浮かべる。

 昶の家はそこそこ名の有る名家だった。だが昨晩の襲撃で家に火が放たれた。

 昶は一人っ子で跡継ぎを死なせるわけにはと、家族が昶一人を逃がした。

 その後、町で一夜を明かした。夜が明けて、戻るなと言われていたが家の様子を見に行った。

 かつてあった広い屋敷は全てが炭となっていた。家族がどうなったか調べたかったが、警察がうろついていたので断念した。

 保護を求めても良かったかもしれないが、人目につくのはまずいと思ったのでそのまま町の裏道に潜んだ。

 ダンボールと新聞は意外とあったかいと以前読んだ本に書いてあったので、近くにあったダンボールで実践してみた。

 6月の終わりとあってそこまで寒い時期ではなかったが、ダンボールに囲まれているとなんとなく心が落ち着いた。

 だが心が落ち着いてくると、今度はこの先のことを考えてどんどんと不安がこみ上げてきた。

 この先どうすればいいのか、家族の誰かが生きていてくれればあるいは、とも思った。しかし、先の焼け跡を思い出すと嫌な想像ばかりが浮かんで、とても期待できそうになかった。

 無性に泣きたくなった。だが、泣いたところでどうにもならないと思うと、泣くのがもったいない気がした。下を向くと涙が出てしまいそうだったので、上を向いた。

 そのとき丁度前を通り過ぎようとしていた男と目が合った。

 それが厚樹との出会いだった。

 厚樹は顔に柔らかい笑みを浮かべると、

「君、いく当てがなくて途方にくれている子?」

 といきなり的を射抜くような言葉をかけてきた。

 よほど泣きそうな顔をしていたのだろうか、そう思ったがとりあえず頷いておいた。

 すると今度はとんでもない事を聞いてきた。

「つまり君『捨て人』?拾ってもいい?」

 まるで人を犬か猫のように扱うその発言に、目を見開いた。

 しかし厚樹の笑顔を見て知らず言葉が出ていた。

「拾われてやってもいいぞ」

 そうして昶は厚樹に拾われる事になった。

 今にして思えば心が弱りきっていたのだろう。

 一緒に買い物をしている間に抱いた感想が、そばにいると落ちつく人という事だった。

 例えは悪いが言ってみればダンボールに入っている時の気分と似た感じだった。

 その微笑を見ていると妙に心が和む。

 そしてそんな厚樹をこんな事に巻き込んでしまった。

 後ろを見れば黒のジーパンに、これまた黒の革ジャンを着た男が、ナイフを片手に追いかけてきていた。

 だがその足取りは軽く、まるで狩りを楽しんでいるような雰囲気がある。

 事が起きたのは日用品をあらかた買い揃えて、後は布団をどうしようかと話していた時だった。

 上から下まで真っ黒の格好の男が、昶の方を見てニヤリと品の無い笑みを浮かべ、喜色に歪んだ口を開いた。

「みぃ〜つけたぁ〜」

 そういって男は周りに人がいるにもかかわらず懐から一振りのナイフを取り出す。

 果物ナイフ程度の大きさだったが、その柄はしっかりとした作りで、実用的なものだとすぐに分かった。

 周りからちらほらと悲鳴が聞こえ、近くにいた人が男から離れていく。

 すると不意に昶の手が後ろに引っ張られた。

 後ろを見ると厚樹が昶の手を引いて走り出していた。

「とりあえず逃げよっか」

 そうして今の状態になった。

 まず間違いなく後ろの男が昶の家を襲撃した犯人だろう。

 おそらく家に子供の姿が無かったので周辺の町を探していたのかもしれない。

 そう考えると、いよいよ家族が生きている可能性が絶望的に思えた。

 厳しいが優しかった父、朗らかで暖かい母、物知りで色々教えてくれた祖父母、なにかと面倒を見てくれたお手伝いさん、そんな家族ともう会えない。

 そしてそれを奪ったのが後ろの男だと思うと、逃げているのが無性に悔しくなった。

 昶は、走るのをやめた。



 その時、澪と朝美は商店街の近くを走り回っていた。

 毘沙門北高校の南側には大きな商店街があり、学校から近い事から寮生の殆どその商店街で買い物をしている。

 先ほど澪の元に水薙家の者から電話が掛かってきた。

 話によると、黒い服装の男がナイフを取り出し、小さな男の子と高校生の男の子を追いかけていったとの事らしい。

 澪の予想は的中した。

 厚樹たちが去った後、ニュースのことを話していた。

「竜門寺・・・」

 その名前に何か引っかかるものがあるのか、澪は右手を口元に添えて何度かその名前を呟いていた。

 そしてその顔が急に跳ね上がる。

 携帯を取り出し何か操作している。その指が不意に止まると、眉間にしわを寄せる。

「やはりか、私とした事が・・・こんなことを見落とすとは・・・」

「な、なに?」

 澪の剣幕した表情に、ただならぬ気配を感じて思わず問いかけた。

「竜門寺は毘沙門園の異血者組合に所属している」

「え、それって・・・」

「そう、竜門寺家は異血の家系だ。まだ話していなかったが、異血者として知ることにもう一つ大切なものがある。」

 朝美は急な話の変化に一瞬躊躇したが、何とか問う事が出来た。

「それは?」

断血者(だんけつしゃ)の存在だ」

「断血者って?」

 そう問い返すと、澪の表情がより険しいものになる。

「断血者は名の通り、『血を断つ者』という意味、つまり異血狩りだ。断血者は本来は有害指定された異血者を狩るものだが、中には異血者なら誰彼構わず襲う連中もいる」

 朝美はそれを聞いてすぐさま嫌な予想が頭に浮かんだ。

 そしてそれを察したように澪が告げた。

「竜門の一族は断血者に襲撃され、そしてあの小僧は生き残った。おそらく家族が逃がしたのだろう、だが問題はその後だ。もし断血者が子供の存在を知っていたら、探し出して襲う可能性がある」

 そしてその話から少しして電話が掛かってきたのだった。

 町の人の話によると、男は学校の北側の方に走って行ったとの話だ。

 学校の北側には山がある。

 厚樹が一緒という事は、人気のいない方向にと気を配って逃げているのだろう。

 澪は正直な話、これ以上厚樹を異血関係の話に巻き込みたくなかった。

 厚樹が忘れている記憶には、おそらく厚樹の家で起こった悲劇の記憶が入っている。もし異血事に巻き込まれて記憶が戻れば・・・

 そう考えると一刻も早く追いつかなければと気持ちだけが先走る。

(ドガーン!!)

「ひゃっ」

 爆音が聞こえて朝美は小さく悲鳴をあげた、前を見ると山のふもとから煙が上がっている。

 そして煙に隠れるようにして何か大きなものが動いているのが分かる。

「何、あれ・・・」

「くっ、やはり出せるのか・・・竜門の一族にはその血に門を宿している。そしてその門を開くことで八種竜を呼び出す。そしてそれが出来るものに『八大竜王』の名が与えられる。ここしばらく竜門の一族には八大竜王を名乗れるものはいなかったが、最近その八大竜王の名が与えられた者がいたそうだ。まだ幼いために戦闘事には出てこなかったようだがな」

 朝美はあらためて煙に隠れる影に目を向ける。

「じゃぁあれは・・・」

「おそらくあの小僧が出したものだろう、うまく制御できれば良いのだが・・・」

 そう言って澪は少し足を速める。

 朝美も置いていかれないように必死に足を動かした。



 足を止めた昶を見て、厚樹も慌てて足を止めた。

 昶は迷った。足を止めたのはいいがここで門を開く事に戸惑いが生じた。

 場所は問題ない、山のふもと辺りなのか人気は少ない。

 だが問題は厚樹だ。ここで門を開けば、確実に異血者であることが分かってしまうだろう。

 異血者が人に嫌われているのは昶も知っている。

 もし異血者であることがばれて、厚樹に拒絶されるような事になれば、あの笑顔が化け物でも見るよう顔に変わってしまうのではないかと思うと、どうしても踏ん切りがつかなかった。

 そうして固まっていると男が話しかけてきた。

「おやぁ?もう逃げないのかい?ようやくおじさんと戦ってくれる気になったのかな?」

 男はさも楽しそうにクツクツと笑う。

 そしてさらに口を開いて今度は厚樹に話し掛けてきた。

「そこにお兄さん、この子がどんな子か分かってるのかなぁ?」

 ニヤニヤしながら言う男の言葉に、昶は激しく動揺した。

「やめ・・・」

 ろっと言うとした言葉を、厚樹が出会ったときと変わらぬ落ち着いた口調で遮った。

「ん?昶が異血者ってことかな?」

「え・・・」

 男も驚いた様子だったが、何より驚いたのは昶の方だった。

「おやおやぁ、知っててこんな子と一緒にいたんですかぁ」

 クツクツと男は腹を抱えて笑い出した。

 そして笑いが収まると、一気に声のトーンを下げて厚樹を冷淡な目で見る。

「異血者をかばうとは、もう同罪ですねぇ」

 危険を感じて昶は動いた。もう迷いは無い、どうして厚樹が自分が異血者であると気付いたかは分からないが、それでも拾ってくれたのならもう迷う必要は無かった。

 昶はハーフパンツの右ポケットから一振りのナイフを取り出した。

 折りたたみの式のナイフで、柄には竜の彫刻が施されている。

 そしてそれを自分の左手の人差し指に当てて軽く引く。

 ナイフは幼く薄い昶の指の皮を意図も簡単に裂くと、小さな切り傷を作る。

 切り傷からは血が漏れ出し、小さな赤い玉を作る。

 そのまま指を地面に向けると、赤い玉は昶の指を離れ地面に落ちると、小さな赤い染みを作る。

 次の瞬間、赤い染みはまるで蔓草のように周りに広がり始める。

 そうして出来たのは、複雑な模様で描かれた八角形の方陣だった。

 昶を中心に円が描かれ、その周りに中心のものより一回り小さい円を各頂点に八角形が、そしてその各円の中心に記号のような漢字のような文字が浮かぶ、他にも文字のようなものが大量に描かれ、方陣を彩る。

 昶は方陣の中心で朗々と言葉をつむぐ。

「我、八竜の門を守るもの、今、開放のときが来た。開け震門(しんもん)!来い砲閃花(ほうせんか)!」

 方陣の昶の右側の円が光だし、円の中心の文字が消える。

 円の上に突如、こげ茶色をした拳台の大きさの物体が現われた。

 それは、大きな種だった。

 種からあふれ出すように蔓が伸び、その蔓が段々と一つの形を象っていく。

 そうして現われたのは蔓で出来た大きな一体の竜の首、根元は樹木のように地面に食いついている。

 目に当たる部分から、蔓の合間を縫って暗赤色の光が漏れ出して、物々しい印象を与える。

 男は砲閃花と目が合い固まっている。

「厚樹、下がって!」

 昶がそう叫ぶと、砲閃花を見上げていた厚樹がこちらにチラと視線を向けてから下がった。

 それを確認すると昶はそのまま砲閃花に命令を下す。

「撃て、砲閃花!」

(ゴゴゴゴ・・・・)

 鳴き声は無く、代わりに植物の蔓が擦れ合う音が響いて、砲閃花は大きく口を開ける。

 そしてその口から突如として緑を帯びた閃光がほとばしる。

(ドガーン!!)

 すさまじい轟音が轟いて、煙が舞い上がる。

 終わったかな、昶がそう思った時だった。

「危ないなぁ、もうちょっとで死んじゃうとこだったじゃないかぁ」

 クツクツと笑いながら姿を現したのは先ほどの男だった。

 パンパンと服の砂埃を払っているが、体のどこにも傷はない。

 避けられた、っと瞬時に悟った。

「う〜ん、おしかったねぇ〜、威力は申し分ないんだけど撃つのにあんなに時間がかかちゃねぇ、断血者には当たんないよぉ?」

 断血者はただの人間、しかし異血者を相手にする彼らは決まって身体能力が高い。

 そんな彼らを相手に、ただ強い力をぶつけるだけでは到底勝つ事など出来ない。

 それが経験の差、昶が経験をつんでいれば相手が攻撃をかわせない状況を作り、そのうえで攻撃を仕掛ける事も出来ただろうが、昶はまだ12歳。普通の子供ならようやく小学生を卒業するくらいの年齢である。戦闘経験などあるはずもない。

 そうして男はナイフを構えなおす。

「それじゃぁそろそろ終わりにしようか!」

 そう言うやいなや、男は昶に向かって一直線に走り出す。

 男と昶の距離は遠くも近くもない距離、男の足なら直ぐにでもナイフの間合いに持ち込めるだろう。

 昶は慌てて砲閃花を使い砲撃する。が、ただ放つだけの昶の攻撃は簡単に避けられてしまう。

 見る間に距離が詰められていく、しかし猛然と走る男の前に進路を遮るように誰かが割ってはいる。厚樹だ。

「一般人はすっこんでろ!」

 そういって男は目の前のハエを払うかのように、ナイフを持った右手を左から横薙ぎに振るう。

「厚樹、だめっ!」

 昶が思わず叫ぶ。

 が、ここで男にとって予想外のことが起きた。

 目の前の少年が横薙ぎの一撃を、身を少し引いて避けた。

 そしてあろう事かそのまま右手の拳を、こちらの左頬に叩き込んできた。

(ゴスッ)

 あまりの展開に男は思わず頬に左手を当てて、痛みを確認する。

 ジンジンとする痛みは、正確に拳が頬に当たった事を物語っている。

 まぐれではない、その確かな痛みに男は確信を得た。

 すると少年はこちらを警戒しつつ顔を半分後ろに向けると、後ろの子供に向かって言葉を飛ばした。

「大丈夫、体育では負けた事がないんだ」

 それは紛れもない事実だった。

 しかし勝った事もなかった。

 そう、全部引き分けだったからだ。

「俺との戦闘が、体育の授業と同じ扱いとはねぇ」

 そういって男は再びナイフを構えなおした。

 先ほどのはただこちらが油断しただけ、そう思い男は再び厚樹に右のナイフを振るう。

 またも身を引くことで避けられるが今度は問題ない、避けてナイフに目が行っているとこに、今度は左の足で右太腿を狙って鋭い蹴りを放つ。

 厚樹の体が足を蹴られて右へ傾ぐ、そこへ止めを刺すべく先ほど避けられたナイフを振り上げ縦に振り下ろす。

「うわっ」

 厚樹が小さく悲鳴を上げると、傾いだ体をそのまま横倒しにするように伏せ、体を後ろに転がす事でナイフを避ける。

「くそっ!」

 避けられた事に腹が立ったのか、男はそのまま大股で厚樹に駆け寄り振りかぶった右足を繰り出す。

(ガスッ)

 音が響いてそのまま厚樹の体が面白いように吹っ飛ぶ。そのままゴロゴロと転がり、先ほどの砲閃花の砲撃で飽いたクレーターに転がり落ちる。

「いたたた・・・・」

 厚樹は蹴られた右半身をさすりながら体を起こす。

 そして事は起こった。

 クレーターの中心部から上を見上げた時だった。

 何にか見たことの有る光景だなぁとのん気に思った瞬間、頭に鋭い痛みが走った。

(前に見た、どこだったか、そうだ父さんと母さんがいなくなる前、こうして穴から上を見上げていたんだった)

 そうして厚樹は一つ疑問に感じた。

(その前は何をしていたんだっけか・・・父さんと遊んでいてそれで急に今みたいに頭が痛くなってそれで・・・それで・・・あ・・・・)

 そしてどこからともなく、低い獣のようなかすれた声が聞こえた。

「やっと、思い出したか?」

 次の瞬間厚樹は喉が裂けるかと思うくらいの叫びを上げた。

「うわぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!!」



 厚樹が穴に落ちて大丈夫だろうかと思っていた昶は、その悲鳴を聞いて心臓が跳ね上がった。

 まるで獣の咆哮のようなその悲鳴は最初誰のものか分からなかった。

 それは男にしても同じのようで驚愕を顔にあらわにして辺りを見回している。

 そしてその叫びが、穴から聞こえてくる事で厚樹のものだと分かった。

「おやおや、これは腕の骨でも折れちゃいましたかねぇ?」

 そう言って男は、厚樹の転がって行った穴に下りていった。

 昶は穴に下りていった男を止めようと、砲閃花で攻撃しようとも思ったが、また避けられて終わるかもしれないし、なにより今撃てば厚樹も巻き込んでしまうかもしれなかった。

 結局何も出来ずにただ立ち尽くすしかなかった。

「ぐあぁぁ!」

 またもや悲鳴が聞こえて、一瞬ビクッと身を縮める。

 しかしどうも今の悲鳴は厚樹のものではなく、男の叫びのように聞こえた。

 男の叫びから一転いまは怖いくらい物音一つしない。

 昶は警戒しながら様子を見ようと穴に近付いた。

 そうして最初に目に飛び込んできたのは一面の赤だった。

 見れば男の体が近くに転がっていた、右腕が肩口からごっそりと欠落した上半身だけの状態で。

 昶は身の毛のよだつ光景に思わず口に手を当てて視線を逸らした。

 しかし厚樹がこの中にいるのだという事を思い出して、男の残骸に視線がいかないようにして厚樹を探そうと視線をさまよわせる。

 幸いにもすぐに厚樹を見つけることが出来た。

 穴の中に仰向けの状態で倒れている。

 男の血で汚れていてここからでは無事は確認できないが、男のような大きな体の損害は見られなかった。

 昶は小走りで厚樹に駆け寄った。

 穴に入るとよりいっそうの噎せ返るような血の臭いに気分が悪くなる。

 なんとか厚樹のもとにたどりつくと、手を口元へやる。

 暖かい吐息が手に当たった事を確認してひとまず安堵する。

 とりあえずこの穴から出ようと厚樹を背負うが、いくらひょろりとした印象のある厚樹でもそこは高校生、小学生程度の昶には厚樹を背負って穴を出るのは難しかった。どうしようかと考えていると、不意に上から声が聞こえた。

「大丈夫か!?」

 上を見上げるとそこには、先ほど厚樹と一緒にいた銀フレームの眼鏡をした男がいた。



 澪が山のふもとにたどり着くと、そこには穴がいくつも開いた地面と、物々しい蔓で出来た竜がいるだけで誰も居なかった。

 竜は恐らく昶が出したものだろうと検討をつけて、辺りを見回す。

 すると穴の一つから、何かを引きずるようなかすかな音が聞こえて慌てて駆け寄る。

 中をのぞくと、赤く汚れたクレーターの緩やかな坂を昶が厚樹に潰されるような形で登っていた。

「大丈夫か!?」

 澪が声を掛けると、昶がこちらに気が付いたのか顔を上げた。

「兄ちゃん・・・」

 昶が弱々しい声を上げる。その声は震えていて今にも泣き出しそうだ。

 無理もない、いくら態度が出がでかい異血者といえど彼はまだ12歳だ。

 こんな血の臭いの立ち込める場所で、平然としていられるはずもない。

 澪はすぐさま駆け寄ると、昶から厚樹を受け取り肩に担ぐと、坂を登り始めた。

 遅れて現われた朝美が穴の中を見て、ひっと小さな悲鳴を上げる。

 その横を、厚樹を担いだ澪が通り過ぎる。

「とりあえず私の家に行こう」

「う、うん」

 朝美は搾り出すようにして、なんとか返事をする。

「お前もとりあえずうちに来い」

 そう昶に向けて澪が言うと、昶は何も言わずにコクリと一度だけ頷いて、澪の後を追った。

 そうして一同は穴だらけになった山のふもとを後にした。


以上で第二章終了です。

ついに主人公の厚樹が本動き出すのですが、

まぁ今回はそのさわりの部分になります。

本格的な部分は第三章からになります。

では次は第三章前編でまたお会いできる事を。

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